今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年3月4日(金)昨日:石原都知事、4選不出馬を自民に伝達。

 東京都の石原慎太郎知事(78)が、24日告示の都知事選に出馬せず、今期限りで引退することが分かった。 石原知事が3日、4選出馬を求めていた自民党側に引退の意向を伝え、自民側は出馬要請を断念した。自民は支持する候補を石原知事に一本化してきたため、戦略の練り直しを始める。過去3回の知事選で圧勝してきた石原知事の不出馬で、選挙戦は混戦となる可能性が出てきた。

 石原知事は2007年、「最後のご奉公」として3期目の都知事についたが、昨年春頃から進退について、明言を避けるようになった。自民は、「都知事としての適任者は石原知事だけだ」と判断。先月以降、長男の石原伸晃幹事長ら党幹部のほか、自民系の業界団体代表、たちあがれ日本の平沼赳夫代表らが、再三にわたって4選出馬を要請していた。しかし、石原知事は3日、自民側に対し、高齢と体力への懸念を理由に、出馬しない意向を伝えた。石原知事は「東京の指揮官というのはいざという時に10階まで駆け上がらなければいけない。自分にはそれができない」と語ったという。

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 ◇ 都庁舎は巨大地震で使用不能に … (2011/03/04)

 超高層ビルが大きく揺れる巨大地震が起きた場合、東京・新宿にある東京都庁舎は、10階から40階にかけて建物の内部が損傷し、使えなくなるおそれがあることが東京都の調査でわかりました。都は、補強工事などの抜本的な対策に乗り出すことにしています。

 東京都庁の第一庁舎は20年前の平成3年に新宿副都心に完成した地上48階建て、高さ243メートルの超高層ビルです。都は想定される東海地震と東南海地震が同時に発生してマグニチュード8.3の巨大地震となった場合に、庁舎にどのような影響が出るか、専門家を交えて調査を行いました。その結果、庁舎は倒壊することはないものの、巨大地震特有の周期の長い揺れ、「長周期地震動」に共振しておよそ10分間にわたって大きく揺れ続け、10階から40階の間に損傷が出るおそれがあるほか、天井や配管設備なども壊れて使えなくなるおそれがあることがわかりました。



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 3月4日は、井上日召の命日です。

 ◇ 井上日召(1886年〜1967年、本名は昭で「昭」の字を分けて日召)

 日蓮宗の僧侶で国家主義者。戦前の右翼テロリスト集団・血盟団、そして戦後の右翼団体・護国団の指導者。 1930年、右翼団体血盟団を組織。一人一殺を唱えてテロ活動を指導。団琢磨、井上準之助暗殺事件(血盟団事件)、そして五・一五事件などを生んだ。血盟団事件では無期懲役。1940年に減刑出所。1954年には護国団を設立。

   血盟団事件

 井上日召を中心に一人一殺主義を唱える血盟団が組織され、1932年2月、小沼正が民政党幹部で前蔵相の井上準之助を、翌月には菱沼五郎が三井合名理事長・団琢磨を相次いで暗殺。日召ら3名は無期懲役、他は有期懲役となるも、1940年の恩赦によって全員出獄。同年5月の五・一五事件への口火となる。

   五・一五事件

 1932年5月15日に起こった海軍急進派青年将校を中心とするクーデタ事件。井上日召らと関係のあった海軍将校が大川周明から資金援助を受け、陸軍士官学校生徒と協力、首相官邸、内大臣官邸、政友会本部、日本銀行、警視庁などを襲撃、犬養毅首相を射殺。一方、愛郷塾生の農民決死隊も東京近郊の変電所を破壊して戒厳令を発令させ、その間に大川周明らによる改造政権の樹立を企図するも失敗。その後の日本ファシズム台頭の契機となる。


 ◇ 日本の支配階級、並びに準支配階級六千人の殺戮を謀略「神兵隊事件」

 1933年(昭和8年)7月11日に発覚した、愛国勤労党・天野辰夫らを中心とする右翼によるクーデター未遂事件。 血盟団事件、五・一五事件などの思想を受け継ぎ、大日本生産党・愛国勤労党が主体となって、閣員・元老などの政界要人を倒し、皇族による組閣によって国家改造を行おうと企図。東京・渋谷の金王八幡神社の集結所で警視庁捜査員らにより捕縛され、天野辰夫ら約50人が検挙され、内乱罪が適用されたが、刑は減免された。

 日本の政界のリーダーや大立て者を皆殺しにして、天皇親政の政府を樹立し、国家改造をただちに実現するという大クーデター計画「神兵隊事件」は、天野辰夫弁護士の独創ではなく、井上日召の弁護を熱心にする天野に感じ入った日召が大事を託したとも言われる。

 クーデター計画の概要とは、陸軍、海軍、民間右翼が連合して、首相官邸を襲い、斎藤実首相以下、牧野伸顕内大臣ら全閣僚を殺害し、鈴木喜三郎政友会総裁、若槻礼次郎民政党総裁、山本権兵衛元首相なども、私邸または政党本部に襲い殺害、警視庁も襲撃して、警視総監を殺害するとともに、占拠して神兵隊本部とする。裁判所を襲撃して、井上日召など血盟団事件の被告たちを奪還する。別働隊は、横須賀海軍基地から飛行機を飛ばし、官邸、警視庁を空爆。警視庁を占拠した本隊は立てこもり、戒厳令が発動されるまで死守する。この間に政治工作を進め、東久邇宮または別の皇族に頼み、皇族を首班とする臨時政府をつくり、国家改造を速やかに進める … 、と云うものだった。

 ※ もし未然の捕縛なかりせば、二・二六事件の比ではなかった。


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 ◇ 井上日召 『血盟団秘話』 (昭和29年7月文藝春秋臨時増刊号)

 私は七歳の時にお盆の秋草を採っていて、「桔梗は紫で女郎花は黄色い、なぜだろう」ということに疑問をおこして以来三十年、あらゆる天地間の現象に懐疑をいだき、無限の闇黒世界を彷徨した。人生の真とは何か、善とは何か、これの解決に死以上の難行苦行をつづけたのであった。

 大正十年の春、中国の革命運動から、ほとんど日本に亡命するような恰好で帰国し、郷里の群馬県川場村の三徳庵で修行中、十三年の五月、はからずも開悟の機縁に恵まれ、三十年の疑問を一瞬に氷釈しえたのである。 その年の七月、私は天の声をきいた。「九月五日を期して東南に向かって進め」というのである。これが私の日本革新運動に起ち上がる、第一歩だ。三徳庵から東南は、東京に当る。

 浅草妙教寺に野口日主上人という豪傑僧がいた。頭山満翁や大連の金子雪斎翁と肝胆相照らした仲で、かねて国家革新の志をもっていた。ある日、野口上人を訪問すると雪斎翁も上京して、期せずして三人の旧知が一堂に会した。その時、いろいろな話の後で、「時に井上君、かねての案をこのさい実行したいが、喋ったり書いたり、気運をつくるほうは、我々老人が当るから、君はまげて実施を引き受けてもらいたい」という。

 かねての案というのは、日主上人と雪斎翁が長い間練り上げた国家改造の具体案で、純然たる非合法である。その中に、日本の支配階級ならびに準支配階級、六千人の殺戮なんという、すさまじい項目があるのだ。 私は二人に見込まれて、いやおうなく承諾したが、実は非合法には反対だった。私は当時、同志倍加運動で革新ができると信じていた。それはつまり五人の同志が毎月一人ずつの同志を獲得し、新しい同志がまた毎月一人ずつの同志を獲得するという行き方で、無血革命を成就しようとするものだった。(なにやら、無限連鎖商法みたいな … )

 しかし、この考えは甘かった。それはともかく、私は革新を引き受けたのである。引き受けた以上は実行しなければならぬ。さて、何から始めるか? ついでに言っておくが、国家革新というと、誰でも、その源流として、北一輝や大川周明や満川亀太郎らを思い出す。しかし、それらの錦旗革命派の他に、金子、野口両翁の革新計画があったのだ。それを世間の人は知っていない。金子翁の振東学舎の幹部だった、本間憲一郎すらもこれを知らなかった。

 さて、革新だ革命だと騒いでみても決してできるものではない。根本は人だ、人間だ。私はまず私の計画を実行するに堪える人間から造ってゆかねばだめだと思った。 昭和の初めに私は茨城の大洗に近い立正護国堂を本拠として、青年の練成に余念がなかった。集った者は主として茨城の青年で、古内栄司、菱沼五郎、小沼正ら二十余名であった。これに海軍の藤井斎、古賀清志らが合流し、後には安岡正篤や大川周明、西田税らによって養成された陸海軍将校や民間青年が、みんな周囲に集まって来た。 安岡や大川や西田はさかんに革新を説いて青年を煽動するけれども、決して先頭に立ってやろうとはしない。そこで和尚ならやるだろうというので、みんな寄って来たわけである。



 ◇ 父・石原慎太郎を説得できぬ幹事長に責任論浮上って … ?

 3月24日告示の東京都知事選に現職の石原慎太郎知事の不出馬が固まったことで、石原知事4選を支援し、余勢を駆って菅政権を衆院解散に追い込もうとした自民党の戦略は事実上白紙撤回。党内では、知事の長男で調整を一手に引き受けてきた石原幹事長への批判が出ている。

 谷垣総裁は3日の記者会見で、都知事選の候補者擁立作業について「都連会長でもある石原幹事長が調整をしていくということだ」と述べるにとどめた。谷垣氏ら党執行部は、石原知事への働きかけを石原幹事長に一任しており、説得工作は幹事長ら少数の都連幹部が進めてきた。2月下旬に不出馬の観測が出始めても、事情を把握していない谷垣氏らの間では「長男である石原幹事長を窮地に追い込むことはないだろう」との楽観論すら流れたほど。

 石原幹事長起用の背景には知事の4選出馬に向けた環境整備の意味合いがあった上、幹事長自身が知事出馬の可能性を示唆していた時期もあるだけに、党内からは「党の選挙準備を遅らせる結果となった。責任は重大だ」という声が出ているとか。 自民党では、丸山和也参院議員も都知事選出馬を検討しているが、党幹部は「党の候補として検討対象に挙がっていない」としており、告示日が間近に迫っても有力な選択肢がない現状に焦りが広がっている。

 ※ かつて石原慎太郎は、尻をまくって国会を去った漢だった。「長男である石原幹事長を窮地に追い込むことはない」という観測は、結構、逆鱗に触れたのではないか。親子タッグを組ませるのも、如何にも自民党らしい情実がらみの手練だった。やがて傘寿にもなろうという者に、しがみ付かねばならない政党も意気地がない。



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   ◇ 今日の誕生花・ムラサキケマン(ケシ科)

   花言葉は、「あなたの助けになる」。

   流氷や宗谷の門波(となみ)荒れやまず   山口誓子

 かたくなな心をほぐす風情にて ほのぼのと咲くムラサキケマン  鳥海昭子


 【参照】3月4日、三線の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40772411.html

 【参照】3月4日、杉田玄白、腑分け検分(1771年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/29387103.html

 【参照】3月4日、ニコライ・ゴーゴリ忌(1852年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47251085.html

 【参照】3月4日、山本リンダの誕生日(1951年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50303060.html

 【参照】ヒラリー陣営のネガティブ・キャンペーン(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40783040.html

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