|
平成24年10月19日(金)昨夜:原ジャイアンツ連敗、伊藤準規にひねられる。 < 巨人 2―5 中日 > (18日・東京ドーム・CSファイナル2回戦) リーグ優勝の巨人が、リーグ2位の中日に連敗を喫した。打線は2点を奪ったが、中日先発の伊藤準規に八回途中までわずか4安打に封じられた。 第2戦の巨人先発はホールトン。7日のDeNA戦以来、中10日のマウンド。レギュラーシーズン後半に安定した投球を続けた右腕に託した。 「しっかりと休養がとれたし、準備は万端。6、7回のスパンではなく、目の前のバッターを打ちとる意識で投げたい」。ホールトンの言葉とは裏腹に、十分な休養よりも実戦から遠ざかっていたことが投球に悪い影響を与えてしまった。 一回からコントロールが定まらず、無失点に抑えるも26球を要した。二回には無死満塁のピンチを招くと、自らの前に転がった伊藤の打球をファウルと勝手に判定し、本塁にも一塁にも送球せず。結果は安打で同点にしてしまった。さらにもう1点献上し逆転を許す。結局、四回途中3失点で降板となった。今季47勝11敗6分けと抜群の強さを見せつけた東京ドームでの戦い。短期決戦ではスキを見せてはいけない。ひとつのミスが命取りになった。 打線は八回二死一、三塁とし、2番手の浅尾から長野の右前適時打で1点を返したものの、九回に西村が谷繁の右犠飛で1点を返され、脆くも連敗となった。アドバンテージを含めて、巨人の1勝2敗となった。 ※ 原監督は「5点を取られたが、よく5点で収まったという感じ」と語った。実戦感覚が錆びついているのか、巨人投手陣には堅実さが見えない。投球に不安がつきまとっている感じだ。 原監督は前日の会見で、「1戦終わって、明日は少し肩の力を抜いて戦えるでしょう」と笑ったのだが … 。3年ぶりの日本一へ、ここで立ち止まってはいられない。第3戦こそ、原ジャイアンツの爆発的な大量得点を期待しよう! 10月19日は、土井晩翠忌 です。 ◇ 土井晩翠(1871年〜1952年) 詩人、英文学者 本名は林吉(りんきち)。姓は本来「つちい」だったが、昭和初期に改称。 土井晩翠・作詞 『 荒城の月 』 フォレスタ 1899年(明治32年)、第一詩集『天地有情』を刊行。この詩集で、島崎藤村の『若菜集』と共に並び称され、「藤晩時代」あるいは「晩藤時代」と云われた。 東京音楽学校(現・東京芸術大学)から中学唱歌用の歌詞を委嘱され、「荒城月」(のちの「荒城の月」)を作詩する。同校がこの詩につける曲を公募し、滝廉太郎の曲が採用され、1901年(明治34年)に「荒城の月」として発表された。 「詩人」 詩人よ君を譬ふれば 戀に醉ひぬるをとめごか あらしのうちに樂を聞き あら野のうちに花を見る 詩人よ君を譬ふれば 世の罪しらぬをさなごか 口には神の聲ひゞき 目にはみそらの夢やどる 詩人よ君を譬ふれば 八重の汐路の海原か おもてにあるゝあらしあり 底にひそめるまたまあり 詩人よ君を譬ふれば 雲に聳ゆる火の山か 星は額にかゞやきて 焔の波ぞ胸に湧く 詩人よ君を譬ふれば 光すゞしき夕月か 身を天上にとめ置きて 影を下界の塵に寄す ◇ 「エマニエル夫人」のシルビア・クリステルさん死去(10月18日) 世界的ヒットとなったフランスの官能映画「エマニエル夫人」で主役を演じたオランダの女優シルビア・クリステルさんが死去した。60歳。 6月に咽頭癌の治療を受けた後、脳卒中を起こし危険な状態が続いていた。17日夜から18日にかけての就寝中に亡くなったという。死去した場所は明らかにされていない。 アムステルダム郊外のユトレヒト生まれ。20歳の時にミス・テレビ・ヨーロッパで優勝し、映画デビュー。エマニエル・アルサンの小説を映画化した1974年公開の「エマニエル夫人」で、奔放な性生活を送る主演の若妻役に抜擢された。同作品は記録的ロングランとなる成功を収め、一躍トップスターの座を射止めた。 その後、続編の「続エマニエル夫人」(75年)、「さよならエマニエル夫人」(77年)、「エマニュエル」(84年)に出演。その他の出演作に「チャタレイ夫人の恋人」(81年)、「プライベイト・レッスン」(81年)など。 ◇ 今日の誕生花・オオケタデ(タデ科)(大毛蓼) 花言葉は、「思いやり」。 一つづつ橋持つ家の菊の花 子規 石の上の埃に降るや秋の雨 虚子 食べてゐる牛の口より蓼の花 高野素十(すじゅう) 拾ふ子に音して落つる木の実かな 柴田宵曲 水中をさらに落ちゆく木の実かな 鈴木鷹夫 オオケタデ塀越えて咲き 一人住むあなたの声の明るく聞こゆ 鳥海昭子 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事



