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平成23年9月4日(日)昨日:警察組織の闇部、恐怖の組織防衛=証拠の隠避。 「別人の血液型」検出するも、意図的に開示せず 東電OL事件 東京電力女性社員殺害事件で無期懲役が確定したネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)の再審請求審で、捜査当局が事件当時、女性の胸からマイナリ受刑者とは異なる、血液型がO型の唾液を検出しながら、弁護側に証拠開示していなかったことが判明した。 捜査当局は、マイナリ受刑者とは別の人物が犯行時間帯近くに女性と会っていた可能性を示す証拠を把握しながら、その存在を伏せていたことになり、当時の対応が問題となりそうだ。(証拠の不開示が、何らの法的問題を問われない事実に、絶望するのみだ。) 東京高検は2日までに、公判段階で弁護側に開示されていなかった、この唾液を含む物証約40点のDNA鑑定を実施する方針を東京高裁と弁護側に伝えた。 関係者によると、唾液は事件発生直後に採取され、血液型が判明していたが、検察側は弁護側に開示せず、証拠申請されなかった。微量だったため、DNA鑑定は行われなかったという。 ※ 警察組織のシナリオに沿わない事実は尽く無視して、ひたすらシナリオ通りの犯人像を固めてゆくのが、警察の理想とする捜査であり、その捜査方針に異を唱える者は、当然の如くに排除されてゆく。 それは、“原発ムラ”における組織防衛と全く軌を一にするものなのだ。 古今東西、「国家権力」「国策」なるものは、碌なもんではない。平然と無力な者を生贄とする。 ※ 被害女性の内面の謎は、警察組織では到底辿りつけない深淵を宿していた。 9月4日は、ブルックナーの誕生日 です。 ◇ ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(1824年〜1896年) オーストリアのアンスフェルデンで生まれる。オルガン奏者を父に持ち、ブルックナー自身も腕の立つオルガン奏者となる。 1863年ごろからリヒャルト・ワーグナーに傾倒し、研究するようになる。1866年、ウィーンで聴いたベートーヴェンの交響曲第9番に強い影響を受ける。1868年にゼヒターの後任として、ウィーン国立音楽院の教授に就任。この時以来、彼は大部分のエネルギーを交響曲を書くことに集中させる。初期の作品にはヘ短調交響曲(1863年)、交響曲第1番ハ短調(1866年)、交響曲第2番ハ短調(1872年)などがある。 ブルックナーは1873年、ワーグナーと会見する機会を得る。この際に交響曲第3番ニ短調を献呈し、ワーグナーの好意を得る。しかし、この行為が反ワーグナー派の批評家エドゥアルト・ハンスリックから敵対視され、執拗な批判を浴びせられ続けることになる。この時期には、交響曲第4番変ホ長調(1874年)、交響曲第5番変ロ長調(1876年)を作曲する。 1876年、第1回バイロイト音楽祭に出席し、ニーベルングの指環の初演を聴く。この時の感動から、今までの作品を大幅に改訂することを決意し、いわゆる第1次改訂が始まる。交響曲第1〜5番の全てに大幅な改訂が加えられた。しかし、1877年の交響曲第3番の初演は大失敗し、ブルックナーは激しく落胆する。 1880年頃になると、ウィーンでのブルックナーの地位も安定してくる。この頃の代表作は、交響曲第6番イ長調(1881年)、交響曲第7番ホ長調(1883年)、テ・デウム(1881年)、弦楽五重奏曲ヘ長調(1879年)がある。なかでも、交響曲第7番とテ・デウムは、ブルックナーに大きな成功と名声をもたらした。 1884年からは交響曲第8番ハ短調の作曲に没頭する。1887年に一旦完成し、「芸術上の父」とも尊敬していた指揮者ヘルマン・レーヴィに見せるが、彼からは否定的な返事が返ってきた。弟子達もこの作品を理解できず、ブルックナーは激しく落胆し、再び自らの作品を改訂する。いわゆる第2次改訂である。これにより交響曲第1、2、3、4、8番が改訂された。1892年の第8番の初演は大成功する。 晩年のブルックナーは、多くの名声を得ていたが死の病に冒されていた。この時期には、交響曲第9番ニ短調(未完成)やヘルゴラント(1893年)、詩篇150篇(1892年)が作曲されている。ブルックナーは1896年10月11日、ウィーンで72年の生涯を閉じた。終生、非常に信心深いローマ・カトリック教徒であった。また、晩年に至るまで多くの若い女性に求婚したが、結婚することはなかった。 ※ 彼は後期ロマン派最大の作曲家の一人で、20世紀まで生きたグスタフ・マーラーの巨大交響曲にも影響を与えた人物だった。彼の交響曲は、当時にしてはあまりにも長大で、当時の音楽様式とは随分かけはなれていたので、理解されない事もしばしばあった。彼は自分の作品について非情に謙虚だった。批評家や作曲家、指揮者などの批判を従順に受け止めた。 彼本人もしくは、他の弟子等による作品の改訂が多く行われ、同一曲でも多数の異なったバージョンが存在する事で知られている。 Bruckner Symphony No.4 "Romantic" (Wand) 1/7 ※ ブラームスは、彼の初期作品について、「数年すれば忘れられるだろう」と冷淡だった。しかし、ブルックナーは9歳年下のブラームスを「閣下殿」と敬い、多くのものを貪欲に吸収した。後年、フルベンは、ブルックナーを「ゲルマン神秘の後継者」と評した。ブルックナーの交響曲が醸し出す得体の知れない感覚。無数の星々とドイツの森に宿る精霊たちのとの交感を思わせるブルックナーの交響曲。 ◇ 岩瀬が通算300セーブ「ホッとしています」 < 広島 2−5 中日 > (3日、マツダスタジアム) 中日ドラゴンズの岩瀬仁紀投手(36)が3日、広島市のマツダスタジアムで行われた広島東洋カープ戦で今季24セーブ目を挙げ、日本プロ野球史上初の通算300セーブを達成。6月に通算287セーブをマークし、プロ野球記録を更新したのに続く快挙となった。 5−2の九回に登板し、3者凡退に抑えた岩瀬投手は「前回(1日の阪神タイガース戦)、失敗していたので、きょう決めたかった。ホッとしています」と話した。 岩瀬投手は愛知・西尾東高から愛知大、NTT東海を経て、ドラフト2位で1999年に入団、2004年から抑えを務める。謂わば、落合監督が育て上げた守護神です。 ◇ ヤクルト・小川監督、3連勝も「この状況じゃ苦しい」 < ヤクルト 10−7 巨人 > (3日、神宮) 東京ヤクルトは3日、巨人に10対7で勝利し、連勝を3に伸ばした。2回に由規のタイムリーで先制すると、3回には川端慎吾の2号2ランなどで4点を追加。その後も効果的に得点を重ねた。先発した由規は7回8安打2失点で7勝目。 小川淳司監督「連勝しましたけど、この状況じゃ苦しいですよね。後ろのピッチャーがみんな崩れて。打線は良かったですけど、最後の追い上げられた印象が強くて。こういう流れは明日にも影響するでしょう。 (8回にピンチを抑えた久古健太郎は … )あいつの活躍は大きいですよね。ただ貴重な左なので使いどころが難しい。明日も先発? それは明日にならないと分かりません」。 ◇ 巨人・原監督、怒りの采配 「2回0/3だからね。先発がこれだと中継ぎは大変だよ」。原監督は吐き捨てるように振り返った。 3回、東野が川端に2ランを浴び、さらに畠山に四球を与えると、川口投手総合コーチがマウンドへ向かった。阿部の檄に東野が大きく頷く。3失点も、まだ3回だ。三塁側ブルペンでは、中継ぎの星野が捕手を座らせた矢先だった。だが、指揮官はベンチを飛び出した。ナインも驚いた表情で振り向く。続投から交代へ。数分間で方針転換したのは明らかだった。 怒りの矛先が向いたのは、今季の開幕投手に指名した東野だけではない。4回を終えて、0―6。バッテリーを組んだ阿部は、5回に今季初めて一塁へ回した。代わりに2年ぶりにマスクをかぶった高橋信は「そりゃ、普通にびっくりするでしょう」と驚きを隠せなかった。4番・高橋由も2打数無安打に終わると、「元気がない」と4回で交代を命じられた。エース、正捕手、4番にも容赦なかった原監督。 ※ 終わってみれば、今季初の2桁失点。4時間を超える乱打戦を落とし、首位ヤクルトとのゲーム差は4に広がり、奪首を目論んだ3連戦で4位に転落してしまった。指揮官の怒りをナインは、どう受けとめているのか。指揮官の焦りは、選手を萎縮させるばかりで、実力発揮とはいかない。 いやーっ、野球って難しいもんですねー。 Bruckner Symphony No.4 "Romantic" (Wand) 7/7 ◇ 今日の誕生花・レンゲショウマ(キンポウゲ科) 花言葉は、「伝統美」。 (蓮華升麻) 新涼の泣く力こそ赤ん坊 広瀬直人 大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子 ふっくらと俯いたまま咲いて散る レンゲショウマの花のしずけさ 鳥海昭子 |

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