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平成24年3月23日(金)昨日:中国での検閲&盗聴、これぞ国家権力の存在根拠? 中国共産党が、指導部への忠誠を求める6項目の内部通知を党内各部門に出したことが分かった。重慶市副市長の米総領事館駆け込み事件で同市書記の薄熙来(ポー・シーライ)氏を解任したことを受け、党内で広がる動揺や反発を抑え込むための異例の指示。検閲や盗聴などの監視活動を強めることも盛り込まれている。 通知は、薄氏が解任された15日付で、胡錦濤総書記直属の秘書室に相当する党中央弁公庁から、政府や軍、大学などの党組織に出された。薄氏は党のトップ25人から成る政治局のメンバーを兼ねる高官であり、その突然の書記解任には一部の幹部の間で反発の動きがある。この広がりを抑え込み、政権の不安定化を避けようとの狙いだ。胡指導部が事態を極めて深刻に受け止めていることの表れともいえる。 通知は、今回の事件を「新中国始まって以来の複雑かつ深刻な事件」と位置づけた。そのうえで、薄氏の解任について「安定した改革と発展を進め、党と政府の尊厳を守るのに有益」と正当性を強調。「個人が党の力を超える独断専行をしない」とし、薄氏が指導部の路線と一線を画した独自の政治運動を重慶で展開したことを暗に非難した。 ※ 諸行無常:もの皆すべて遷りゆく。迷妄:無常に抗い徒にもがき自他を害す。 1976年3月23日、児玉誉士夫邸にセスナ機が特攻自爆する事件。 ◇ 児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件 1976年(昭和51年)3月23日、児玉誉士夫の私邸に小型航空機が特攻したテロ事件。別名を「児玉誉士夫邸セスナ機自爆事件」という。 大物右翼の「フィクサー(黒幕)」と呼ばれていた児玉(当時65歳)は、アメリカ合衆国の航空機メーカーのロッキード(現在のロッキード・マーティン)の秘密代理人として暗躍しており、全日本空輸にロッキードの旅客機を購入させるために政治工作した、所謂ロッキード事件の首謀者の一人であった。そのため、事件の中心人物と目され、衆議院で証人喚問がおこなわれるはずであったが、直前に病気を理由に出席を拒否。児玉は脱税などにより3月13日に起訴されていた。 そうした状況下、東京都世田谷区等々力にあった私邸で静養中の3月23日午前9時50分頃、PA-28-140型機(機体記号:JA3551)が自宅に突入し爆発炎上した。この火災で児玉邸の2階一部が類焼し、家政婦が負傷したが、別室で就寝していた児玉本人は無事だった。 突入したのは東京都の調布飛行場を離陸した2機の内の1機で、直前まで機長とカメラマンら3人が搭乗したセスナ172M型機(機体記号:JA3732)と編隊飛行をしており、新宿上空でJA3551機の写真撮影を行っていた。その撮影を終えた帰途に突入したもの。この機体の残骸から操縦士の遺体が発見されたが、航空事故ではなく覚悟の特攻という自爆テロ行為であった。この行為に対しアメリカのメディアは「最後のカミカゼ」などと報道。 「特攻機」を操縦していたのは、日活ロマンポルノに「前野霜一郎」の芸名で出演していた俳優・前野光保(当時29歳)だった。彼は児玉に敵対する左翼思想の持ち主ではなく、かつては右翼の運動家であった児玉に心酔しており、また、三島由紀夫にも心酔していた。そうした中、ロッキード事件に絡んで起訴された児玉に対し、前野は「利権屋」と断じ、「天誅を下すべき」だとの思いから特攻に及んだものだった。事件前に犯行計画を知人に話していたともいう。また、警視庁は背後関係はなく前野の単独犯と断定している。 前野は調布飛行場から午前8時50分に離陸したが、その前に「映画のため」と称して記念撮影をしている。その服装は、第二次世界大戦の神風特攻隊の特攻服を身に付けていた。また、離陸時には「七生報国」と書かれた日の丸の鉢巻をしていた。しかも、彼は特攻直前の最期の無線交信で「天皇陛下万歳!」と叫んでいた。まさに現代の神風特攻隊を演じきっていた。 ◇ 今日の誕生花・ミツバツツジ(ツツジ科) 花言葉は、「節制」。 春の野や何に人行き人帰る 子規 芽ぐむなる大樹の幹に耳を寄せ 虚子 しゃぼん玉吹き太陽の数殖やす 後藤比奈夫 どの子にも空ありて吹く石鹸玉(シャボンダマ) 綾部仁喜 約束はときに切なくあるものよ ミツバツツジは三つの葉あり 鳥海昭子 ※ ミツバツツジの葉は、一箇所に必ず3枚付きます。 |

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