|
平成22年12月15日(水)昨日:ウィキリークス創設者の保釈を決定 英裁判所。 ロンドンの治安裁判所は14日、内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」の創設者で、スウェーデンの裁判所の逮捕状に基づいて今月7日に英警察が性犯罪の容疑で逮捕したジュリアン・アサンジ容疑者(39)に保釈を認めた。英BBCテレビによると保釈金は24万ポンド(約3200万円)。 ただ、保釈に反対するスウェーデン司法当局側は抗告する構え。抗告があれば英国の上級裁判所が保釈の是非を改めて判断する。それまでアサンジ容疑者は拘束されたままとなる模様。 英治安裁は14日、身柄を拘束したアサンジ容疑者をスウェーデンに引き渡すかどうか判断する審理を開いた。保釈決定は出したが、引き渡しの是非の判断は出しておらず、来年1月11日に審理を続ける。 ロンドンの治安裁前では14日、ウィキリークスの支持者が逮捕に抗議するデモを展開、保釈決定が伝えられると歓声が上がった。オーストラリアのメディアによると、アサンジ容疑者は14日に母親と電話で会話し「信念は揺るがない」と語ったという。 英法廷などで明らかになったところによると、アサンジ容疑者は今夏、講演のため訪れたスウェーデンで2人の女性と知り合った。その自宅に泊まるなどしたことも分かっている。 最近では、ウィキリークスへの対応として送金サービスを停止したクレジットカード会社などが、支持者によるとみられるハッカー攻撃に遭っている。英政府も政府系のサイトが標的となりかねないと警戒を強めている。 ※ 公然たる別件逮捕を敢えてしてまで、アサンジ氏を拘束したがった米政府。国家の権威が、極めて小さな組織の前に脅えている。これこそが正にネット民主主義なのか。ただ、この民主主義は暴走する。内部告発と外部への恫喝とが共存する。公共へのメリットとデメリットとが共存する。極めて危ういツールとしての「ウィキリークス」が、何処へ進むのか誰にも予測できないだろう。 12月15日は、エッフェルの誕生日です。 ◇ アレクサンドル・ギュスターブ・エッフェル(1832年〜1923年) フランスのディジョンで生まれ、エコール・ポリテクニクおよびエコール・サントラルに学び、当初は叔父の経営するカラシ会社で働く予定だったが、結局は鉄道会社に就職。 初め鉄道橋を専門とし、ボルドーの鉄橋工事を皮切りに多くの架橋工事を成功させ、「鉄の魔術師」と呼ばれるようになります。その後も彼は、風圧力を研究してすぐれた鉄骨構造法を開発し、ガラビの水道橋では165mの谷間にかけ渡した。 さらに、「独立百年祭」の記念にフランスがアメリカに贈った「自由の女神」像の鉄骨を設計して一躍有名になります。 その頃、フランスは革命百年目の1889年に第4回目のパリ博覧会を計画していました。万博委員会は、そのシンボルとして世界一の建造物を提案したのです。委員会には、巨大ギロチン(?)など700もの案が提出されましたが、最後に残ったのがエッフェルが提案した「300メートルの鉄塔」だった。 工期はわずか26ケ月、300人の鳶職が、250万個にのぼるリベットを使って塔の組立てにあたり、これだけの大工事でありながら死亡事故はゼロであった。鉄骨のみで作られたトラス構造によるこの塔は、当時の建築技術の最高水準を示すとともに、単純明快な近代建築の美的表現の先駆をなしたといわれています。 ※ エッフェル塔は、エッフェル社が建設を請け負い、設計はステファン・ソーヴェストル氏(エッフェル社建築部長)だった。エッフェルはエッフェル社の代表です。 彼はこの塔の最上階に自分専用の書斎を作り、毎日ここに来ては考え事をしたり、友人と歓談したりすると共に、風の研究や気象観測を行い、展望台から物を落下させて、物体に作用する空気の力を測定し、空気の力が落下速度の二乗に比例することを実証したりもした。 彼は還暦を過ぎて建設業界から引退し、風の研究に取り組む。エッフェルは、風を吹かせる装置、つまり世界で初めての風洞を開発し、この装置によって落下実験よりも精密に空気の力を測定し、発展し始めたばかりの飛行機の技術開発に大きな貢献をしました。今日でもプロペラの上流側で実験をする直線的な風洞を「エッフェル式風洞」と呼ぶ。引退後も30年余り風の研究を続け、1923年12月28日に亡くなりました。享年91。 ◇ エッフェル塔と京都タワー 今ではパリの象徴でもあるエッフェル塔ですが、建築当時は300mの高さの鉄塔は、パリの美観を損ねると、大勢の文化人や芸術家から一斉攻撃を受け、市民も巻き込んだ一大美観論争となりました。当時の文豪・モーパッサンも醜悪であると口を極めて非難した。そして彼は、エッフェル塔が完成すると、よくエッフェル塔のレストランでランチをしたそうだ。曰く、「この塔でランチを食べるのは最高だ。パリで唯一エッフェル塔を見ずにすむからね」と仰ったそうです。 パリ万博が始まると、この塔は大評判となり正装して1652段の鉄の階段を上る人が続出。その数なんと600万人にも上った。この入場料収入だけで建築費の4分の3が賄えたほどの大盛況となった。 翻って、吾が京都タワーは、今日でも非難され続けております。パリと京都とでは、自ずと都ぶりが違いますもんね。そうどすやろ。 ◇ 「春日若宮おんまつり」(12月15日〜18日) 平安時代末期、大飢饉の際に関白・藤原忠通が五穀豊穣と国民安寧を祈って、保延2年(1136年)に始めた祭といわれています。 昔は興福寺の僧兵らの関与も見られたが、明治の神仏分離令で、大和一国の祭礼として祭日も12月17日に改められました。 15日:大宿所祭 17:00〜「懸鳥(かけどり)」と呼ばれるお供えがある。 16日:宵宮祭 16:00〜 大和士が参拝し、田楽座も芸能を奉納する。 17日:お渡り式 12:00〜14:30 時代行列が県庁前から出発します。 松の下式:13:00 春日大明神が御出現になったという 「影向の松」に向かい、田楽などの曲を奏で舞う。 お旅所祭:14:30〜 お米を青黄赤白に染め分けて飾った御染御供を奉る。 還幸の儀:23:00 御旅所より若宮に向かう。 18日:御宴能、奉納相撲 13:00 お旅所で奉仕の人々への謝労の能など。 問合せ:春日大社 TEL 0742-22-7788 〒630-8212 奈良県奈良市春日野町160 ◇ 今日の誕生花・センリョウ(センリョウ科) 花言葉は、「富」「可憐」。 千両の実をこぼしたる青畳 今井つる女 ゆたかなる思いふくらむセンリョウの赤い実つぶつぶこぼれたりして 鳥海昭子 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事



