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平成23年5月19日(木)昨日:被災3県の「震災失業者」10万人を超える。 東日本大震災の被害が大きかった岩手、宮城、福島の3県で震災後に職を失い、失業手当を受け取る手続きを行った人が約10万6000人に上ることが18日、厚生労働省の集計でわかった。 実質的に「震災失業者」を示すこの数字は、震災前の前年同期と比較して2.4倍。4月下旬以降の1か月足らずでも3万人以上増えており、震災が被災地の雇用に甚大な打撃を与え、発生2か月を過ぎても影響が拡大していることが明確になった。 震災発生翌日の3月12日から5月13日までの間に、失職や休業で被災3県のハローワークを訪れ、失業手当の受け取りに必要な手続きを行った人数を厚労省が集計した。県別では岩手2万2853人(前年同期比2倍)、宮城4万6194人(同2.4倍)、福島3万7414人(同2.8倍)で、全体では10万6461人(同2.4倍)だった。 また、震災発生から4月下旬までに失業手当の受給手続きを行った人数は、岩手1万8934人(4月24日まで)、宮城3万6887人(同22日まで)、福島1万3807人(同24日まで)の計6万9628人。5月13日までの直近の約20日の間に、3県の合計で3万6000人以上が手続きを行ったことになる。 5月19日は、「小諸・山頭火の日」なのです。 ◇ 「小諸・山頭火の日」とは 漂泊の俳人・種田山頭火が1936年(昭和11年)5月19日に、長野県は小諸なる中棚荘(当時・中棚鉱泉)に投宿しました。 その日の彼の日記には、「熱い湯に入れて酒が飲めるのがいい」と記載していることから、中棚荘が独自に制定致しました。敷地内には山頭火の句碑も建てられており、毎年この日には全国から山頭火ファンが集いイベントが予定されています。 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ 雨ふるふるさとはだしであるく うまれた家はあとかたもないほうたる ほろほろ酔うて木の葉ふる すべってころんで山がひっそり 松はみな枝垂れて南無観世音 笠へぽっとり椿だった 花いばらここの土となろうよ 鉄鉢の中へも霰 さてどちらへ行かう風が吹く ぽとりとおほらかにおちる花 ◇ 3月10日の「山頭火の日」 (松山・一草庵) 3月10日を「山頭火の日」と定めて、山頭火を偲ぶ 記念の集いを一草庵で開催する。(松山市御幸1丁目435-1) 一草庵は種田山頭火の終焉の場所。山頭火は大正15年(1926年)、一笠一杖一鉢の行乞行脚の旅を始め、その間、山口県小郡町に「其中庵」、湯田温泉に「風来居」を結びますが行乞を止めず、自然と一体となり、自己に偽らず、自由に一筋の道を詠い続けました。昭和14年(1939年)12月、友人の好意により御幸寺境内に庵住、「一草庵」と名付けられました。在庵10ヶ月、昭和15年(1940年)10月11日に永眠。享年59。 「わが庵は御幸山すそにうづくまり、お宮とお寺とにいだかれてゐる。老いてはとかく物に倦みやすく、一人一草の簡素で事足る。所詮私の道は私の愚をつらぬくより外にはありえない」 うつむいて石ころばかり さて、どちらへ行かう風がふく ◇ 『 まさかジープで来るとは 』 せきしろ&又吉直樹著 幻冬舎 ¥1,470 妄想文学の鬼才とお笑いコンビ「ピース」の奇才が詠む、話題の自由律俳句集第2弾。センチメンタル過剰で自意識異常な自由律俳句607句、散文15篇を収録し、写真も添える。 せきしろ:1970年北海道生まれの文筆家。著書に「去年ルノアールで」など。 又吉直樹:1980年大阪府生まれの吉本お笑い芸人。コンビ「ピース」で活動。 せきしろ:弱火にしたいのに消えた せきしろ:朝露で濡れた盆踊り会場 せきしろ:爪楊枝の容器を倒して乱雑に戻す せきしろ:大盛りにしたうどんに飽きる せきしろ:思い出しすぎて何もできない せきしろ:第九の中ひとり年末 又吉直樹:起きているのに寝息 又吉直樹:くす玉の残骸を片付ける人を見た 又吉直樹:自分の分は無いだろう土産に怯える 又吉直樹:何かの記念日だと気づいたが遅い 又吉直樹:男が読む新聞の裏が猥褻 「で」という顔で待たれている 俵万智の推薦文 ストーリーはないのに、物語がある。いつまでも舐めていたい飴のような 言葉たち。一粒一粒を、心のなかで溶かしながら、広がる風景を味わいたい。 ※ なお続く出版不況を吹き飛ばす企画本位のあやしげなるもの。 ◇ 今日の誕生花・ヒナゲシ(ケシ科) 花言葉は、「慰め」。 押さへてもふくらむ封書風薫る 八染藍子 野に咲けば雛罌粟は野に似合う花 稲畑汀子 やわらかな空気のうごく瞬間の ヒナゲシふいと背をのばしたり 鳥海昭子 |

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