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平成24年3月31日(土)昨夜:原巨人最悪の開幕、9回1死まで無安打完封負け。 < 巨人 0―4 ヤクルト > (30日・東京ドーム) 3年ぶりの日本一を目指している巨人は、チーム初の開幕戦完封負けを喫した。ヤクルト先発の石川に9回1死まで無安打。坂本とボウカーの連打で史上初の開幕戦ノーヒットノーランを逃れるのがやっとだった。先発の内海も6回12安打3失点降板し、チームは3年ぶりの黒星発進となった。 自分に言い聞かせるように原監督は話し始めた。9回1死まで無安打だった打線について、少し苦笑いを浮かべて、「今日はなかなかチームとしていいところと云うかね、なかなか出なかったですね。いいところが出ていない。細かいところを言えばいろいろあるだろうけどね … 」。帽子を脱いで髪を整える仕種をした。 開幕戦史上初のノーヒットノーラン、という歴史的敗戦を喫する寸前だった。ヤクルトの開幕投手・石川の前に凡打の山を築いた。低め、外角、各打者がボール球を打ちにいっては快音が響くはずもなかった。あと2人で屈辱の記録達成となる9回1死で、坂本がようやく初安打を放ち、ボウカーが二塁手のグラブをはじく右前安打で一、三塁を作った。しかし、結局無得点。石川の偉業を食い止めはしたが、開幕戦での2安打は球団ワースト。完封負けは球団史上初の悪夢とはなった。 24日のDeNAとのオープン戦(横浜)でも8回1死まで無安打に封じられ、1安打負け。原監督は「今年の巨人軍は貧打だ。貧打で戦うしかないね」と嘆いた。翌25日の米メジャー、アスレチックス(東京D)との試合でも2安打完封負け。「どん底の状態」と、指揮官は頭を抱えた。 < 中日 4―2 広島 > (30日・ナゴヤドーム) 果敢に二塁を狙う山崎、快幕劇走! お帰り、タケシ! 中日は30日、広島との開幕戦に4−2で勝利。お立ち台こそ譲ったが、モリミチ竜の初陣星をグッと引き寄せたのは43歳、10年ぶりに竜に復帰した山崎武司だった。2回に気迫の激走二塁打を放って本拠地を盛り上げ、3点先制の5回には貴重な左前打の後、またも激走。頼もしい4番が球団史上初のリーグ3連覇に向けて、チームを牽引する。(阪神 - DeNA戦は引き分け) < 楽天 3―5 ロッテ > (30日・Kスタ宮城) 田中将、「情けない … 」 背筋痛から強行出場も5失点 立ち上がれなかった。ゲームセットの瞬間をベンチで迎えた田中は茫然とした表情で、勝利に沸くロッテナインを只見つめていた。「内容どうこうより結果なんで … 。本当に情けない投球をしてしまいました」。ベンチ裏へ出てくると、一切言い訳することなく、反省の言葉を並べた。 「勝ちたいじゃなくて、勝つんで」と言い切って臨んだ初の開幕投手。強い思いが空回りした。初回、先頭の清田を149キロで見逃し三振に切った瞬間、満員2万796人のファンから大歓声があがった。最高の立ち上がりになるかと思われたが、2死から井口に左翼フェンス直撃の二塁打を許すと、ホワイトセルに中前適時打。「状態はまずまずだったと思います。その中でしっかり投げられなかった」。先制点を許した瞬間、何かを叫びながら天を仰いだ。 一度狂った歯車は元には戻らなかった。5回2死から井口、ホワイトセルの連打とまったく同じパターンで失点。6回には自身の悪送球など2失策が絡んで3点を追加された。6回で7安打を許し、まさかの5失点(自責2)。「去年から一番悪いところを見たね」と星野監督も首をかしげた。114球を投げ直球での空振りはゼロ。球速は出ていたが、ボールからいつものキレが消えていた。 復興元年、球団創設8年目で初の本拠地開幕。18日のオリックスとのオープン戦(草薙)で右背筋を痛めたが、エースの強い責任感で何とか間に合わせた。だが、20日に入籍したばかりの妻でタレントの里田まいさんがスタンドで見守る中、結果を残せなかった。 楽天・田中と20日に入籍したばかりのタレント・里田まい(28)もスタンドから声援を送った。今後は仙台で同居生活をスタートさせる新妻は、「結果はとても残念で、私も悔しい気持ちです。しかし、シーズンはまだ始まったばかりです。次に向けてしっかり準備できるよう、私もサポートしたいと思っています。これからもご声援、何とぞよろしくお願いします」とコメント。 ※ ノムさんならもっと違った展開があったのでは … 、ついそんな事を … 。 3月31日は、尾崎一雄の命日 です。 ◇ 尾崎一雄(1899年〜1983年) 神奈川県小田原市出身。神奈川県立小田原中学校(現:神奈川県立小田原高等学校)、早稲田高等学院を経て、早稲田大学文学部国文科卒業。政治家・河野一郎とは早稲田大学も含め同級生だった。 志賀直哉に師事、他に山口剛や窪田空穂の影響を受けた。早稲田時代から古本収集をしており、多くの文芸書の初版・限定本を得たが貧窮した時期に売り払う。 1937年、短篇集『暢気眼鏡』で第5回芥川賞を受賞。 1944年、病気のため郷里下曽我に疎開し、長い療養生活を経て、以後この地で作家活動を行った。 上林暁と並んで戦後期を代表する私小説作家として知られる。その文章は、ユーモアと負けん気、理不尽への怒りを背景に、独特のリズムとさわやかな読後感が印象的。特に晩年の小説とも随筆とも判別しがたい自由闊達な作品群は、その心境の深まりとあいまって、心境小説の典型を示す。代表作は、『暢気眼鏡』『虫のいろいろ』『すみっこ』『まぼろしの記』『虫も樹も』『あの日この日』など。最晩年に筑摩書房で『尾崎一雄全集』全15巻を刊行。 ◇ SF作家・田中光二さんが自殺未遂 親族墓前で(3月30日) SF小説家の田中光二さん(71)が今月29日、東京都港区で自分の首などを切り、病院に搬送されていたことが関係者への取材でわかった。命に別条はないという。警視庁赤坂署は、田中さんが自殺を図ったとみて調べている。 関係者によると、田中さんは、同区内の親族の墓の前で、刃物で首や手首を切って倒れているのを通行人に発見された。田中さんは、個人的な悩みを抱えていたという。 田中さんはNHKを退職後、1972年にデビュー。1979年に「血と黄金」で角川小説賞、1980年に「黄金の罠」で吉川英治文学新人賞を受賞。88〜91年に日本SF作家クラブ会長を務めた。 ◇ 小沢氏の求心力低下が露呈 「辞任カード」も切れ味悪く … 消費税増税関連法案が閣議決定されたことを受け、民主党の小沢一郎元代表(69)は「野田降ろし」を加速させた。小沢氏は自らのグループに所属する政務三役や党の役職に就いている議員の辞表提出を急いだ。法案採決に持ち込ませないとの決意の表れでもあったが、辞表提出を拒む議員も相次ぎ、小沢氏自身の求心力低下も露呈した。 選挙基盤の弱い議員を多く抱える小沢氏にとって、法案否決で首相に「解散カード」を切られたくないとの思いもある。首相は今国会での成立に「政治生命を懸ける」と宣言しており、継続審議でも首相へのダメージは大きい。 「野田降ろし」を実現させるには、9月の代表選を待たなくてはならず、「その頃まで野田政権を放置するわけにいかない」というのが側近らの一致した見解。そのためにも、集団辞任で首相の求心力低下を狙う必要があった小沢サイドの目論みは破綻?した。 ◇ 今日の誕生花・アマナ(ユリ科)(甘菜) 花言葉は、「運が向いてくる」。 カナリヤは逃げて春の日くれにけり 子規 これよりは恋や事業や水温む 虚子 囀をこぼさじと抱く大樹かな 星野立子 ひく波の跡美しや桜貝 松本たかし 一輪のアマナの花をくわえたる 使者めく鳥が飛び立ちゆけり 鳥海昭子 |

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