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平成24年10月14日(日)昨日:西武渡辺監督「点を取ってやらないと勝てない」。 西武は13日、1対2で福岡ソフトバンクに敗れ、クライマックスシリーズ・ファーストステージの初戦を落とした。2点ビハインドで迎えた9回裏、無死満塁のチャンスを得たが、1点を挙げるにとどまった。 渡辺久信監督のコメント:「ノーアウト満塁で1点しか取れなくて、こういう結果になりました。(相手の先発・攝津正については?)良いピッチャーなのは分かっています。序盤に今日みたいな展開になると、やられる確率が高かった。こういう展開を作らないようにしないと … 。 ※ 2位中日が順当に駒を進めたのに対して、西武は3位SBに遅れを取った。殆ど一発勝負みたいな超短期決戦では、初戦先取が肝要。中日は、残り2試合を1敗1分でもクリアできる。 10月14日は、「わが巨人軍は永久に不滅です」の日 です。 1974年(昭和49年)10月14日、ミスターG・長嶋茂雄が引退した。 現役最後の公式戦となった後楽園球場での中日戦ダブルヘッダー終了後、長嶋茂雄は外野グラウンドをゆっくりと回った後、マウンドに立ち、この名文句を残してファンに別れを告げた。 10月12日、中日は地元名古屋で20年ぶりの優勝を飾った。その1時間半後、神宮球場で長嶋が引退を表明した。引退会見翌日の10月13日の中日戦ダブルヘッダーが、長嶋の引退試合となる予定だったが、降雨で14日に順延となる。だが、この日は中日の優勝パレードの予定日であり、与那嶺要監督以下、星野仙一、高木守道ら主力メンバーはパレードへの参加を義務付けられ、14日の試合では、中日側は力の衰えた選手や一軍半の選手が出場することとなった。与那嶺要監督に代わり、近藤貞雄ヘッドコーチが監督代行を務めた。 「20年ぶりの優勝に名古屋は興奮状態だ。パレードに主力選手が顔を出さなかったら納得してもらえない … 」。 中日球団も長嶋引退試合の重みは分かってはいたが、高木をはじめ星野仙一投手ら人気選手のパレード欠席は考えられなかった。 与那嶺、星野、高木らは電話で長嶋に非礼を詫びた。それに対して長嶋は「こっちのことより、20年ぶりの優勝を思い切り祝ってくださいよ」と明るく答えたという。 < 巨人 7―4 中日 & 巨人 10―0 中日 > (10月14日・後楽園球場) 引退試合前のミーティングで長嶋は、チームメイトに「思い残すことはない。みんなもいつか引退の日が来るが、それまでベストを尽くして悔いのないプレーをしてほしい」と挨拶した。 引退試合の第1試合では、3番・サードで出場。第2打席に村上義則(プロ入り初先発)から現役最後の本塁打(通算444号)を放った。この試合では王も本塁打を放ち、最後のONアベック本塁打を記録した(106本目)。 そして、この試合をプロ入り前の落合博満が、会社をサボって観戦していた。 ※ 村上義則:現役7年間で通算20試合1勝1敗。長嶋の引退試合が、最初で最後の先発試合だった。彼は、長嶋に本塁打を打たれた「最後の投手」として名前を残した。 第二試合、長嶋は第3打席でセンター前ヒットを放った(通算2471安打)。これが現役最後の安打となった。 10対0という巨人の一方的な試合の中、8回裏1死1、3塁という場面で迎えた長嶋の最終打席、佐藤政夫と対戦し、ショートへの併殺打で終わった(長嶋の257併殺打は衣笠祥雄に更新されるまでセ・リーグ記録だった)。 第2試合終了時、長嶋は名残惜しむように一人一人と握手し、最後は王と腰に手を寄せあいながらベンチに引き揚げた。 「我が巨人軍は永久に不滅です」。有名な引退セレモニーが行われたのは、秋の夕日がほとんど沈んだ午後5時。 1965年の南海との日本シリーズを観戦して以来、その後は一度も球場に足を運ばなかったとされる亜希子夫人に、長嶋は「最後だから見に来るか」と誘ったが、「取り乱すから … 」と、引退試合にも姿を見せなかった。 「5時ごろは子供さんを歯医者に連れて行きました」と、お手伝いさんは話す。長嶋家は静かにこの日を迎え、いつもと変わらぬ1日として過ごした。 「不運にも、我が巨人軍はV10を目指し監督以下選手一丸となり、死力を尽くし、最後の最後までベストを尽くして戦いましたが、力ここに及ばず10連覇の夢は破れ去りました。私は今日ここに引退を致しますが、我が巨人軍は永久に不滅です」 すでに伝説? レジェンド「王・長嶋」 ◇ 抜け駆けのつもりが、“狼中年”に仕立て上げられた?森口尚史氏 「世界初」「関係ない」「1例」「うそ」 iPS治療問題の危うさ 10月11日、森口尚史氏がiPS細胞から心筋の細胞を作り、重症患者に細胞移植する世界初の治療をしたと、読売新聞が報道。共同通信も同様の記事を配信した。 しかし、11日深夜 森口氏の研究内容をまとめたポスター展示が、米国の学会会場から撤去されたことが判明する。そして、米ハーバード大と米マサチューセッツ総合病院が「森口氏に関連した治験が承認されたことはない。現在、両機関とも森口氏と関係はない」と声明するに至る。 12日、論文共著者の東京医科歯科大教授が会見し、実験には関知しておらず、iPS細胞の研究はしていないと説明。 13日未明、マサチューセッツ総合病院は「森口氏が治療を実施した形跡は見つからず、そうした研究の承認申請が倫理委員会に提出されたこともない」と声明。 13日深夜、森口氏が米国で会見し「治療はやったが、1例だけだった。結局は嘘になってしまった」などと説明を二転三転させた。(共同) ※ 機を見るに敏、逃げ足の速きこと風の如し。結局、森口ひとりが悪者に … ◇ 今日の誕生花・ユウゼンギク(キク科) 花言葉は、「恋の思い出」。 柿くふも今年ばかりと思ひけり 子規(明治34年の句) ※ 病床三昧の子規は、大変な健啖家であった。特に柿に執心し、柿喰ヒの俳句好みと伝ふべし(明治30年)と詠んでいる。 栃木の俳人・小林臍齋から柿が届き、その礼状に「柿くふも今年ばかりと … 」と認めた。 そして、翌明治35年9月19日に没している。柿は、まだ出ていなかった。 柿喰ヒの悔い遺してや恨めしき … 。 ふみはずす蝗の顔の見ゆるかな 虚子 ※ つんのめる百足の顔の愛らしき 嘘っ子 畳屋の肘が働く秋日和 草間時彦 よそに鳴る夜長の時計数へけり 杉田久女 渡り鳥わが名つぶやく人欲しや 原 裕(ゆたか) 彼方此方(おちこち)に思いめぐらす小半時 友禅菊に蜂が寄りくる 鳥海昭子 |

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はじめまして^^私この試合生で後楽園に見に行ってからの長島茂雄さんそしてジャイアンツのファンです^^
2012/11/10(土) 午後 5:41 [ - ]