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平成23年8月9日(火)昨日:コメ先物、初日から中断 原発影響? 買い殺到。 72年ぶりのコメ先物取引が8日、東京穀物商品取引所(東穀)と関西商品取引所で始まった。 東穀では、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響などで、コメの価格が上昇するとの観測から買いが集まり、午後1時現在で取引が成立しない状況となっている。東穀の関係者は、「放射能汚染によるコメの供給不安が、思った以上に広がっているようだ」と指摘している。 東穀では、4〜6か月ものの関東産コシヒカリの取引を午前9時から始めたが、基準価格としていた60キロ・グラムあたり1万3500円より大幅に高い価格での買い注文が相次いだ。東穀はこの日の値幅制限を600円としており、取引が一時中断されるなどして、価格が付かない状況となっている。一方、関西商品取引所では取引が成立し、午後1時現在、6ヶ月ものが1万8910円で取引されている。 ※ 市場とは所詮は賭場か裏稼業 蜜に群がる投機屋跋扈。 ※ わたしたちは、 東海テレビの番組『ぴーかんテレビ』で、「怪しいお米セシウムさん」のテロップが誤標示された問題を糾弾する。全く論外な表示ではあったが私たちの意識下に、そのような“思い”が全くなかったとは言いにくい状況だ。 苛酷な雇用条件の下で、番組制作を担う若いスタッフが、「ふざけ心」で作ったとされるテロップには、わたしたち自身の心が全く反映されていないとは言い難い。 罪なき心で石を投げる資格を持つ者など、わたしたちの中には居ないのではないか。 ましてや、それを利益の機会と捉える方々には、言うべき言葉もない。 市の言葉が思い出される、「イヤな稼業だねー」。 本日8月9日は、長崎原爆忌2011年 です。 長崎は9日、66回目の原爆忌を迎えた。長崎市松山町の平和公園では、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が行われ、被爆者や遺族ら約6000人が犠牲者の冥福を祈った。 式典には原爆投下国の米国政府代表が初めて出席した。田上富久市長は「長崎平和宣言」で、東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と原子力依存からの脱却を求めるとともに、放射線の脅威を改めて強調し、「核兵器はいらない」と訴えた。 田上市長は宣言で、「被爆国の私たちが、どうして放射線の恐怖におびえることになったのか。人間の制御力を過信していなかったか」と問いかけ、将来的な目標として「より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換」を呼びかけた。 また、東日本大震災の被災者に対し、廃虚から復興を遂げた被爆地として、「希望を失わないで」と激励するメッセージを送った。 一方、菅首相は挨拶で、広島市での平和記念式典に続いて、「我が国のエネルギー政策についても、白紙からの見直しを進めている」とし、改めて「『原発に依存しない社会』を目指す」と表明。 ◇ 合唱団・被爆者歌う会「ひまわり」 歌声に祈りをこめ「生き抜いて」 長崎市の平和祈念式典会場で、被爆体験の語り部、小峰秀孝さん(70)が、合唱団「被爆者歌う会『ひまわり』」の一員としてステージに立ち、東日本大震災の被災地に思いを込めて歌い上げた。被爆で両足や腹部にケロイドが残り、いじめや差別を受けて自殺未遂も図った。そんな経験から、福島第1原発事故で出口の見えない日々を送る人々に「明日を信じて、生き抜いて」と願う。 小峰さんが睡眠薬で服毒自殺を図ったのは24歳の時だった。結婚を考えた女性の父親に被爆者と知られ、「娘に近付かないように」と絶縁を言い渡された。死にきれなかったが、その後、偏見を恐れ被爆を隠し続けた。 大震災後、被災者が自ら命を絶ったという報道を見聞きするたび、小峰さんはやりきれない気持ちになる。 4歳の時、爆心地の北1.5キロ、自宅近くでセミ捕りをしていて被爆した。右足甲のケロイドで足首を曲げられず、右足を引きずってしか歩けなかった幼少期は、「腐れ足」といじめられた。手術などで歩けるようになっても、癌などの後障害におびえた。絶縁された女性と再会して、結婚し3人の子供までもうけたが、結局は破綻した。 40代の頃、転機が訪れた。被爆者団体「長崎原爆被災者協議会」への参加だった。涙ながらに体験を聞かせてくれる仲間たち。自身も受け入れられたと気付き、苦しみ続けた経験を、堰を切ったように話し始めた。 1991年、狭心症で倒れた。「いつまで生きられるか分からない」と思い、語り部となった。現在は、長女(44)夫婦と孫たちに囲まれて暮らし、年間約60〜70回、修学旅行生らに体験を話す。 「生きることがどんなことか、真剣に考えさせられた」「『今はそれなりに幸せ』と聞き、そういう時代になったことに感謝しなければ … 」。今年6月、小峰さんの体験談を聞いた長崎大生たちの感想だ。 「体半分を原爆で焼かれ『助からない』と言われた。死のうとも思った。それでも生きて、今、微力でも人の役に立っていると思えることがうれしい」。 9日、式典会場で披露した「ひとつになって」は、合唱団を主宰する寺井一通さん(62)が、震災被災地を思って作った。 ♪「生きてきてよかった!」/この言葉を交わしたい/いつの日か/笑顔をうかべて/明日の夢を語り合いたい。 小峰さんは、原発事故で苦しむ人や、震災被災者にも届くと信じている。 ◇ 今日の誕生花・ユウスゲ〔キスゲ〕(ユリ科)(夕菅・夕萓) 花言葉は、「麗しき姿」。(ひと日の美) 夕菅の風あつめては散らしては 黛 執 厩までユウスゲの黄のとびとびに 大野林火 すがやかな黄色なりけり ユウスゲのひらく夕べは友を想えり 鳥海昭子 ※ ユリ科ワスレグサ属(ヘメロカリス属):Hemerocallis(ヘメロカリス)は、ギリシャ語の「hemera(一日)+ callos(美)」が語源で、美しい花が一日でしぼむところから、この名があります。 美は脆性にあり(無常感)。 散らばこそ … 、なくてぞ人は … 。 とは言うものの … 。 3.11以降のわが国では、いつもの当たり前の日常こそが、慈しむべきものとの思いが強い。 ある時はありのすさびに語らはで 恋しきものと別れてぞ知る(古今集)。 今日ひと日 いのちのかぎり キスゲかな。 |

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