今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年5月14日(土)昨日:原発賠償、電力10社が負担金を拠出 東電支援。

 菅政権は13日、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う損害賠償を支援する枠組みを関係閣僚会合で正式に決めた。東電の存続が前提で、債務超過にさせないことを明示。公的資金を投入して支援する一方、政府は東電の経営合理化を監督する。東電は政府の管理下で経営し、賠償を進めることになる。 この枠組みでは金融機関の貸手責任が問われず、与野党に疑問の声がある。枝野幸男官房長官は13日の記者会見で、金融機関の債権放棄がなされない中での公的資金投入について「到底、国民の理解を得られない。金融機関にも当然協力いただけるものと思っている」と述べた。

 政府は、原子力災害の賠償を支援する組織として「機構」を新設する。機構設立の法案を国会に提出する予定。原発を持つ電力10社(日本原子力発電を含む)には、機構に負担金を拠出することを義務づける。今回の枠組みは、将来の原発事故にも対応できる制度とし、電力会社が資金を出しやすくした。 政府は、必要なときだけ現金化できる「交付国債」を機構に交付するかたちで、公的資金を投入。機構は東電に対し、賠償や設備投資などのために必要な資金を援助し、債務超過にさせない。援助に上限は設けず必要があれば何度も行う。 機構は東電に対する金融機関の融資に債務保証をつけ、社債購入もできる。また、被害者の相談にも応じるほか、東電の資産を買い取ってリストラを支援する役割も持たせる。 東電は政府の管理のもとで、保有する株式や不動産の売却など最大限の経営合理化と経費削減を行い、賠償資金を捻出する。

 一方、原発の停止による火力発電所の燃料費の増加が、東電の電気料金を大幅に押し上げる可能性がある。政権は東電の合理化や経費節減の徹底が必要と判断。経営を監視するため、法律や会計の専門家らでつくる第三者委員会を新設する。 東電を含む電力各社が機構に拠出する負担金分は、電気料金の値上げにつながる可能性があるが、政府は各社に合理化努力で吸収するよう促す。 海江田万里経済産業相は閣議後の記者会見で「できるだけ電気料金への転嫁は少なくしたい。仕組みができあがってからも、第三者によるしっかりとした監視を行って、国民負担の極小化に努めたい」と述べた。 また、枠組みの決定文書には「電力事業形態を含むエネルギー政策の見直しの検討を進め、改革を行う」と盛り込まれた。今後、電力自由化が再び議論される可能性がある。

 ※ 電力の自由化を! 発送分離を! 然らずんば国有化を!


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 ◇ 福島第一原発作業員が体調不良、病院で死亡(2011年5月14日13時)

 東京電力の福島第一原子力発電所で14日午前6時50分頃、機材の搬送をしていた東電の協力企業の60歳代の男性作業員が意識不明となり、福島県いわき市内の病院に運ばれたが、午前9時33分に死亡した。 同原発の復旧作業中に作業員が死亡したのは初めて。東電で死因などを確認している。

 東電によると、男性は午前6時頃から、高濃度汚染水が移送されている集中廃棄物処理施設内の4つある建物の一つで、同僚男性と電動ノコギリを2階から1階に搬送している最中に体調不良を訴えた。同原発内の医務室に運ばれ、作業員の活動拠点「Jヴィレッジ」で医師の診察を受けた後、午前8時35分頃、病院に搬送された。男性のいた建物地下2階に汚染水が貯蔵されていたが、男性は防護服を着ており、被曝線量は0.17ミリ・シーベルトで、身体に放射性物質の付着はなかったという。男性は、前日の13日から同原発に入り、午前6時〜9時の作業時間で働いていたと云う。

 ※ 何処でどのような形で、極めて高濃度の放射性物質が滞留しているか、一切不明の暗中模索の作業現場となっている。経験豊富な作業員は、累積被曝量から現場に入れなくなる。未経験な者が入れ替わりで、危険な作業を強いられている。従来の被曝線量の限界を無視して作業を敢行している。大局観を誤れば、本当の意味でチェルノブイリの深刻さに迫ってしまうだろう。平時には強い日本ではあるけれど、非常時には頗る脆いのだ。



 5月14日は、「紀尾井坂の変」の日です。

 ◇ 紀尾井坂の変

 1878年(明治11年)5月14日に、内務卿の大久保利通が東京府麹町区紀尾井町清水谷(紀尾井坂)で士族6名によって暗殺された事件で、「紀尾井坂事件」「大久保利通暗殺事件」とも言われる。

 実行犯は、石川県士族の島田一郎・長連豪・杉本乙菊・脇田巧一・杉村文一および島根県士族の浅井寿篤の6名から成る。脇田は上京にあたり罪が家に及ぶのを恐れ、士族を辞めて平民になっている。その中でも特に中心的存在が島田一郎だった。島田は加賀藩の足軽として第一次長州征伐、戊辰戦争に参加しており、明治維新後も軍人としての経歴を歩んでいたが、征韓論に共鳴しており、明治六年の政変で西郷隆盛が下野したことに憤激して以後、国事に奔走する。

 杉村寛正(杉村文一の兄)らも征韓論にあたり、従軍願いを出している。さらに台湾出兵にあたっては杉村・長らは再び従軍願いを出しており、台湾出兵中止の噂に対する反対の建白書や、佐賀の乱の処理を批判する建白書には杉村(寛)・島田・後に斬奸状を起草する陸義猶(陸九皐)が名を連ねている。しかし、これらの建白書は期待した効果を生まず、島田らは実力行使路線を採ることになる。1874年(明治7年)、島田と長は東京で会い、意気投合している。長は1874年(明治7年)6月、台湾出兵について西郷、桐野利秋の見解を聞きに杉村(寛)、陸と鹿児島入りしている。長は半年ほど鹿児島に滞在し私学校に留学している。長は1876年(明治9年)にも鹿児島入りして、桐野らと旧交を温めている。

 長が帰県した10月には神風連の乱、秋月の乱、萩の乱と士族反乱が相次ぎ、島田も金沢で挙兵計画に奔走するが失敗。さらに翌1877年(明治10年)の西南戦争では、島田と長が協力して挙兵計画に奔走したが、周囲の説得に苦慮している間に、4月に政府軍が熊本城に入城したとの情報を得て、勝敗は決したと計画を中止する。

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 この後、島田らは高官暗殺に方針を変更する。杉本・脇田・杉村らもこの時期に島田の計画に加わっている。脇田は10月、長は11月、杉村は12月、島田、杉本は翌年4月に上京している。唯一の島根県人である浅井は西南戦争当時は警視庁の巡査で、警視隊に所属して従軍し、1877年(明治10年)8月に東京に凱旋していたが、禁令を犯して1878年(明治11年)2月に免職となり、3月に島田らの暗殺計画を知って計画に加わった。 彼らの暗殺計画は複数のルートを経て、当時の警察トップである大警視・川路利良の耳にも入っていたが、川路は「石川県人に何ができるか」と相手にしなかったと言う。

 ◇ 斬奸状趣旨

 国会も憲法も開設せず、民権を抑圧している。
 法令の朝令暮改が激しく、また官吏の登用に情実・コネが使われている。
 不要な土木事業・建築により国費を無駄使いしている。
 国を思う志士を排斥して、内乱を引き起こした。
 外国との条約改正を遂行せず、国威を貶めている。

 ※ 第二、第三、第五項などは、今日でも横行する日本的体質と言えようか。



 ◇ 宮城県警の警察官、「夢の中で遺体を数える」(2011年5月14日5時)

 宮城県警の警察官の健康管理に警察庁から派遣された神奈川県警の医師が13日、健康診断の結果を発表した。「夢の中で遺体を数えている」などと、精神的な疲労を訴える声が目立ったという。  亀山寿子医師ら医療チームは3月下旬と5月、沿岸部の7警察署を訪れ、自ら申し出た署員ら延べ305人を診察した。約1割が「遺体が夢に出てくる」「3、4時間で目が覚めてしまい、その後は眠れない」と心的な疲労を訴えた。 宮城県警は13日までに約9千人の遺体を収容し、約5900人の行方不明者の捜索を続けている。ほとんど休まず、自宅を失った警察官もいる。亀山医師は「今は問題がなくても次第に症状が出てくる人もいる。継続した支援が必要」と話す。

 ※ 今回の津波被害はわが国に、ベトナム帰還米兵と同様の悲劇を招来する。



 ◇ 中日が谷繁の23年連続本塁打でダメ押し(5月13日)

   < 阪神 2‐4 中日 > (13日、甲子園)

 中日は四回、ブランコの中犠飛で先制し、六回には2死二塁から和田の左前適時打、七回には谷繁の1号左越え2ランで加点。 先発のネルソンは7回1失点で2勝目。23年連続本塁打をダメ押し2ランで決めた谷繁は、「久保田くんはストレートが速いので、ストレートだけ待っていた。たまたま当たりました」と謙遜した。 23年連続本塁打は、野村克也の25年に次ぎ、張本勲、門田博光と並ぶ歴代2位の記録。通算211本目となる今季1号に「自分はホームランバッターじゃないので意識したことはないが、積み重ねですね。素直にうれしいです」と感慨深げだった。

 阪神は七回、ブラゼルが右中間に3号ソロを放ち反撃。八回には中日2番手の浅尾を捕らえ、無死一、二塁からマートンの適時打で1点を返したが、なお無死一、二塁の好機を逃した。先発の能見は6回4安打2失点で2敗目。九回は岩瀬が無失点で抑えたが、今季の岩瀬は危ういものがある。

 ※ 中日は現在、10勝11敗で4位、首位ヤクルトとは3.5差。巨人も借金1。
 ※ 中日は 本日勝って11勝11敗で3位、巨人・阪神ともに負けて4位5位。



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   ◇ 今日の誕生花・シラン(ラン科)

   花言葉は、「互いに忘れない」。

   あらたふと青葉若葉の日の光   芭蕉

   あたふたと青葉若葉も知らんふり 破傷風

 山里の廃屋ありて庭隅に 忘れられたる紫蘭は咲けり  鳥海昭子

 千年に一度の災禍忘れまじ いま在る日々をあだにはすまじ  日々軒好天斎


 【参照】5月14日、名古屋城焼失(1945年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48190752.html

 【参照】5月14日、千代の富士関引退(1991年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50654737.html

 【参照】5月14日、當麻寺、錬供養会式(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32477050.html

 【参照】5月14日、當麻寺「錬供養会式」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42318554.html

 【参照】チーズバーガー1個は、グーグル検索1万5000回分(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48196528.html

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