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平成24年4月13日(金)昨日:地震大国日本で、何ゆえかくも地熱発電に消極的?
環境省が地熱発電の推進に舵を切った。国立・国定公園内での地熱発電の設置基準を緩和し、都道府県に通知した。日本は世界でも有数の火山国であり、地熱に恵まれている。温泉事業者や自然保護関係者の理解を得つつ、着実な取り組みが進むことを期待したい。 地熱発電は、地中深くまで井戸を掘削し、上がってくる蒸気でタービンを回して発電する。風力や太陽光など他の再生可能エネルギーに比べ出力が安定しており、ベース電源として使えるのが強みだ。
産業技術総合研究所によると、日本の地熱資源量は原発約20基分に相当する2347万キロワットで世界3位。地熱発電機の世界シェアも、国内メーカーが大半を占める。だが、国内の発電設備容量は53万キロワット余りで世界第8位に過ぎない。資源の8割が国立公園などの特別保護地区・特別地域にあり、景観や生物多様性保護の観点から、開発が規制されてきたことが大きい。事業開始までの期間やコストも課題で、お湯枯れを懸念する温泉地もあった。 基準緩和は、再生可能エネルギーの普及に向けた政府の規制・制度改革の一環だ。国立・国定公園の開発規制区域の外から井戸を斜めに掘る「傾斜掘削」に加え、関係者間の合意形成や自然環境への影響を最小限にとどめる技術の導入を条件に、比較的規制の緩い第2、3種特別地域で井戸の「垂直掘削」も認めた。経済産業省によると、新たに約300万キロワットの開発が期待できる。
※ 温泉地のデメリットと国家のメリットとを、天秤にかけようと云う発想がそもそも不可解だ。当然ながら、温泉地のデメリットは少なくないだろう。だが、温泉地も大量の電力を必須とする。近くに原発が出来れば有難くないだろう。二者択一ならば、地熱発電を選ぶのではないか。島国の、地震大国のわが国で、地熱発電に消極的であり続けることは、我らの将来を閉ざすに等しい姿勢であると言わねばならない。
4月13日は、斎藤緑雨の命日 です。
◇ 斎藤緑雨(1868年〜1904年)明治期の小説家、評論家
本名は賢(まさる)。「正直正太夫」をはじめ、「江東みどり」「登仙坊」など別名・号、多数。幸田露伴がつけたという戒名は「春暁院緑雨醒客」。 1868年1月24日(慶応3年12月30日)、三重県の神戸(現在の鈴鹿市神戸 <かんべ> )で生まれ、10歳で上京。東京府中学を経て、明治法律学校(現在の明治大学)に進学するが、弟たちのために中途で学業を廃し、文筆で立つことを決意。
1884年(明治17年)より仮名垣魯文に師事し、「江東みどり」の筆名でいくつかの小説を書く。その後、1889年(明治22年)から1890年に『小説八宗』『初学小説心得』『小説評注問答』などのパロディ精神にあふれた評論を書き、辛辣な批評家として自他ともに認ず。1891年に『油地獄』『かくれんぼ』などの作品で小説家としても認められるが、生活は依然として苦しかった。
萬朝報・読売新聞・二六新報などの新聞で「眼前口頭」をはじめとするアフォリズム(箴言)を連載。萬朝報記者だった幸徳秋水と親交。 樋口一葉の真価を理解評価し、森鴎外・幸田露伴とともに「三人冗語」で紹介した一人でもある。1896年1月に、一葉と手紙のやりとりを始め、緑雨は直截な批評を一葉に寄せるようになる。樋口家を訪問しては一葉と江戸文学や当時の文壇について語り、一葉は「敵にまわしてもおもしろい。味方にするとなおおもしろそうだ」とその印象を日記に書き記している。以来、一葉没するまで二人の交流は続いた。 1899年(明治32年)に、「一葉全集」(博文館)の校訂を引き受け、遺族の生活を請け負う一方、一葉日記を手元にとどめ、亡くなる直前に友人の馬場孤蝶に託したことにも、緑雨の一葉への愛着がうかがえる。
肺結核の為、1900年10月23日から鵠沼の旅館・東屋で転地療養し、1901年4月13日、東屋の女中頭・金澤タケを伴って、タケの実家のある小田原に移り、タケと結婚。小田原で二年間療養するが、病状はかんばしくなく、東京に戻る。しかしなかなか働き口がなかった。 友人の秋水は堺利彦らと発行していた「週刊・平民新聞」に、緑雨のために「もゝはがき」という欄を設け、原稿料を得ることができるように配慮した。緑雨はその送金が待ちきれずに、病躯をおして平民社に受け取りに来る時も多くあり、秋水はいつも小遣い銭を加えて渡すようにしていたという。 1904年(明治37年)4月13日、「僕本月本日を以て目出度死去致候間此段広告仕候也」と、孤蝶に口述筆記させた死亡広告を遺し、東京市・本所横網町の自宅で36歳の若さで病死。 弟子に小杉天外ら。
◇ 今日の誕生花・モクレン(モクレン科)
花言葉は、「自然への愛」「恩恵」。
上下に道二つある柳かな 子規
※ そんなことどうでもいいさ春の風 紫子規部 海に入りて生まれかはらう朧月 虚子
白木蓮(はくれん)の散るべく風にさからへる 中村汀女
木蓮の吹かれ吹かれてかがやける 日野草城
お祭りの当屋の庭の大モクレン 百千万の声あげにけり 鳥海昭子
【参照】4月13日、ベケットの誕生日(1906年)
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50505696.html 【参照】4月13日、啄木忌(1912年)
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41650487.html 靴裏に都会は固し啄木忌 秋元不死男
不遇と貧困のうちに27歳の若さで病没した啄木。
都会での成功を夢見て破れた啄木の無念 … 。 【参照】4月13日、「カチンの森事件」の発覚(1943年)
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31227306.html |

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