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平成24年8月4日(土)昨日:4〜6月期、全日空の黒字、日航に遠く及ばず。 全日本空輸が3日発表した12年4〜6月期連結決算は、営業損益が110億円の黒字(前年同期は81億円の赤字)で2期ぶりに黒字に転換した。東日本大震災の影響で低迷した旅行需要が回復したことなどが要因で、最終(当期)損益も6億円の黒字(同84億円の赤字)と4期ぶりに黒字を確保した。 売上高は前年同期比12.5%増の3431億円。 ただ日本航空が前日発表した同決算は、営業利益が314億円、最終利益は269億円で大きく水をあけられた。記者会見した殿元清司・常務取締役執行役員は「日航の社員の努力が一番とは思うが、債権放棄などによる事実上の無借金経営や(会社更生法適用申請に伴う)減価償却費の少なさがこれだけの収支の格差の要因だ」と強調した。 ◇ 日航、LCC台頭で再建多難 9月19日に再上場 日本航空が3日、東京証券取引所から上場を承認され、9月19日に再上場を果たすことになった。日航は経営破綻による上場廃止から約2年7ヶ月で株式市場に復帰、政府支援は終了する。民間企業として再出発するが、航空業界は格安航空会社( LCC=Low-Cost Carrier )の本格参入などで競争が激化しており、真の再建への道のりは険しい。 公的資金約3500億円を出資している企業再生支援機構は再上場に伴い、全保有株を売却する。上場時の時価総額は6000億円程度に上ると見られており、出資金は全額回収できる見通しだ。 実質国有化から脱する日航が今後、成長の柱に掲げるのは国際線事業だ。今春策定した中期経営計画では、16年度の国内線旅客を11年度比3%減としたのに対し、国際線は25%増を見込む。低燃費で採算性の高い最新鋭中型機「ボーイング787」も現在の4機から45機に拡大する計画。 8月4日は、渡辺文雄の命日 です。 ◇ 渡辺文雄(1929年〜2004年) 俳優・タレント 東京市神田区東松下町(現・東京都千代田区神田東松下町)生まれ。 旧制第二東京市立中学校(東京都立上野高等学校の前身)から旧制静岡高校(静岡大学の前身)を経て、1954年に東京大学経済学部を卒業、電通に入社。翌年に電通から松竹に出向。1956年、出向先の松竹で映画『泉』に出演したことがきっかけで役者デビュー。その後電通を退社して松竹の専属俳優となる。 この頃は、端正な顔立ちを生かしてヒロインの相手役が多かったが、本人はそれが嫌だったという。1961年、大島渚・小山明子らと共に松竹を退社、創造社の結成に参加する。以後、大島作品の常連俳優となる。1960年代後半から1970年代前半にかけては、夥しい本数の東映ヤクザ映画に悪役として出演した。仁義知らずの現代インテリヤクザの役が多かった。 また、『くいしん坊!万才』の初代リポーターとしても知られ、お茶の間にも広く顔が知れ渡るようになる。当初、「男が食い物の事でグダグダ言うんじゃない」という意見も少なからずあったが、渡辺は「じゃあ、グダグダ言ってやる」という気持ちを持ちつつ、持ち前の知性を生かしながら料理の旨さが視聴者に伝わるようにし、長寿番組の礎を築き上げた。 2001年7月、飛騨・世界生活文化センター(岐阜県)の館長に就任。読売テレビの『遠くへ行きたい』のリポーターや日本テレビの『おもいッきりテレビ』のゲストなど、その知性を生かして俳優以外の仕事も多数こなした。2004年8月4日、急性呼吸不全のため東京都内の病院で逝去、享年74。 ◇ なでしこ、大儀見と大野の得点で難敵ブラジルを撃破し準決勝進出 なでしこジャパンは3日、ロンドン・オリンピック準々決勝でブラジルと対戦し、大儀見優季の1得点1アシストで2−0と勝利し準決勝への進出を決め、フランスとの対戦が決定している。 日本は立ち上がりからブラジルの猛攻に合い、自陣での試合運びが続くが徐々に適応していくと、迎えた27分に均衡を破った。素早いリスタートからディフェンスラインの裏に抜け出した大儀見が右足を振り抜き、今大会初得点となる先制ゴールを挙げた。 その後も日本は冷静な試合運びを続け、後半に入り再びポゼッションでブラジルに劣ったものの、カウンターからチャンスを作っていく。すると73分、大儀見のパスを受けた大野忍が、対面したDFを小刻みなステップでかわし、シュートを決めてリードを2点に広げた。 ブラジルは個人技を武器に日本を崩しにかかるが、なでしこは局面ごとに数的有利な状況を作り、センターからの侵入には熊谷紗希と岩清水梓のコンビが鉄壁の守備で跳ね返した。 結局、日本はブラジルに最後まで得点を許さずに2−0で勝利、準決勝進出を決めた。なでしこは6日に行われる準決勝で、フランスと対戦する。 ◇ 五輪柔道男子初の金ゼロ 篠原監督「若手伸ばしきれず … 」 ロンドン五輪第8日の3日、最終日となった柔道では男子100キロ超級の上川大樹(京葉ガス)が2回戦で敗れた。男子柔道7階級で日本勢が金メダルを獲得できなかったのは柔道が正式競技として実施された1964年東京五輪以来、初めて(柔道が実施されなかった68年メキシコ、日本が不参加の80年モスクワ両五輪を除く)。 上川は力なく頭を下げた。柔道男子の最後の砦となった100キロ超級だったが、2回戦で力尽きた。「お家芸」と言われた日本男子柔道が7階級で全滅。 恐れていた日が現実となった。柔道は1964年の東京五輪から実施された。1984年ロサンゼルス五輪では4階級を制し、1988年ソウル五輪では不振ながらも95キロ超級(当時)の斉藤仁の優勝で金1個を確保。最近の5大会では2000年シドニー、2004年アテネで各3個を取るなどコンスタントに優勝者が出ていた。アトランタ五輪から3連覇した野村忠宏、シドニー五輪優勝の井上康生らのスター選手がおり、柔道関係者では「バブル時代」と呼んでいた。 しかし、4年前の北京五輪を挟んでスターたちは第一線を退いた。北京五輪を制し、新星と期待された石井慧(さとし)は総合格闘技に転身。今回の代表で五輪経験者は、平岡拓晃(了徳寺学園職)だけと世代交代が一気に進んだ。 北京五輪後には世界ランキング制度が導入され、選手は海外の大会を転戦せざるを得なくなった。疲労も重なることから引退の道を選んだベテランも少なくない。若返りせざるを得なかった背景には、そうした事情もあった。 上川も一昨年の世界選手権で最重量級の第一人者、リネール(フランス)を破って一躍注目された。だが、その後は伸び悩んだ。マカラウ(ベラルーシ)との2回戦でも、力なく抑え込まれた。篠原信一・男子監督は「若手を伸ばしきれなかった」と反省を口にした。プライドや伝統は一度失うと取り戻すのが難しい。金メダルが途切れたことはそれを意味している。 ◇ 五輪精神の“精華” 天晴れなる商業主義に“完敗” ロンドン五輪会場で販売されている寿司は、頼まなくても“サビ抜き”。醤油は泣いて頼んでも出してもらえない。 こうしたケースが、現地で大不評を買っていることが1日(日本時間2日)、現地の取材で分かった。寿司を例にとれば、わさびや醤油の製造元が大会スポンサーになっていないため出せないのが理由だという。世界から訪れた観客や地元消費者団体は、過去に例のない厳しすぎる“非スポンサー企業”の締め出しに猛反発している。 ※ スポンサー企業への過剰な座席割り当てが、大量の空席をつくるなど問題山積のロンドン五輪。厳しい“非スポンサー企業”の締め出しとは好対照に、大会のセキュリティーは大甘だ。 ◇ 今日の誕生花・サルスベリ(ミソハギ科) 花言葉は、「雄弁」「潔白」。 画かくべき夏のくだ物何ゝぞ 子規 ※ 喰らふべき夏のくだ物何ゝぞ、これがこの句の本意であります。 神にませばまこと美はし那智の滝 虚子 ※ 凡庸の極み。イヤでも「第二芸術論」を想起してしまう。 咲き満ちて天の簪百日紅 阿部みどり女 散れば咲き散れば咲きして百日紅 千代女 夕空のまったく澄めりさるすべり 久保田万太郎 サルスベリほぼ百日間紅き花 サルスベリ猿はたやすく登るなり(第三の男) ※ サルスベリの和名は、幹の肥大成長に伴って古い樹皮のコルク層が剥がれ落ち、新しいすべすべした感触の樹皮が表面に現れて更新していくことによる(樹皮の更新様式や感触の似たナツツバキやリョウブをサルスベリと呼ぶ地方もある)。猿が登ろうとしても滑ってしまうだろうということで、「猿滑」と表記する。だが、実際には猿は滑ることなく簡単に上ってしまうのであった。むしろ、「人滑」と云うべきか。 今朝の風に散るサルスベリ 学童のひとりが見あげ見おろしている 鳥海昭子 【参照】8月4日、従軍慰安婦問題で謝罪(1993年) http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/15448554.html http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/15448916.html |

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