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平成24年9月4日(火)昨日:亀井氏、橋下市長の「維新八策」を批判。 亀井静香・前国民新党代表は3日夜のBS11の番組で、橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」について「国政への経綸もないまま国政に手を伸ばした」などと批判した。大阪維新の衆院選公約「維新八策」が盛り込んだ衆院議員定数の半減にも「間接民主主義の日本で、それで大丈夫なのか」と疑問を呈した。 また、大阪維新が結成を目指す新党に民主、自民両党などの国会議員が参加することについて「人気のある人にくっついてバッジをつけられると思っている」と断じた。 1955年9月4日は、金閣寺が復元された日 です。(1950年に放火で焼失) ◇ 鹿苑寺は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺。時に舎利殿「金閣」が有名なために、「金閣寺」と通称されるが、これは「閣」と「寺」とがダブっており名称としては不適切。相国寺の山外塔頭寺院の位置づけ。 明治時代の鹿苑寺は庇護者をなくし、その経済的基盤を失う。しかも、廃仏毀釈の法難などさまざまの困難を経験するが、歴代の住職の努力によってそれらを乗り越え、辛うじて維持されてきた。拝観者を最初にうけ入れたのは、明治27年のことでした。 金閣(舎利殿)は、古社寺保存法に基づき1897年(明治30年)12月28日に「特別保護建造物」に指定され、1929年(昭和4年)7月1日の国宝保存法施行に伴い(旧)国宝に指定された。また1904年(明治37年)から1906年(明治39年)に解体修理が行われた。庭園は史蹟名勝天然紀念物保存法(文化財保護法の前身の一つ)により、1925年(大正14年)10月8日に史跡・名勝(後に特別史跡・特別名勝)に指定されている。 敗戦から5年後、1950年(昭和25年)7月2日未明、放火により国宝金閣(舎利殿)と安置されていた仏像等を焼失(金閣寺放火事件)。 文部省文化財保護委員会と京都府教育委員会で協議が行われ、国宝指定の解除と金閣再建の援助が決定された。再建費用として、政府や京都府からの補助金、経済界や全国各地からの寄付金など約3000万円(当時)が集められ、1952年(昭和27年)着工、1955年(昭和30年)竣工。同年10月10日に落慶法要が営まれ、創建当時の姿に復元された。 1994年(平成6年)12月、世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」が登録され、金閣も構成要素のひとつとなっています。 ◇ 今日の誕生花・レンゲショウマ(キンポウゲ科) 花言葉は、「伝統美」。 (蓮華升麻) 稲妻に金屏たたむ夕かな 子規 葡萄の種吐き出して事を決しけり 虚子 大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子 新涼の泣く力こそ赤ん坊 広瀬直人 雨音のかむさりにけり虫の宿 松本たかし ふっくらと俯いたまま咲いて散る レンゲショウマの花のしずけさ 鳥海昭子 |

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