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平成24年4月8日(日)昨日:工藤の引退式、“男の友情”で最後のマウンドへ。 昨年現役引退した工藤公康氏(48)の古巣である西武が、「ありがとう47番」と題した工藤氏の引退セレモニーを開催する。代名詞の背番号にちなんで4月7日、西武ドームでソフトバンク戦の試合前に始球式を行う。ともに黄金期を築いた西武渡辺久信監督(46)が捕手を務め、ソフトバンク秋山幸二監督(50)を打席に迎え、最後のマウンドに立った。黄金時代を知るファンにとって待望のセレモニーは、渡辺の強い意向で実施されることになった。 工藤が誰よりも長くプレーすることができたのは、1988年オフの結婚を期に、体質改善を行ったことが大きかった。 渡辺が言う、「工藤さんは結婚してから、いろんなことに関してストイックになっていった。すごく野球に対してマジメというか、工藤さんはよりストイックになっていった」 2010年、渡辺は監督として工藤を起用する立場になり、選手としての“化け物”ぶりが一層目についた。「工藤さんは酒もタバコもやるし、コーヒーもすごく飲む。いろんな節制をしながら長く現役を続けたなら分かるけど、そうではない。29年も現役できたのは、すごくいろんな勉強をしていたからだろうね」。 4月8日は、野村芳太郎の命日 です。 ◇ 野村芳太郎(1919年〜2005) 映画監督 京都府出身。父の芳亭は日本の映画監督の草分け的存在で、松竹蒲田撮影所の所長も務めた。慶應義塾大学文学部卒業後の1941年、松竹大船撮影所に入社。第二次世界大戦後の1946年に復員。黒澤明の松竹作品『醜聞』『白痴』で助監督を務め、黒澤から「日本一の助監督」と評価された。 1952年に『鳩』で監督デビュー。時代劇、メロドラマなど多様な娯楽作品を撮るが、野村芳太郎の名を広めたのは、松本清張の小説を映画化した『張込み』(1958年、主演は大木実)だった。以降、過激な描写を伴う社会派サスペンスを数多く撮るようになる。 多くの清張作品を撮ったが、1974年に監督した『砂の器』で、モスクワ国際映画祭の審査員特別賞を受賞。1978年には清張と共に製作プロダクション『霧プロ』を設立したが、1984年に解散。製作者としては『八甲田山』『キネマの天地』『天城越え』を手掛けた。野村の門下生には山田洋次、森崎東がいる。また、霧プロ時代の弟子に、小林政広、古山敏幸らを輩出。 2005年4月8日、午前零時十五分、肺炎のため東京都内の病院で死去、享年85。法名は映芳院釋顕真。 ◇ 1974年 『 砂の器 』 交響曲『宿命』のテーマとあいまって、映像と音楽と風景描写とが渾然一体の名作を現出させた。小説が映画化された時、原作者は映画の評価が良くてもそれを認めないことが多いなか、松本清張は「素晴らしい、小説では表現できない映画ならではの … 』とまで言い、親子の細やかな感情、ただ流されるだけの流離の旅の孤独を、美しくも厳しい日本の四季と重ね合わせて描出した、類い稀なる野村芳太郎の力量に感激した。幼い吾子を思う父親役を演じた加藤嘉の渾身の演技、厳しい境遇なればこそ父を唯一頼りとする子の純真さ、切なくも美しい世界が後半部分では一変する。 そして、ラストではその親子の絆が再確認されつつも、主人公の身の破滅が確定してゆく。『宿命』のテーマがオーバーラップする。(音楽:芥川也寸志・菅野光亮) タイトル名は、「砂上の楼閣」と「悲の器」とを合わせたようなニュアンスか … 。どれほど綿密に組み立てられたライフスタイルであっても、私たちは堅固な城を築くことは出来ない。人生は、指の間からこぼれ落ちる砂のごとくに、生涯とは、形あるやに束の間見えし砂の器のごとくに、無常にしてまた無情、転変定まりなき日々のただ流れ去るのみ、暫しも止まることなし。悲しいけれども、美しい人の情けのまこと … 。 こころに残る名品です。 山田「何と言っても野村さんといえばあの蒲田撮影所で生まれて、蒲田撮影所で産湯を使ったという方ですから、こんな人はちょっと居ないんじゃないかと思うんだけども … 。僕は確か助監督の頃、野村さんが浦辺粂子さんを使ってね、そして浦辺さんが、監督の野村さんに『坊っちゃん、坊っちゃん』って言うんで困るって野村さんがおっしゃって、ああ、なるほどなあと思って … 。つまり、いろんなことがそこから想像できたわけ」。 川又「普通の監督さんと比べれば20年以上長く撮影の生活してるわけだから … まあ、浦辺さんだけじゃなかったでしょうね」 山田「沢山いたんじゃないですか? 伊奈千代子さんとか吉川満子さんなんかもそうでしょう」。 野村「そうですね」。 山田「お宅は撮影所の中にあったんですか? それとも近くにあったんですか?」。 野村「近くにあった」。 山田「少年時代からしょっちゅう撮影所に遊びに来て … 」。 野村「ていうか、撮影所に暮らしてたみたいなもんですね」。 ◇ 今日の誕生花・レンゲソウ(マメ科) 花言葉は、「私の苦しみを和らげる」「感化」「君の幸せ」。 交番やここにも一人花の酔 子規 ※ 兎角に花見は風情とは程遠く、落花狼藉の振る舞い後を絶たず。 独り句の推敲をして遅き日を 虚子 ※ これが虚子絶筆。詞書に「句佛十七回忌」とある。句佛とは大谷句佛(1875〜1943)で、真宗の僧侶にして俳人、東本願寺の第23代法主。句佛が遅くまで推敲する様を想起しながら、自らも最晩年の境涯を回想する一句子。 記念講演を息子の年尾が代読する旨葉書で知らせ、末尾に贈答句としたもの。葉書消印は4月1日、その一週間後に虚子逝く。 睡る子の手より紫雲英(げんげ)の束離す 橋本美代子 ※ 「げんげ」は、レンゲソウの別名。吾子への慈愛の眼差し。 手にとるなやはり野におけ蓮花草 滝 瓢水 浜までは海女も蓑着る時雨かな 滝 瓢水(1684〜1762) 山峡のレンゲ田ゆけばたたずめば 小さい蜂のいとなみありき 鳥海昭子 |

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