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平成24年1月15日(日)昨日:内閣支持率37%に下落も、岡田氏「評価」52%。 野田改造内閣の発足を受け、13日から14日にかけて全国世論調査を実施した。 内閣支持率は37%で、前回調査(昨年12月10〜11日実施)の42%から5ポイント下がった。不支持率は51%(前回44%)に上昇して初めて5割を超え、2ヶ月連続で支持率を上回り、支持率下落に歯止めがかからなかった。今回の内閣改造を「評価しない」は49%で、「評価する」35%より多かった。 改造内閣の顔ぶれについては、岡田副総理兼一体改革相の起用を「評価する」は52%で、「評価しない」35%を上回った。田中防衛相の起用を「評価する」は19%にとどまった。 年金など社会保障制度の財源として消費税率を2014年4月に8%、15年10月に10%まで引き上げるとする政府・与党案に「賛成」は39%で、「反対」55%を下回った。 ※ 消費税率10%に「賛成」39%は、明らかな民意の変化を思わせるものだ。 「子孫に美田を残さず」というのなら大いに結構だが、わたし達は子孫に莫大な借財を無理強いしているのだ。産業空洞化の次に人口空洞化時代が到来すれば、わが国は破綻するだろう。 1939年1月15日、69連勝中の横綱・双葉山が安藝ノ海に敗れました。 ◇ 歴史的世紀の一番となった双葉山 vs 安藝ノ海 戦 昭和14年(1939年)1月場所4日目の「世紀の一番」に、立行司十七代式守伊之助の軍配が返るや突っかけた安藝は頭を下げながら突っ張った。双葉も小刻みに突っ張り返して応戦、得意の右差しに持ち込み右を覗かせてきた。左差しで食い下がろうと考えていた安藝は目論見が外れたが逆に右前褌を取って食い下がる型に入った。両廻しを取れない双葉は強引に右から掬ったが、逆に腰が伸びてしまった。 土俵下力士溜まりの前頭筆頭・笠置山は心中では、「今だ、今だ!」と絶叫していたと云う。なかなか安藝ノ海の得意の脚が飛ばず、後年、「あれだけ入念に作戦を練って、まさにその通りになっても、なかなか思うようにいかないのだから、相撲はわからない。あの安藝ノ海をしてそうなのだから」と述懐したが、ついにその左外掛けで双葉の牙城を崩し、二回目の掬い投げを打とうと双葉が右足を踏み込んだ瞬間、安藝の左足が飛んだ。ぐらついた双葉が掛けられた足を振り払い起死回生の右下手投げを打つが、安藝は右足一本でこらえて体を浴びせ、遂に双葉が土俵中央に倒れた。 まさに世紀の一瞬に両国国技館は、比喩でなくその天井が大歓声によってふるえたという。実況を担当していたNHKアナウンサー和田信賢は、後ろの席にいた先輩アナウンサーである山本照に「双葉山負けたね? 双葉山負けたね?」と繰り返し確認した後に、「双葉散る! 双葉散る! 旭日昇天まさに69連勝、70連勝を目指して躍進する双葉山、出羽一門の新鋭安藝ノ海の左外掛けに散る! 時に、昭和14年1月15日、双葉山70連勝ならず! まさに七十、古来やはり稀なり!」と絶叫した。 かくて、安藝ノ海は双葉山の70連勝を阻止した英雄となった。当時の両国国技館から出羽海部屋までは、普段は歩いて5分ほどの距離だったが、この日は双葉山を倒した英雄を一目見ようと詰めかけた大観衆にもまれにもまれ、部屋までたどり着くのに30分もかかり、到着した時に足元を見ると雪駄が片方消えていたという。 故郷の広島へは「オカアサンカツタ」の電報を打ち、また実家に直接電話をして勝利を報告した(実家ではラジオで勝利の報を聞いた家族が、全員で万歳している写真が残っている)。 この時、師匠出羽海(元小結両國)や、入門の時に世話になった藤嶌からは、「勝って褒められるより、負けて騒がれるようになれ」と諭されたと言う。実に適切なアドバイスだ。 この「世紀の一番」は、大相撲史上で最初の号外として伝えられた、と言われているが、号外の現物は存在しない。もし一枚でも出てくれば、「鑑定団」はどれほどの値をつけるだろうか。 ◇ 今日の誕生花・セントウソウ(セリ科)(仙洞草) 花言葉は、「繊細な美しさ」。 松過ぎの又も光陰矢の如く 高浜虚子 燭足してかまくらの子らまだ遊ぶ 橋本美代子 一途なるあなたを想うセントウソウ 清楚に白く花咲かせたり 鳥海昭子 |

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