|
平成23年8月17日(水)昨日:福島県で9月にも放射線除染へ専門講習。 福島県は、東京電力福島第一原子力発電所事故で放射性物質に汚染された建物や土壌などの除染作業に関する専門知識や技術を持った作業員を育成するため、9月にも講習会を開催する。 放射性物質による環境汚染には国の責務として対応するべきとした特別措置法案を与野党が今国会に提出、成立する見通しだが、今後、広範囲にわたって行われる除染作業の担い手の確保、育成が大きな課題だ。福島県は、国の施策に先行して除染に関する人材養成を図る。 福島県内では今月下旬から9月上旬に、主に原発から20〜30キロ圏の「緊急時避難準備区域」の解除が見込まれ、田村市などの自治体は解除後に住民が安心して避難先から戻れるよう、放射性物質の除染計画を策定する。このほか、福島、伊達、南相馬の3市が、住民の要望を受けて独自に市内全域を対象に除染を行うことにしているなど、各地で除染作業のニーズが高まっている。 除染作業に特別な資格は不要で、地元の建設業者などが自治体から請け負う例が多い。作業にあたっては、発注元の自治体が、県策定の除染マニュアルを参考に作業手順などを示す一方、業者の間では「放射線対策などについて十分な知識がない」「もっと詳細な安全対策を知りたい」などの声があることから、県が講習会を開催することにした。 講習会は、国の研究機関に所属する放射線の専門家や、除染作業の実績を持つ企業の担当者らを講師に招き、放射線の基礎知識や関係法令、通学路や住宅周辺などの具体的な除染方法などを学ぶ予定。 8月17日は、「プロ野球ナイター記念日」 です。 ◇ プロ野球ナイター記念日 日本で1948年8月17日、横浜ゲーリック球場で日本初のプロ野球公式戦のナイトゲーム開催が実施されたことを記念する日です。 なお、「ナイター」という表現が初めて使われたのは、この2年後の『週刊ベースボール』誌上です。 当時、横浜球場は連合軍に接収されており、「横浜ゲーリック球場」と改称されていました。当時の日本は、主権を保有する独立国ではなく、「占領国・日本(Occupied Japan)」だったのです。 横浜ゲーリック球場は、連合軍により他球場に先駆けて照明施設が設置されていました。日本のプロ野球初の試みとして横浜ゲーリック球場を借り受け、対戦カードを人気の高い東京巨人軍 対 中日ドラゴンズ戦で組まれたのです。 正確な観客数は伝わっていないものの、翌日の各新聞では「空前の超満員」と報じられ、観客がスタンドからあふれファウルグラウンドからも観戦していたほどと伝えられています。 午後8時8分に試合が始まり、午後10時1分に終了。 結果は3 - 2で中日が勝利しています。 翌朝の新聞各紙は、「球場は周囲八ケ所から放射される30万燭光の強烈なライトに、真昼のような明るさ」と報じられましたが、もともと連合軍が遊びで野球をするために設置した照明設備だったこともあり、実際の明るさは現在行われるナイターの10分の1程度であったという。そのため、さまざまなハプニングが発生した。 初回、青田昇は球が見えず、顔面付近に死球を受け負傷退場。 終盤、川上哲治の打球がスタンドインしてグラウンドに跳ね返ったのか、フェンスで跳ね返ったかをめぐり、一時試合が中断された。 試合中、守備についていた選手により、グラウンドに取り残されていた練習用のボールが発見された。 当時は熱くなったランプに雨粒がつくと割れてしまう恐れがあったことから、試合中小雨が降った際に、雨が強くなったら一斉消灯する旨がアナウンスされ、観客たちは騒然となった。幸いに、小雨はすぐにやんでいる。 この試合の前日、8月16日に球場の名前の由来となったルー・ゲーリッグの同僚で、共に大リーグをにぎわせたベーブ・ルースが亡くなっており、試合前に両軍が追悼の黙祷を捧げた。 ※ 青田が顔面付近に死球を受けて負傷退場したことで、巨人ナインが及び腰となり、ゲームに集中できなかったと伝えられる。かくてわが国のナイトゲームは、巨人軍の“ビビリ”から始まりました。 ◇ 今日の誕生花・ノコギリソウ(キク科) 花言葉は、「忠実」。 国境に鋸草などあはれなり 山口青邨 たちまちに蜩の声揃ふなり 中村汀女 細やかな鋸歯もつその葉にたしかめて ノコギリソウを教わりにけり 鳥海昭子 田代みどり 『 パイナップルプリンセス 』 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事



