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平成24年12月27日(木)昨日:嘉田氏「小沢さんとは成田離婚」1ヶ月で失速。 「日本未来の党」の代表人事をめぐる嘉田代表(滋賀県知事)と小沢一郎氏ら旧「国民の生活が第一」メンバーの亀裂は、党分裂に発展した。 脱原発勢力の結集を目指して衆院選に挑んだ同党だが、結成からわずか1ヶ月で失速した。 「小沢さんとは『成田離婚』ですね」 嘉田氏は26日、周辺に、早くも党分裂が不可避となったことについて自嘲気味に語った。側近の飯田哲也代表代行と小沢氏は26日、都内で会談。分党について協議したとみられる。 衆院選直前に駆け込みで結成された未来の党には当初から「選挙互助会」との批判があり、「党内対立は不可避」とみられていた。党内抗争を繰り返してきた小沢氏を「学者出身の嘉田氏が制御できるはずがない」との見方もあった。 ※ 隠れ蓑、役に立たねば邪魔なだけ 鞘に納まらぬ抜身の小沢 。 ※ 老いてなほギラリと光る荒事師 刀身(み)から出た錆とどまらず 。 ※ 検察の野望叶ひて小沢氏の 命運もはや尽き果てしか 。 12月27日は、ケプラーの誕生日 です。 ◇ ヨハネス・ケプラー(1571年〜1630年) 彼は、南ドイツのビュルテムベルクの貧しい家に生まれた。病弱で13才までは教育を受けず、この年から、公費でアデルスブルグ僧院付属学校に入学する。高校を経て神学者になろうとチュービンゲン大学で哲学を学ぶが、天文学に興味を持ち、卒業後はグラーツ大学で数学と天文学を教えるかたわら、暦の編集にあたり『宇宙の神秘』を著し、ガリレオやチコ・ブラーエに知られるようになる。 1599年に新教徒迫害のため、グラーツを追われ、1600年にプラハでブラーエの助手となる。ブラーエの死後は、精密で広範な観測記録を整理し、惑星(とくに火星)の運動の研究に取り組む。 その後、1609年に出版した『新天文学』で、ケプラーの第1法則と第2法則を発表する。1612年、ルドルフ2世が没すると援助は打ち切られてしまうが、1619年に出版した「世界の調和」で、第3法則を発表した。 彼はリンツに移り、自分の発見した3法則をもとに計算、1625年に新しい惑星表「ルドルフ表」をつくる。30年戦争のため出版が遅れたが、1627年にウルムに移ってようやく出版される。この表は惑星位置推算表として、百年以上にわたって世界中で使われた。また、今日ケプラー式といわれる接眼レンズに凸レンズを使用する望遠鏡を考案している。彼は、このような偉大な発見をしたにもかかわらず、ほとんど認められることはありませんでした。さらには、プロテスタントに対する迫害をうけて、野たれ死に同然に哀れなな生涯を終えたとか。 「ケプラーの法則」の真価は、その後50年以上たって、アイザック・ニュートンによってはじめて認められた。ニュートンは、「もし、ケプラーの法則がなかったら、私の万有引力の法則もなかった」と言ったといわれる。 「ケプラーの法則」 第1法則:惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道を描いて公転する。 第2法則:惑星と太陽を結ぶ直線は一定時間に一定の面積を描く。 第3法則:惑星と太陽の平均距離の3乗は惑星の公転周期2乗に比例する。 (つまり、太陽から遠い惑星ほど一周するのに時間がかかる) ◇ 太陽から惑星へ何らかの力がおよんでいるという「遠隔力」の概念を導入 その距離が大きくなるほど力が弱くなるという説を唱えた。天動説は、惑星の運行速度や地球からの距離のあいだに何らの相関関係を見いだせていませんでしたが、このケプラーの研究によって、地動説の方が惑星の軌道をより統一的に説明できる点ですぐれていることを示した。 ケプラーは最後の眼視観測でもっともすぐれた観測データを残したブラーエの弟子となった。ブラーエはコペルニクスの地動説には完全には賛同していないものの、一方で自身の火星の運動観測データから、プトレマイオスの天動説も不完全なものであると考えており、独自の折衷案をつくっていた。 ブラーエの説では、地球が宇宙の中心にあり静止している一方、太陽と月は地球のまわりを、5つの惑星は太陽のまわりを公転しているというものでした。 しかしながら、ブラーエの惑星の運動に関する正確な観測データは極めて貴重だった。ケプラーは彼の死後、これらのデータを用いて、さらに惑星の運動の研究を行い、ついに惑星の運動に3つの法則があることを発見する。 第1法則は「惑星は太陽をその1つの焦点にもつ楕円軌道の上を運動する」というもので、惑星の軌道は完全な真円ではないことを示した。 第2法則は「面積速度の法則」ともよばれ、「惑星と太陽を結ぶ線分が同じ時間に描く面積は等しい」というものです。つまり、惑星は太陽に接近した時には速く動くということを意味しています。 そして第3法則は「惑星の太陽からの距離の3乗と惑星の公転周期の2乗の比は一定で、すべての惑星で同じである」というものでした。これらをまとめた著作によって、コペルニクスの地動説に基づく宇宙観が集大成され、多くの学者が地動説を信じるようになっていきました。 ◇ 今日の誕生花・ナンテン(メギ科) 花言葉は、「福をなす」「よき家庭」。 人老いぬ炬燵を本の置処 子規 ※ 34歳の若さで亡くなった子規。他者の老いを詠む一句。 女を見連れの男を見て師走 虚子 ※ 連れ合ひのさもありなむと年果つる 鍋蓋居士 実南天二段に垂れて真赤かな 富安風生 日当ればみんなしあはせ実南天 星野麦丘人 ていねいに朝日がとどく実南天 黛 執(しゅう) 化粧塩きりりと鯛はナンテンの 葉にのせられて万事よろしき 鳥海昭子 |

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