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平成23年1月29日(土)昨日:君が代強制、都の通達を一転「合憲」東京高裁。 東京都教育委員会が入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し、国歌斉唱するよう通達したのに対し、都立学校の教職員ら395人が都と都教委を相手取り、通達に従う義務がないことの確認や損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が28日、東京高裁であった。 都築弘裁判長(三輪和雄裁判長代読)は「通達は、思想・良心の自由を定めた憲法に違反しない」と述べ、通達などを違憲とした上で教職員に起立や国歌斉唱の義務はないとした1審・東京地裁判決を取り消し、原告側の請求を退けた。 都教委は2003年10月、都立学校の各校長に対し、式典での国旗掲揚や国歌斉唱を適正に行い、校長の職務命令に従わない教職員は服務上の責任を問うとする通達を出し、これ以降、違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分をしてきた。 都側は裁判で、「通達に基づく職務命令は、教職員の内心まで制約するものではない」と主張したが、2006年9月の1審判決は「懲戒処分まですることは思想・良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だ」として、1人3万円の慰謝料を含めて請求を認めたため、都側が不服として控訴したもの。 1月29日は、チェーホフの誕生日です。 ◇ アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ(1860年〜1904年) 南ロシアの港町・タガンロクで生まれ、少年時代に両親はモスクワに移る。チェーホフは一人故郷で中学校卒業までの3年間を家庭教師をしながら勉強を続けた。その後、再び家族と暮らすようになり、モスクワ大学で医学を学ぶ。この頃から小説を書き始め、学費の助けとした。大学卒業後は医者となるも、小説も書き続けた。 私は医学を自分の正妻とみなし、文学を愛人と考えているが、 私にとって愛人は、妻より愛しいものだ。 by 知恵豊富 『富籤』(抄) アントン・チェーホフ 神西清:訳 イワン・ドミートリッチは中流階級の人間で、家族と一緒に年に千二百ルーブルの収入で暮らして、自分の運命に大いに満足を感じている男であった。或る晩のこと夜食のあとで、彼は長椅子の上で新聞を読みはじめた。 「私、今日はうっかりして新聞も見なかったのよ」と彼の細君が、食器のあと片附けをしながら言った。 「当り籤が出てないか、ちょっと見て下さいな。」「ああ、出てるよ」とイワン・ドミートリッチは言った、「だけど、お前の富札は質流れになってるんじゃないのかい?」「いいえ、火曜日に利子を入れて置いたのよ。」「何番だったね?」「九四九九号の二十六番ですわ。」「よしよし、……ひとつ探してやろう。……九四九九の二十六と。」 イワン・ドミートリッチは籤運などは信用しない男であったから、ほかの時なら何と言われたって当り籤の表など振り向きもしなかったにちがいない。けれど今はほかに何のすることもないし、おまけに新聞がちょうど眼の前にあるので、彼はついその気になって番号を上から下へと指で追って行った。するとたちまち、まるで彼の不信心を嘲笑うかのように、九四九九という数字が彼の両眼に跳びついて来た。彼はもう札の番号などには眼もくれず見直しもしないで、いきなり新聞を膝の上に落としたかと思うと、まるで自分の腹の上に冷水でもはねかけられたように、鳩尾のところに冷やりと実にいい気持がした。擽ったいような、空恐ろしいような、妙に甘ったるい気持がした。 「マーシャ、あったぞ、九四九九が!」と彼は胴間声をあげた。 細君は彼のびっくりしたような呆れ返ったような顔をじろじろ眺めて、これはふざけているのじゃないと思った。「本当に九四九九なの?」と彼女は顔色を変えて、折角たたんだテーブルクロスをまた卓の上にとり落としてしまった。「そうだ、本当なんだ……本当にあったぞ!」「でも、札の番号はどう?」「あ、そうだっけ。まだ札の番号って奴があるんだね。だが、お待ち。……ちょっとお待ち。いいや、それが何だというんだ。どっちみち、俺たちの番号はあるんだ。どっちみちだよ、解るかい?……」 イワン・ドミートリッチは細君の顔を見ながら、まるで赤ん坊が何かきらきらする物を見せられた時のような、幅ったるいぽかんとした笑顔になった。細君も笑いだした。彼がただ号の番号を言っただけで、この幸運の札の番号を急いで探さないところが、彼女にもやはり楽しみだったのである。ひょっとしたら舞い込むのかもしれない幸運の期待で、自分の心を苛立たせ焦らすのは、何とまあわくわくして面白いんだろう! 「俺たちの号はあったんだ」とイワン・ドミートリッチは少し黙ってから言いついだ、「つまり、俺たちが当たったのかもしれない見込みがあるんだ。見込みだけなんだよ。けど、その見込みは儼然としてあるんだ。」「そうよ、だから見て御覧なさいよ。」「待て、待て。幻滅の悲哀を味わうのはまだあとでもいいさ。上から二行目だから、つまり七万五千ルーブルという訳だ。そうなるともうお金じゃない、力だ、資本なんだぞ。今すぐ、ひょいとこの俺が表をのぞいて見る、すると、ちゃんと二十六なんだ。ええ、どうだね。俺たちが本当に当たっていたら、いったいどうなるんだね?」 夫婦は思わず笑いだして、もう何も言わずに長いことお互いの顔を見詰め合っていた。幸運が舞い込むかもしれないという考えで、二人ともすっかりまごついてしまった。この七万五千ルーブルで何をしようか、何を買おうか。どこへ出かけようか、そんなことは思いにも浮かばず口にも出せなかった。彼等はただ、九四九九と七五〇〇〇という数字のことばかり考えていた。その数字ばかりを思いに描いていた。大いに可能性のある幸福それ自身の方へは、どうした訳か考えが向かなかった。 何これと言って考えることもない。ただ甘い夢想に耽っている。今日も、明日も、明後日も勤めに出なくていいのだ、とそんなことを身体ぜんたいで感じている。寝ころんでいるのが厭きてくると、こんどは乾草の原っぱへ出かけたり、森へ茸をとりに行ったり、でなければ百姓が投網をするのを見物する。日が沈むと、タオルや石鹸を持ってゆっくりと歩いて水浴場へ行く。行ってからも別にせかせかせずに、悠々着物を脱ぎ、裸になった胸を丁寧に掌で撫でまわしてから水につかる。水の中には、ぼんやり透いて見えるシャボンの環のまわりを、小っちゃな魚たちがちらちらしているし、また青々した水草の揺れるのも見える。水浴がすむと、クリームと牛乳入りのビスケットでお茶を飲むことにする。……晩は、散歩をするかそれとも近所の人たちと骨牌《カルタ》をやる。 小春日和が過ぎると、曇った陰気な季節になる。夜昼の境目もなく長雨が降りはじめて、裸になった木々が泣く。冷たいじめじめした風が吹く。犬も馬も鶏もみんなびしょ濡れで、しょげ返って小さくなっている。散歩どころか家からひと足だって出られはしない。一日じゅう部屋の中を行ったり来たりして、怨めしそうに陰気な窓を睨んでいなければならぬ。ああ退屈だ。 ここまできたとき、イワン・ドミートリッチは考えを中止して細君の方を見た。「ねえ、マーシャ、俺はそれよりも外国へ出かけるね」と彼は言った。 そして彼は、晩秋になって外国へ出かけたらどんなに素晴しいだろうと考えはじめた。どこか、南仏か、イタリアか、それともインドあたりへ。「私だって、きっと外国へ行きますわよ」と細君が言った、「もういい加減で札の番号を見てちょうだい。」「お待ちよ、まあ、もう少しお待ちよ。……」 『だが女房は俺にもとてもけちけちするだろうな』と彼は細君をじろりと眺めて考えた、『あの札は女房ので、俺のじゃないんだからな。それにしても、いったい女房なんか外国へ出かけて何になるんだ。結局行かないのも同じことさ。ホテルに閉じこもったきりで、この俺まで傍から放しはしまい、……ちゃんと解ってるさ。』 そして彼は生まれてはじめて、自分の細君がすっかり老けこんで、容色が落ちて、身体じゅう糠味噌の臭いが滲みこんでしまってい、いっぽう自分の方はまだ若く、健康で、新鮮で、もういちど結婚してもいいほどの男振りなことに気がついた。 『この女は金に対する観念なんかまるでないんだ。だからけちけちするんだ。もし籤が当たったとしても、この俺には百ルーブルとはよこすまい。あとの残りは … 錠前だ。』 そして彼は笑顔どころか、憎悪に燃えた眼つきで細君を睨みすえた。彼女の方でも嫌悪と怨恨のごちゃまぜになった眼で夫を睨み返した。細君にも自分の計画や思惑や、虹霓《にじ》のような夢想があるのだった。そして自分の夫が今なにを空想しているか、とてもよく察しがついた。自分の当り籤にまず第一に熊手を差し出す者は誰なのかを細君は知り抜いていたのであった。 『他人の懐を当てにして、よくもそんないけずうずうしい事が考えられたものね!』と細君の眼が語っていた、『いやなことだわ、あなたにそんな事をさせてなるもんですか!』 夫は細君の眼を読んだ。すると彼の胸は嫌悪でいっぱいになってしまった。そこで彼は細君をやっつけるために、構わず新聞の第四面に眼を投げると、いとも厳かな口調で読みあげた。 「九四九九号、第四十六番、二十六番に非ず。」 希望も憎しみも、両方ともいっぺんに消え失せてしまった。たちまち、イワン・ドミートリッチにも細君にも、その部屋が薄暗く狭苦しく安っぽく見えはじめ、今しがた食べた夜食さえもがちっとも腹の足しにならずに、ただ胃の腑の下のところにぼとんと溜っただけのような気がした。宵の時間までが長ったらしく退屈で堪らなくなった。 「一体これは何という態《ざま》だ!」とイワン・ドミートリッチはそろそろだだを捏ねはじめた、「一歩あるけば、きっと紙屑を踏んづけるんだ。見ろ、この何だかの屑や殻を! 一ぺんだって箒を手に持ったこともないんだ。こいじゃ、厭でも出て行きたくなる。悪魔めにさらわれてみたくなっちまう。俺は出て行くぞ。そして一番先にぶつかった柳の木で首を縊っちまうぞ!」 無関心とは、精神の麻痺であり死の先取りである。 ◇ 今日の誕生花・ハナアナナス(パイナップル科)花アナナス 花言葉は、「たくわえる」。 遠くまで歩きて日脚伸びにけり 雨宮きぬよ いのちなる力はじけてハナアナナス 花のひとつの今朝のむらさき 鳥海昭子 ※ 南アフリカ原産でピンク色の部分(花苞〔かほう〕:葉の変化したもの)は花ではなく、その縁についた小さな青いものが花。学名は Tillandsia cyanea (チランドシア・シャニア)。 チランドシアと称する。ハナアナナスは和名です。 アナナスとは、本来はパイナップルのこと。園芸上では、パイナップル科の植物で観葉植物として価値のあるものの総称を意味することが多い。 |

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