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平成23年2月14日(月)昨日:開削400年の高瀬川、鴎外小説の舞台、補修へ。 森鴎外の小説「高瀬舟」の舞台にもなった京都の高瀬川が今年、江戸時代の開削から400年を迎える。護岸の老朽化で水が漏れて水位が低下し、最近は川底が干上がることもある。歴史ある川を守ろうと、京都市は新年度予算に補修費用を盛り込み、改修に乗り出す。 高瀬川は、二条大橋付近から鴨川の水が流れ込み、伏見まで南北約10キロを流れる。江戸時代の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)が1611年(慶長16年)、方広寺の大仏再建の資材を運ぶため開削を始め、3年後に完成。京都 ― 大阪間の物資輸送に利用された。いま、春には川沿いの桜並木を楽しむ観光客で賑わう。 しかし、2005年ごろから水位がたびたび下がり、昨年の8〜9月には三条通付近から下流が完全に干上がる状態になった。市が調査したところ、老朽化した護岸の石積みがあちこちで崩れ、成長した桜や柳の根が川底を突き破って水が漏れていることが分かった。下流の五条通付近では水量が4割減っていた。 そこで市は、傷みが目立つ取水口から五条通までの約2キロで補修工事をすることにした。新年度から設計に入り、2012年度着工の計画。市河川整備課の担当者は「傷みがひどく切羽詰まった状態。歴史ある川の姿を守りたい」と話す。 ※ 小説『高瀬舟』のテーマは、安楽死と知足。悲嘆の底にあるはずの喜助は、なぜか嬉々として高瀬川を下ってゆく。弟殺しの罪で島に送られる喜助は、これまでの貧しい暮らしと決別できると顔をほころばせ、遠島を申し渡された際に与えられた二百文の鳥目を懐にした幸せをしみじみと述懐する。 弟殺しと云っても、重病の弟が兄に迷惑をかけまいと、兄の留守に剃刀で自殺を図ったが死にきれずに苦しんでいたので、弟の懇願もあって傷口の剃刀を抜いてやったら、そのまま死んでしまったものだった。苦しむ弟を楽にしてやったと、喜助は納得していた。島流しの喜助は、まるで新天地に向かう者のようであった。 万古不易と万物流転とは、両々相俟って本質と現象とをささえる。かつての運河が、その用を失い枯渇するは、まさに返本帰源と言うべきもの。観光用に“復活”させるのは、得てして見苦しいことでもある。 2月14日は、長谷寺「だだおし祭り」の日です。(追儺祭) 人間の罪や穢れを仏前に懺悔し、身も心も清浄にして新年を迎えるため、 悪魔退散、無病息災、万民豊楽を祈る法要。毎年同寺の修二会最終日に執行。 本堂で暴れ回る赤、青、緑の三鬼を松明で追い払う勇壮な姿が見られます。 「だだおし」とは、「檀拏(だんだ)印」を額に押すことに由来する。 大和に春を呼び込む火祭りの一つとして、地元の人々に親しまれております。 ※ 寺の開祖・徳道上人が閻魔大王から戴いたと伝えられる宝印(檀拏印)を 本尊以下の諸仏に押し、続いて天地十方・導師・衆僧・篤信者の額に印を押し 最後に堂前に出て参詣者にこの宝印を授けます。 長谷寺 14:00〜16:30頃 問合せ TEL 0744-47-7001 (〒633-0193 奈良県桜井市初瀬731-1) ◇ 今日の誕生花・サンシュユ(ミズキ科) 花言葉は、「持続」「耐久」。 黒きハートヴァレンタインデーのチョコレート 山口青邨 山茱萸に鳴る鈴かけて人恋うる 民謡があり遠きふるさと 鳥海昭子 ※ 宮崎県椎葉村の民謡『稗搗節』は、平家一族が隠れ住んだ椎葉の平家の鶴富姫と、源氏の那須大八郎との悲恋を題材にした労働歌。 「おまえ平家の公達のながれ おどま追討の那須の末 … 」。 ※ 山茱萸は、江戸時代に中国から来た花木。民謡の「山しゅう」は、源平の時代を謳っており、おそらくは「山椒」と思われる。 宮崎民謡 「稗搗節(ひえつき)」 庭の山しゅうの木 なる鈴かけて 鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれよ 鈴の鳴るときゃ 何と言うて出ましょ 駒に水くりょと 言うて出ましょよ 那須の大八 鶴富置いて 椎葉たつときゃ 目に涙よ 泣いて待つより 野に出て見やれ 野には野菊の花盛り |

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