今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年4月24日(日)昨日:岐阜県は「自粛せず」、元気さで被災地支援。

 東日本大震災後、全国で自粛ムードが広がる中、岐阜県はあえてイベントなどを開催する姿勢を打ち出している。笠松競馬(同県笠松町)はレースを続け、低迷していた馬券売り上げが復活。5月のハーフマラソン大会は震災後に出場者を追加募集し、調整の場を求めた有力選手も参加表明した。県は自粛を回避する一方で収益の一部を被災地への義援金に回す工夫をしており、古田肇知事は「社会を元気にすることで被災地を支援したい」と話している。

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 全国各地の公営ギャンブルは震災直後に軒並み休止になったが、岐阜県などが出資する県地方競馬組合は、震災後も笠松競馬のレースを開催。3月末と4月前半は前年同期比4割増の売り上げを記録した。「開催には賛否両論あったが、動かなければ何も生まれない」と県笠松競馬支援室。競馬場ではチャリティーオークションを開いたり収益の一部を義援金に充て、これまでに計約315万円を被災地に寄付した。

 県が実行委員会に入っている「高橋尚子杯ぎふ清流マラソン」も予定通り5月15日に岐阜市で開催される。一般ランナーのエントリーは既に締め切られていたが、震災後、「チャリティーエントリー」と銘打ち、2000人の出場者を追加募集。25日の締め切りまでにほぼ定員に達した。1人6000円の参加費は全額、義援金になる。 県などは、高山や下呂など不振が続く観光地のテコ入れのため、宿泊料の一部を義援金に回したり、東北の特産品を振る舞うキャンペーンで宿泊を呼び掛けている。



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 4月24日は、星野富弘の誕生日です。

 ◇ 星野富弘( 1946年、群馬県勢多郡東村生まれ )詩人・画家

 1970年、群馬大学卒業。中学校の教諭になるもクラブ活動の指導中に頸髄損傷、手足の自由を失う。1972年、群馬大学病院入院中に口に筆をくわえて文や絵を書き始める。1974年、病室でキリスト教の洗礼を受ける。 1979年、入院中に前橋で最初の作品展を開く。

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 1981年、結婚。雑誌や新聞に詩画作品や、エッセイを連載。1982年、高崎で「花の詩画展」。以後、全国各地で開かれる詩画展は、大きな感動を呼び現在も続いている。1991年、群馬県勢多郡東村(現・みどり市東町)に村立・富弘美術館を開館。 ブラジル各都市で「花の詩画展」、現在も継続中。

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 1994年、ニューヨークで「花の詩画展」。 2000年、ハワイで2度目の「花の詩画展」。2001年、サンフランシスコ・ロサンゼルスで花の詩画展。 2003年、ワルシャワ国立博物館での「バリアフリーアート展」に招待出品。 2004年、富弘美術館の入館者が460万人を超える。

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 2005年4月、富弘美術館新館を開館。同12月、富弘美術館の入館者500万人を超える。 2006年5月、芦北町立・星野富弘美術館を開館。 同6月、群馬県名誉県民となる。 2010年、みどり市にある「富弘美術館」は開館20周年をむかえ、入場者数600万人を越える。

 富弘美術館 http://www.tomihiro.jp

 〒376-0302 群馬県みどり市東町草木86
 Tel.0277-95-6333 Fax.0277-95-6100

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 2010年5月刊行:『 種蒔きもせず 』 星野富弘 偕成社



 ◇ 避難区域から引っ越せない、業者の拒否相次ぐ(2011年4月24日03時)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、1ヶ月後までをめどに避難を求められている福島県の計画的避難区域で、住民が引っ越しの依頼を業者に断られるケースが相次いでいる。 引っ越し業者側は「社員の安全を考えると作業させられない」などとしており、現在、6000人以上とされる5市町村の計画的避難区域にいる住民の移動に支障が出る恐れもある。

  「避難しろ」と言われて避難できないなんて。見殺しにするんでしょうか?

 村全域が計画的避難区域となった飯舘村の女性(50)が23日、大手業者の電話受付で住所を告げると、担当者に「現在、作業不可地域とされております」と言われた。食い下がっても、「やはり原発等の影響があるかと思われます」「社内的に決まっていますので」と断られた。別の大手業者にも同様に拒まれた。

 ※ 避難区域にしながら移動の手当てをしないとは、無為無策も甚だしい。当然、政府が責任をもって、自衛隊の応援を得て速やかに行なうものと思っていた。通達だけを出して、それで完了みたいな、お役所仕事が染みついているのか。被災者の現状に対して、余りにも鈍すぎる。



 ◇ 4月24日は、霧島 昇の命日です。(1984年)

 霧島 昇 『 誰か故郷を想わざる 』



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   ◇ 今日の誕生花・ワスレナグサ(ムラサキ科)

   花言葉は、「私を忘れないで」「真実の愛」。

   雨晴れて忘れな草に仲直り   杉田久女

   この花に勿忘草といふ名あり   清崎敏郎

 振り向けば勿忘草の色冴えて 明日のために咲くと思えり  鳥海昭子

 ※ 「勿忘草」の由来:中世ドイツの悲恋伝説に登場する人物の言葉に因みます。 その昔、騎士ルドルフがドナウ川の岸辺に咲く花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまいます。 その時、ルドルフは最後の力をふりしぼって花を岸に投げ、「Vergiss-mein-nicht!」という言葉を残して亡くなりました。

 残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉をこの花の名にしました。このような伝説から、この花の名前は当地ドイツで、「フェアギスマインニヒト」(僕を忘れないで)と呼ばれ、英名もその直訳の「フォーゲットミーノット(Forget-me-not)」です。 日本では、1905年(明治38年)に植物学者の川上滝弥によって初めて「勿忘草」「忘れな草」と訳されました。

 『 忘れな草をあなたに 』 鮫島有美子


 【参照】4月17日、誕生花は勿忘草
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47836809.html


 【参照】4月24日、植物学の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31683621.html

 【参照】4月24日、桜木町事故で死傷者多数(1951年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50558277.html

 【参照】4月24日、首都圏国電暴動(1973年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41897154.html

 【参照】4月24日、ハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げ(1990年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47928870.html

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