今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成23年12月15日(木)昨日:ナベツネ、清武氏に「報知の編集局長に飛ばすぞ」

 巨人の内紛劇に今度は報知新聞まで巻き込まれた。巨人の球団代表などを解任され、「訴訟会見」を開いた清武英利氏が、渡辺恒雄・球団会長から「報知新聞の編集局長に飛ばすぞ」と恫喝された、と主張した。 清武氏による「渡辺会長の発言暴露」では、水面下のコーチ人事が表沙汰になり、元巨人投手の江川卓氏が「さらし者にされた」と一部の同情を買っていた。今度は、報知新聞が巻き込まれ、インターネット上で、「報知は発言を報じるのか」「報知の編集局長は閑職なのか?」などと注目を集めてしまった。  「飛ばす」先が、報知新聞の編集局長だったと云う訳だ。東京中日スポーツは、報知の編集局長は要職じゃないのか、閑職?と報じたとか … 。 報知新聞は清武氏の提訴について、「飛ばすぞ」発言には触れていない。

 ※ すまじきものは、君臨する暴君の“側近”なんで御座いましょうか?



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 12月15日は、二人の野球人の命日 です。

 ◇ 仰木 彬(1935年〜2005年)

 福岡県出身、昭和30年代の西鉄ライオンズ黄金時代に正二塁手として活躍。引退後は西鉄、近鉄、オリックスのコーチ・監督を歴任。特に1980年代から90年代にかけて、10.19や10.12と呼ばれた名勝負や、阪神大震災後に『がんばろう KOBE』を合言葉に快進撃を果たし、率いたチームを11年連続でAクラス入りさせた名監督。

 1954年、西鉄に入団。期待のルーキーだったが、フリーバッティングで不運なヒットを連打され、それを見ていた三原脩監督から「お前は投手としてのツキがないから二塁手転向」と、その場でセカンドにコンバートされた。三原は仰木の投げる球の回転があまりにも素直であると感じ、正二塁手の宮崎要が37歳だった事を考慮して転向を命じた。元々、高校時代に急造の投手になるまでは内野手であったため好守備を見せ、1年目からレギュラーに定着。以降、長きに渡り中西太・豊田泰光と共に西鉄黄金時代の内野陣を支えた。また当時から三原とは野球理論について議論を交わしており、ベンチで三原の横に座っては指導者としての基礎を学んだ。1967年限りで現役を引退、その後は2年間西鉄のコーチを務めた。

 1987年オフ、岡本伊三美監督の後任として近鉄監督に就任。1年目は西武との激しい優勝争いの末「10.19」で惜しくもリーグ優勝を逃した。この年の激烈な優勝争いは球史に残るドラマティックなものであった。前年度最下位のチームを率いて、当時黄金期の西武をあと一歩のところまで追い詰めた名采配は、恩師三原脩の「三原マジック」に倣って「仰木マジック」と称された。

 1989年はオリックス、西武との三つ巴の優勝争いとなる。優勝争いは激しいものであったが、ついに2位オリックスにわずか1厘差(3位西武とは2厘差)でチームを9年ぶりのリーグ優勝に導いた。その年、読売ジャイアンツを相手に行われた日本シリーズでは、3連勝の後の4連敗を喫し、チーム初の日本一を逃す。

 1994年よりオリックス・ブルーウェーブの監督に就任。これまで二軍生活を続けていたイチローをすぐに一軍に昇格させ、田口壮を外野手として起用し成功させるなど、土井時代に停滞していた才能を次々に開花させた。就任1年目の1994年のシーズンに早速チームを2位に浮上させると、翌年の1995年には阪神・淡路大震災に遭遇し、一時は試合開催さえ危ぶまれた状態から、『がんばろう KOBE』を合言葉に、オリックスとして初のリーグ優勝に導いた。日本シリーズでは野村克也監督率いるヤクルトスワローズと対戦するが、惜しくも1勝4敗に終わった。

 1996年もリーグ優勝を果たし、日本シリーズでは長嶋茂雄監督率いる読売ジャイアンツと対戦。4勝1敗で巨人を下し、監督として初の日本一に輝いた。その後はリーグ優勝を果たすことはなかったが、1999年まで6年連続でAクラスを維持(近鉄監督時代を含めると11年連続)した。 イチローや田口がメジャーリーグに渡り、2年連続でBクラスとなった2001年限りで監督を勇退。

 2005年、かつて自身が率いた近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併によって誕生した新生「オリックス・バファローズ」から監督就任要請を受け、4シーズンぶりの現場復帰を果たす。この時70歳。闘病を続けていた肺癌は完治していなかったが、「グラウンドで倒れたら本望」と、病をおして監督に就任した。この2005年は終盤まで粘りながら、最終的には4位。惜しくもプレーオフ進出を逃した。その12月15日午後4時10分、肺癌による呼吸不全のため、福岡県福岡市内の病院で死去。享年70、法名は仰崇院釋耀彬」。

 ※ 人情味豊かな親分肌、特に冷や飯喰いの引退選手に援助の手を差しのべた。



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 ◇ 島野育夫(1944年〜2007年)

 栃木県宇都宮市出身。コーチ時代は相手の癖を盗む特技を生かし、球界屈指の名参謀と言われた。特に星野仙一との監督・コーチコンビでは、中日ドラゴンズ・阪神タイガースで優勝を経験しており、低迷期の長かった阪神にあっては、島野在籍中には最下位になったことが一度もなかった。 実に温厚で、選手の不満も良く聴き取る名参謀だったが、若い頃は少し違った。

   横浜スタジアム審判集団暴行事件(暴虎事件)

 プロ野球に根強く残る暴力への「容認」と、スポーツ界では実に奇妙な「審判軽視」の風潮が噴出した忌まわしい事件だった。1982年8月31日に横浜スタジアムで行われた、セ・リーグの横浜大洋ホエールズ対阪神タイガースの試合で発生した阪神側による審判員に対する暴行事件。

 阪神の藤田平は三塁前に飛球を打ち上げたが、捕球態勢に入った大洋の三塁手石橋貢の後方のフェアゾーンに打球は落ちた。バウンドした打球はファウルラインを越えてファウルゾーンに転がり出た。この打球を、鷲谷三塁塁審はファウルボールと判定。 この判定に対して阪神側は、河野三塁ベースコーチが、「打球がフェアゾーンで石橋のグラブに触れてからファウルゾーンに出たからフェアの打球だ」と主張して抗議を始めた。鷲谷塁審は、打球は石橋のグラブに触れていないとしてファウルボールと判定した。阪神側は、さらに島野一塁ベースコーチ、ベンチを飛び出した柴田猛コーチら選手のほぼ全員が加わり、三塁側ファウルゾーンフェンス付近で鷲谷塁審を取り囲んだ。この時に止めに入った選手は、真弓明信のみだったという。

 島野、柴田は、上記取り囲まれた鷲谷塁審を抑えつけ、殴る蹴るの暴行を加えた。さらに止めに入った岡田球審ら他の審判員に対しても、同様に殴る蹴るの暴行を加え、同球審はグラウンドにうずくまった。島野、柴田には、直ちに退場が宣告されたが、その後もしばらく暴行を続けていたものである。 岡田球審は、「まるで暴力団のようだ」とプロテクターを叩きつけて怒り、審判団を引き揚げさせた。

 神奈川県警察加賀町警察署は、試合終了後に岡田、鷲谷、手沢(二塁塁審)の3人から事情を聴取し、傷害事件として捜査を始めた。この過程で、審判員の怪我は、岡田が全治2週間、鷲谷が全治1週間という診断が下された。同署は、9月2日に島野、柴田に任意出頭を求めて取り調べを行った。プロ野球のコーチ、選手が試合に関連して警察の取り調べを受けることは極めて異例だった。横浜地検は、9月29日に島野、柴田を略式起訴し、横浜簡易裁判所は2人に罰金5万円の略式命令を出した。



 ◇ 福島第一原発、廃炉に30年以上 原子力委部会

 東京電力福島第一原子力発電所の廃炉について検討する内閣府原子力委員会の専門部会は9日、1〜4号機の廃炉完了までの期間を30年以上とする工程や、取り組み状況を監視する第三者機関の設置などの提言を盛り込んだ報告書案に合意した。 12月上旬にも最終報告書として原子力委員会に提出する。

 報告書案では、廃炉作業に必要とされる新技術の研究開発について、政府や東電、学識経験者などによる「研究開発推進本部」の新設が必要と指摘した。また、廃炉への取り組みが妥当かをチェックするため、第三者機関の設置も提言した。溶けた燃料や放射性廃棄物の処理試験を行う施設や、対策の妥当性を検証するための原発模擬施設を、それぞれ現場近くに設けることも求めた。

 ※ 「泥縄」と云う言葉を想起する。曰く「泥棒を捕らえてから縄を綯う」。 事が起きてから慌てて準備することを意味する。後手になったり、その場しのぎ「先送り」など、様々な事象に対して十分な対応を怠ってきた「ツケ」を揶揄する表現。

 島国に50基余りもの原発を建造する技術は有するけれども、原発の撤収作業に関する技術は、真剣に論議されることも無かったようだ。ましてや、事故った原発の撤収作業など彼ら「原発ムラ」の人々にとっては、全くの「想定外」で済ませられる事なのだろう。「使用済み核燃料」と呼称されるプルトニウムを、プールに潤沢に貯蔵する原発大国ニッポン。プルトニウムの永久保存施設には、これまた莫大な費用を要する。原発を享受した世代と、原発の尻拭いをする世代と … 。 今世紀は、世代間格差の際立つ時代となるかも知れない。



 ◇ 「専門道場を考える会」が「見性と資格」の両面性で議論 妙心寺派

 臨済宗妙心寺派の「専門道場を考える会」の第1回会合が15日午後、妙心寺宗務本所で開催された。宗務行政の立場から、専門道場(僧堂)を直接の検討課題に掲げて委員会(考える会)を設けるのは初めて。宗門の聖域に関わる問題を扱うため、宗内の関心も高いが、趣旨を説明した松井宗益宗務総長は「あくまでも宗制の専門道場規程などに定められている範囲に協議を絞る」と宗務行政の立場を明らかにするとともに、「見性悟道」を本質的目的とする僧堂修行と、掛搭年数を基準に「住職資格」を与える制度の間に生じた多くの不整合性について議論するよう求めた。これは、河野太通管長の意向によるもの。



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   ◇ 今日の誕生花・センリョウ(センリョウ科)

   花言葉は、「富」「可憐」。

   千両の実をこぼしたる青畳   今井つる女

   山より日ほとばしりきぬ実千両   永田耕一郎

 ゆたかなる思いふくらむセンリョウの赤い実つぶつぶこぼれたりして 鳥海昭子


 【参照】12月15日、年賀郵便特別扱い開始
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46048202.html
 ※ あの人も「年賀欠礼」鬼籍入り (合掌)

 【参照】12月15日、綜芸種智院を創立(828年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25382305.html

 【参照】12月15日、エッフェルの誕生日(1832年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51581690.html

 【参照】12月15日、国家神道の廃止(1945年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49878226.html

 【参照】12月15日、「東京ボーコレ」(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38890670.html

 【参照】ブッシュ大統領に「いぬ野郎!」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46050716.html

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