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平成23年6月22日(水)昨日:福井県、保安院の原発再稼働要請に納得せず。 停止中の原発の再稼働について理解を求めるため、経済産業省原子力安全・保安院は21日、国内最多の原発14基が稼働する福井県を訪れて満田誉副知事と面会し、福島第一原発での事故を踏まえた国の安全対策について説明した。 満田副知事は「(県が要求している安全対策に対する)説明の内容が不十分」と指摘、引き続き説明するよう要請した。 同県は、東日本大震災の地震の揺れや津波が、30年以上運転を続けている高経年化原発にどう影響したのかや、中部電力浜岡原発(静岡県)だけ運転停止を決めた理由などについて説明を求めていた。県側が、再稼働の判断材料が乏しいとの立場を示したことに対し、保安院は「事故の原因につながるデータをもとに説明していきたい」などと応じた。 ※ この程度のおざなりの説明で納得してしまったら、福井県は愚鈍の謗りを免れない。まともな説得材料もなしに、手ぶら同然で来る安全・保安院とは、一体なんなんだ。原子力“ムラ社会”の温室しか知らない者が、非常事態に際して何らかの方策があるなどとは到底思えない。そもそもレームダックの菅さんが、原発再稼働を要請すること自体が甚だ剣呑だ。 1972年6月22日、月刊誌『面白半分』が猥褻文書販売の疑いで発売禁止処分。 月刊誌『面白半分』の編集長(半年毎の輪番制)をしていた作家・野坂昭如が、永井荷風の作とされる戯作『四畳半襖の下張』を同誌の1972年7月号に掲載した。これについて、刑法175条の猥褻文書販売の罪に当たるとされ、野坂と同誌の社長・佐藤嘉尚が起訴された。被告人側は丸谷才一を特別弁護人に選任し、五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健、有吉佐和子ら著名作家を次々と証人申請して争い、マスコミの話題を集めたが、第一審、第二審とも有罪(野坂に罰金10万円、社長に罰金15万円)としたため、被告人側が上告。1980年、最高裁判所で有罪判決を受ける。同誌は、1980年(昭和55年)に終刊する。 月刊誌『面白半分』 1971年(昭和46年)、佐藤嘉尚が株式会社・面白半分を設立、同社社長に就任。同年12月より月刊雑誌『面白半分』を発行する。 吉行淳之介、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、金子光晴、井上ひさし、遠藤周作、田辺聖子、筒井康隆、半村良、田村隆一らを同誌の歴代編集長に迎え、同誌を1970年代活字文化を代表する月刊雑誌に育てた。 ※ この裁判は、文学作品を猥褻文書として法廷で争うことが、どれほど喜劇的であるかを遺憾なく表現するものとなった。嬉々として証人に立った文学者は、自説の文学論を滔々と述べたのだった。そして、検察はどこまでも杓子定規な物言いに終始して、「文学」には全く無関心であった。検察は、猥褻に相当する「文字」を問題視するばかりだった。実際に『四畳半襖の下張』を読んで興奮できる人は居なかっただろう。何せ、漢字が矢鱈多いのだ。同衾の描写も文語調で、成る程と感心する計で感興には至らないのであった。上告までして争った、この裁判こそ『面白半分』の真骨頂であった。 ほんと、あの頃の野坂は、元気だった … 。 野坂昭如 リサイタルより ◇ 今日の誕生花・シモツケ(バラ科) 花言葉は、「いつかわかる真価」。 しもつけの花の頃にはいつも旅 今井つる女 ゆるぎなき青田の色となりにけり 清崎敏郎 老夫婦しずかに住める垣にそい シモツケの花ことしも咲けり 鳥海昭子 |

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