今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成24年2月6日(月)昨日:原子力委3人に業界から寄付、5年間で1800万円。

 東京電力福島第一原発事故後の原子力政策の基本方針(原子力政策大綱)を決めるため内閣府原子力委員会に設けられている会議の専門委員23人のうち、原子力が専門の大学教授3人全員が、2010年度までの5年間に原発関連の企業・団体から計1839万円の寄付を受けていた。

 会議では、福島の事故後に政府が打ち出した減原発方針が大綱にどう反映されるかが焦点となっている。原子力委の事務局は3人の選定理由を「安全性などの専門知識を期待した」と説明するが、電力会社や原発メーカーと密接なつながりがあったことになる。 3人は東京大の田中知(さとる=日本原子力学会長)、大阪大の山口彰、京都大の山名元(はじむ)の各教授。3人は寄付を認めた上で、「会議での発言は寄付に左右されない」など、毅然と話している(笑)。

 ※ 瓜田李下:瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず。(noblesse oblige)


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 1967年2月6日、ベトナム戦争で米軍が枯葉剤散布を本格化(枯葉剤作戦)。

 ◇ 破壊の帝王・米軍の許しがたい虐殺行為

 物量の規模からいえば第二次大戦を凌ぐ「史上最大級の戦争」とも言われるベトナム戦争は、当然ながらアメリカにとっても最大規模の戦争だった。そして何よりも、アメリカが世界から嫌われる元凶となった戦争であり、今なお「戦争国家」を引き摺る禍根を蒔いた戦争であった。

 およそ300万人近くのベトナム人が死亡、400万人のベトナム人が負傷。5万8千人以上のアメリカ兵が死亡。 米政府の発表によれば、ベトナム戦争に使った費用は3520億ドルであった。延べ650万人の前途有為の若者が動員され、直接戦争に参加した。1969年のピーク時には、南ベトナムの地に54万3千4百人のアメリカ兵が駐屯していた。 アメリカは785万トンの爆弾をベトナムに落とし、7500万リットルの枯葉剤(ダイオキシンを含む)を南ベトナムの森林、農村、田畑にばらまいた。第二次世界大戦中にアメリカが各戦場に落とした爆弾の量は205万7244トンだったことを考えると、面積あたりの投下爆弾は膨大な量になる。 アメリカが北ベトナムに落とした爆砲弾は、ベトナムの各施設を破壊しつくした。小学校から大学までの各学校2923校、病院、産院、診療所1850ヶ所、教会484ヶ所、寺、仏塔465ヶ所が灰燼に帰した。


 ◇ 自国の利益の為にアジアの小国の自主独立を阻んだフランス・アメリカ

 第二次世界大戦終了直後の1945年8月19日、ベトナムは独立を宣言する。ハノイ、フエで蜂起が起こり、ベトナム民主共和国が樹立された。国家主席にはホーチミンが就任。 その1ヶ月後、旧支配者のフランス軍が再侵略し、戦闘状態に突入。1946年9月26日、北部を解放したホーチミンは、ベトナム南部の国民に独立闘争を呼びかける。戦闘は長期化し、フランス軍は次第に消耗していった。1954年、ディエン・ビエン・フーでフランス軍は大敗を喫す。その後のジュネーブ会議で、ベトナムは北緯17゜線を境に二つの国家に分割され、南ベトナムではゴン・ジン・ジェム政権が樹立された。

 ゴン・ジン・ジェム政権は、腐敗と反対者への弾圧で民衆の支持を失う。ジェム政権とアメリカに対する反対運動が激化していく中で、1960年12月「南ベトナム民族解放戦線」が結成される。民族解放戦線は、アメリカと南ベトナム政府に宣戦布告し、第二次インドシナ戦争が始まる。アメリカは本格的な軍事介入に乗り出す。膨大なアメリカ軍がベトナムへ送られた。強大な軍備を持つアメリカ軍に対し、解放戦線はジャングルでゲリラ戦を挑んだ。戦争は泥沼化し、米軍も多大な損害を被むる。

 アメリカはベトナム解放を阻止するため、枯葉作戦を開始する。その目的は、第一に解放戦線の隠れ処であるジャングルを枯死させること。さらには、解放区で作られる農産物を汚染し、食料として使えないようにすることを目的としていた。散布された農薬は「エージェント(代行者)」と呼ばれた。オレンジ、ホワイト、ブルーの3種類のエージェントが用いられた。オレンジとホワイトは、成長や代謝を阻害するもの。2・4−D(ジクロロフェニキシ酸)と2・4・5−T(トリクロロフェノキシ酢酸)の混合物がエージェント・オレンジと呼ばれた。ホワイトは、2・4−Dと4−アミノ−3・5・6−トリクロロピコリン酸の混合物です。このうち特に大量に使用されたのがオレンジ・エージェントだった。

 散布から24時間以内に木々の葉は変色を始め、1ヶ月余りで落葉する。つぎつぎに生まれる新芽を殺すため、除草剤は繰り返し撒かれた。こうして、通常の10倍の濃度を持つ除草剤は、密林のあらゆる植物を殺した。作戦全体に投入された薬剤は、72,300立方メートル、溶剤以外の有効成分は55,000トンに及んだといわれる。散布面積の合計は、170万ヘクタール。南ベトナムのジャングルの20%、マングローブ森の36%に及んだ。これは、四国全体の面積にほぼ匹敵する。対象の大部分は密林で、水田や耕作地への散布は14%ほどだった。ベトナム戦争中期には、「ホーチンミン・ルート」周辺の密林を徹底的に破壊する、最も大規模な作戦が企てられた。

 ※ 枯葉剤作戦に使われた薬剤の一部は、メイド・イン・ジャパンだった。



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   ◇ 今日の誕生花・ヒメオドリコソウ(シソ科)

   花言葉は、「愛敬」。

   春浅く乳も涙も氷りけり   子規
  (明治33年の句、子規が亡くなる二年前。)

   早春の庭をめぐりて門を出でず  虚子

   陰干しの赤き二月の水枕   伊藤通明

   天井に水の明るさ来て二月   桂 信子

 落し物さがしに戻る道すがら ヒメオドリコソウ愛らしく咲く  鳥海昭子

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 【参照】2月6日、『何が彼女をさうさせたか』封切り(1930年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28132733.html

 【参照】2月6日、赤尾 敏 忌(1990年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46856880.html

 【参照】2月6日、ブログの日(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50166316.html

 【参照】2月6日、赤福再開(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40103027.html

 【参照】クリントン優勢か? オバマ逆転か?(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40109921.html

 【参照】2月4日、奇祭「おんだ祭」(2007年)(2月第1日曜日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28031526.html

 【参照】2月6日、名古屋トリプル投票(2011年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51777624.html

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