今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年4月25日(月)一昨:復興特区、原発特別法要望、構想会議で3県知事。

 東日本大震災の復興計画を策定するための菅首相の私的諮問機関「東日本大震災復興構想会議」(議長・五百旗頭(いおきべ)真防衛大学校長)の第2回会合が23日、首相官邸で開かれ、被災した岩手、宮城、福島3県の知事から意見を聴取した。 村井嘉浩宮城県知事は、被災地に限定して規制緩和や税財政の優遇措置を行う「東日本復興特区」の創設や、津波被害の危険がある沿岸地域の公有地化を提案。国と3県などで構成する「大震災復興広域機構」を設立し、全国の自治体からの職員派遣の調整や、復興推進に関する政府と被災自治体との連携などを担わせることも提案した。

 達増拓也岩手県知事は、復興に向けた県の基本方針をまとめた文書を提出し、水産施設の再建や、防災に配慮したインフラ復旧、観光施設の再生などを求めた。また、「財政出動を遠慮しすぎると、後の世代がいなくなってしまう」と大規模な復興予算編成を求めた。 佐藤雄平福島県知事は「原子力災害が今も進行中だ」と述べ、東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故の早期収束を改めて求めた。そのうえで、今回の事故は現行法の想定外の規模だとして、原発事故への対応や損害賠償、復興策などを包括的に定める特別法の制定を求めた。



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 4月25日は、岩波茂雄の命日です。

 ◇ 岩波茂雄( 1881年〜1946年 )

 岩波書店創業者にして貴族院多額納税者議員。 長野県諏訪郡中洲村(現・諏訪市中洲)の農家に生まれる。父・義質は村の助役をしていたが、茂雄が15歳のとき病死。 1895年(明治28年)、諏訪実科中学校(現・諏訪清陵高)へ入学するも、在学中に父が死去し戸主となる。 母を助けて農業をしていたが、1899年に上京。日本中学に入学。母が学資を仕送りしてくれた。ある時、母親が上京すると、茂雄は東京見物をさせようと思うも母は用事が済むとさっさと帰郷する。 息子を勉強させたいばかりに働いたのだという。

 翌年に卒業し、1901年、杉浦重剛を慕い第一高等学校に入学。藤村操が自殺した際、彼の友人でもあった茂雄は哲学書を携えて40日間山小屋に籠もり死に付いて真剣に考え、自身も死を選びつつあったが、母親の下山の訴えで下界へ戻る。しかし、先の事件の影響を受け、落第。この頃、煩悶から東京本郷で求道学舎を主宰していた真宗大谷派僧侶・近角常観のもとを訪れ、近角から著書『信仰の餘瀝』を渡される。試験放棄のため除名中退処分となる。再起して1905年、東京帝国大学哲学科選科に入学。この頃に内村鑑三の影響を受ける。1906年、結婚。

 神田高等女学校(現・神田女学園)に奉職するも教師としての自信を喪失し退職。1913年(大正2年)、神田区南神保町に古本業岩波書店を開く。破格の正札販売を実施、古書店から出発し、夏目漱石の知遇を得て、1914年に「こゝろ」を出版。自費出版であったが、岩波書店の処女出版と位置付けられる。漱石没後は安倍能成らと「漱石全集」を刊行。

 『思想』(1921年)、『科学』(1931年)、『文化』(1934年)などの雑誌や、1927年(昭和2年)には「岩波文庫」を創刊する。日中戦争について、「日本はしなくてもいい戦争をしている」と日本軍に対して批判的な立場から活動を展開していた。これによって軍部の圧力をかけられるようになる。 1940年には、学徒及び篤学の学者、研究者を援助する目的で財団法人「風樹会」を設立。同年、津田左右吉の著作『古事記及日本書紀の研究』他4点が発禁処分となった事件では、発行元として、津田と共に出版法違反で起訴される。1942年に有罪判決、上告中の1944年に免訴となる。また美濃部達吉の天皇機関説を支持する投稿を朝日新聞に行ったが、同紙が不掲載としたため、朝日は意気地なしだ、と批判する。

 1945年3月に貴族院多額納税者議員に互選、任命されるが、同年9月には脳出血で倒れる。翌年には雑誌『世界』が創刊され、文化勲章も受けるが、同年に64歳で死去。戒名は文猷院剛堂宗茂居士。墓所は鎌倉・東慶寺。


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 ◇ 民主、退潮傾向顕著 政局混迷の可能性(2011年4月25日03時)

 統一地方選後半戦の市長選や、衆院愛知6区補欠選挙などの投開票が24日、行われ、補選は自民党公認の元議員が大勝、政権与党として初めて統一選を戦った民主党は、推薦した市長選候補の敗北が目立ち、市議選、区議選も伸び悩んだ。 統一選前後半を通じた退潮傾向の背景には、東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所事故を巡る政権の対応への不信や不満があったとみられ、党内で菅首相(党代表)ら執行部に対する批判が強まり、政局が混迷の度を深める可能性がある。

 衆院愛知6区補欠選挙は、自民党元衆院議員の丹羽秀樹氏(38)が、諸派で地域政党「減税日本」副代表の川村昌代氏(44)ら4新人を破り、2回目の当選を果たした。 民主党が候補を擁立できず「不戦敗」となる中、自民党は今回の補選を「政権奪還への第一歩」と位置づけ、党を挙げた支援態勢が奏功した形だ。投票率は2009年の前回衆院選の69.87%を大きく下回り、41.94%だった。 選挙戦は、2009年の衆院選で失った議席の回復を目指す自民党と、国政選挙に初めて候補者を擁立した減税日本の争いを軸に展開。2月の名古屋市長選などのトリプル投票と3月の同市議選で圧勝した減税日本の今後を占う選挙としても注目されたが、大差で敗れた。

   原発反対派、目立った伸長みられず

 東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、統一地方選後半戦では原発が立地する自治体で安全対策や是非が争点となったが、原発反対派の目立った伸長はみられなかった。 東京電力労働組合の組織内候補も、厳しい逆風の中、開票された選挙では全員が当選した。 高速増殖炉「もんじゅ」など原発3基が立地する福井県敦賀市長選は初当選以来、原発との共存共栄を掲げた現職の河瀬一治氏が市発足以来初の5選を決めた。

 市は財政、雇用面で原発に依存。このため河瀬氏のほか、元市議や元市会議長、敦賀短大教授の3候補はいずれも原発との共存を前提に、原発の安全強化や防災対策などを中心に論戦を展開した。新人は多選阻止を訴えたが、福島第一原発の事故後は、経験豊かな現職を再評価する声が強まった。 福島第一原発と同じ東京電力の柏崎刈羽原発を抱える新潟県柏崎市議選(定数26)では、立候補した原発反対派7人のうち、5人が当選。 改選前(当時の定数30)の反対派の勢力(7議席)からは2議席減となり、引き続き推進・容認派が多数を占めた。

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 ◇ 東電が福島第一原発の「汚染地図」を初めて公表

 東京電力は24日、福島第一原子力発電所内で、高レベルの放射性物質で汚染された場所を示した「汚染地図(サーベイマップ)」を初めて公表した。 水素爆発が起きた3号機周辺は放射線量が毎時300ミリ・シーベルトの瓦礫が残るなど、爆発から1ヶ月以上たった今も、長時間作業するには高過ぎる状態が続いていることが浮き彫りになった。しかし、東電は「撤去には半年以上かかるが、汚染地図の内容は(原子炉の安定化に向けた)工程表に織り込み済みで、遅れは出ない」としている。

 地図は敷地内の約230ヶ所で測定した放射線量を示したもの。先月23日に作成した地図によると、大気中の線量が毎時100ミリ・シーベルトを超える場所が、水素爆発の起きた1、3号機周辺を中心に5ヶ所あった。この線量は、1時間の作業で作業員の年間被曝の上限に当たるとされてきた数値だ。 今月23日の地図では、瓦礫撤去や放射性物質の半減期もあり、同100ミリ・シーベルト超の場所はなくなったが、大気中で同10ミリ・シーベルトを超える場所が1〜4号機周辺だけで30ヶ所以上あった。



 ◇ 斎藤佑のストレートは、プロに通用しない?

   < 日本ハム 5−3 楽天 > (4月24日、ほっと神戸)
   8安打3失点2被弾でも … 新人唯一の開幕連勝スタートは吉兆か?

 デビュー2連勝。日本ハムのドラフト1位・斎藤佑樹投手(22)は24日、楽天戦に先発し自己最長の6回を3失点。ソロ2発を含む8安打を浴びたが、要所ではフォークがさえ先発の役割を果たした。救援陣が無失点リレーでリードを守れば、打線は先発全員安打で援護。新人トップの2勝目を挙げた「サンデー佑ちゃん」は、次回5月1日の西武戦(札幌ドーム)に登板する予定。

 小気味いい投球テンポは最後まで変わらなかった。6回8安打3失点。要所で効果的に決まったのがフォーク。最大の正念場は、2点リードの5回2死二、三塁。2009年パ首位打者の鉄平を投ゴロに打ち取ったのもこの決め球だ。「あそこは歩かせて、(2回に一発を浴びた)山崎さんとの勝負だけは避けたかった。どうにかして打ち取ろうと思ったし、フォークがいいところに決まってくれた」。「フォークを投げる時は、とにかく低めに投げることだけを意識している。空振りを取れたらラッキーだし、バットに当たっても内野ゴロになってくれたらいい」。18アウト中、内野ゴロが10個。3三振はいずれもフォークだった。

 4番・山崎に3安打されながら、松井稼、聖沢、鉄平の1〜3番を完璧に封じ込んだのも、崩れなかった要因のひとつ。「1、2、3番が左打者だし、そこを抑えようとした」。前回の対戦では楽天打線に8安打を浴びたが、全てが左打者に痛打されたもの。同じ失敗を繰り返さないために「高校時代から投げていた得意球」であるフォークを解禁し、さらに内角へカットボールを駆使して打席の中で巧打者たちを踏み込ませなかった。 試合後の斎藤は、「1勝目はまぐれでも勝てるかもしれないが、2勝目は自分の力で取らないと駄目と思った。こういう投球をしていれば打線の援護次第では勝てると分かった。不安は少しずつ消えている」。

 ※ 斎藤佑の自力は、5月1日の西武戦を見てからのお楽しみ … かな?


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   ◇ 今日の誕生花・ライラック〔リラ〕(モクセイ科)

   花言葉は、「思い出を大切に」。

   リラ咲けば誰も旅人港町   古賀まり子

   さりげなくリラの花とり髪に挿し   星野立子

 忘れがたき思い出ひとつに重なりて 紫ライラック庭のまんなか  鳥海昭子


 ◇ 4月25日は、尾崎 豊の命日です。(1992年)

 『 I LOVE YOU 』



 【参照】4月25日、法然上人御忌会(1212年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47941298.html

 【参照】4月25日、ギロチンの日(1792年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31726086.html

 【参照】4月25日、福知山線脱線事故(2005年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41918736.html

 【参照】4月25日、福知山線脱線事故から5年(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50562678.html

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