今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年3月7日(月)昨日:前原外相が外国人献金で引責辞任。
 
 前原誠司外相(48)は6日夜、首相公邸で菅首相と会い、在日韓国人から政治献金を受け取っていた問題の責任を取って辞任する意向を伝えた。 首相は慰留したが最終的に了承。「ポスト菅」の有力候補と目された重要閣僚が「政治とカネ」の問題で辞任に追い込まれたことで、菅再改造内閣は発足から2か月足らずで閣僚が辞任する事態となり、菅政権は大きな危機を迎えた。
 
 会談はニュージーランドの地震への対応を含めて約1時間45分間行われ、途中から枝野官房長官と福山哲郎官房副長官も加わった。前原氏は6日夜、外務省で記者会見し、首相に「私の政治資金問題で、国民、国会審議にご迷惑をかけては申し訳ない。外国人からの献金で国民、海外から疑念を持たれたら国益を損なう。外交の空白を作ってはならない」と伝えたことを明らかにした。前原氏は会見で改めて陳謝し、「自らの政治資金把握に不十分な点が相次いだことに責任を感じている」とも述べ、「職を辞することで政治家としてけじめをつけるべきだと考えた。政治家としての足元を見つめ直し再構築に力を注いでいきたい」と語った。 献金を受けた在日韓国人から2005〜08年と2010年の5年間で計25万円受け取ったことも明らかにした。
 
 ※ 25万円で外交政策を左右されるニッポンって、なんなのよ?
 
 
 
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 462年3月7日、栖軽(すがる)なる者、少子部の姓を賜る。
 
 この日、雄略天皇は皇后に親しく養蚕を行わせることで、天下に養蚕を奨励しようと思われた。そこで側近の栖軽という者に蚕(こ)を集めることを命じたところ、勘違いした栖軽は子、つまり子どもたちを集めて献上した。そこで天皇は大いに笑って栖軽にその子供たちの養育を命じ、あわせて少子部(ちいさこべ)という氏を賜った。
 
 少子部は、本来天皇側近の童子たちを養育する氏族。その少子部氏の創氏説話である。栖軽は「日本霊異記」の冒頭の説話では、雷の鳴る日、皇后と休んでおられた雄略天皇の寝室に迷い込み、天皇から(てれ隠しに)雷を捕らえることが出来るか、と問われたため、かしこまって「雷神よ、天皇がお召しだ」と呼ばわりながら御所のあった泊瀬(はせ)から軽の諸越(もろこし、畝傍山東南)にまで走り回ったところ、豊浦寺(とゆらでら、蘇我稲目の建立した寺、現在の広厳寺、但しその建立はこれよりずっと後のこと)と飯岡(いいおか、不詳)の間に雷神が落ちていた。
 
 そこで、それを捕らえて天皇にお目にかけた。光り輝く雷神を見て天皇は恐れて幣帛を捧げ、落ちていたところにお返しした。それで後にそこを電(いかづち)の岡と呼ぶようになった。後、栖軽が亡くなった後、その場所に墓を建てて「電を捕らえた栖軽の墓」と書いたところ、雷神が怒りその碑を蹴り割ったが、裂け目に挟まれて再び捕らえられてしまった。 そこで天皇は「生きていた時も死んでからも電を捕らえた栖軽の墓」と改めて碑を建てたという。

 
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 ◇ 映画『ちいさこべ』
   山本周五郎:原作   田坂具隆:監督 (東映、1962年6月公開)
 
 神田の大工「大留」の若棟梁・茂次(中村錦之助)は、川越で初めての仕事に張り切っていた。そこに弟子のクロが悲報をもたらす。 江戸に大火があり大留は全焼、茂次の両親も焼け死んだというのだ。茂次は驚いたものの、後見の大六を江戸へやっただけで自分は仕事の完成まで川越で頑張った。
 
 仕事も終り茂次が江戸へ戻ってみると、近所の娘で茶屋奉公をしていたおりつ(江利チエミ)が大工達の世話をしていた。呆れたことにおりつは浮浪児を五人も養っていた。大留の再興を自力で成し遂げようと片意地なまでに思い込む茂次は、子供達まで養えないから元の町内へ戻せとおりつを叱る。おりつは、焼跡へ子供達を連れて行ったものの、おりつはどうしても放り出すことが出来ずに、焼跡の土蔵に子供たちと住むことにした。
 
 一方、茂次は米問屋上州屋の仕事を貰い、深川の親友和七から資金を借りて大留のたて直しに必死だった。安手の仕事はしないという大留の伝統を守るため、町内の人々に頼まれた家屋普請もあっさり断る茂次は、人々から冷たい目を向けられるようになった。そんな時、米問屋上州屋は飢えた人々に襲われせっかくの茂次の名人仕事も未完成のままめちゃめちゃにされた。その騒ぎの中で、追い出した浮浪児のじつ平の恨みを込めた眼差しを見て茂次は堪らなくなり家へ連れ帰った。
 
 そんな時クロは、おりつと生活している子供達が食うために泥棒をしているのをみつけた。それを聞いた茂次は、子どもらを家に引取る決心をする。 おりつと子どもは再び茂次の家に引きとられ、茂次も子供たちと共に雑草のように生きようと決心するのだった。茂次は子供たちのために特別の部屋をこしらえてやった。喜んだおりつは、「ちいさこべや」と名づけた。子供たちやおりつの生き方から人情というものを知った茂次は、町内の人々の家も建てようと思い立つ。そして、おりつにはこの大留の家を預って欲しいと心から頼むのだった。
 
 
 
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 ◇ 今日の誕生花・パンジー〔三色菫〕(スミレ科)
 
   花言葉は、「もの思い」「私のことを忘れないで」。
 
   故郷につながるこころ春めけり   村越化石
 
 私のこと忘れないでねパンジーに 深くかがんで幼児言えり  鳥海昭子

 【参照】3月7日、花粉症の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40840343.html
 【参照】3月7日、ラヴェルの誕生日(1875年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50318964.html
 【参照】3月7日、安部公房の誕生日(1924年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/29531857.html
 【参照】3月7日、赤黄男忌(1962年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47293328.html

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