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平成25年1月10日(木)昨日:不況脱出の“切り札”? 高齢者が頼りです。 孫への教育資金を非課税に 非課税額の上限を1人最大1500万円! 政府は9日までに、緊急経済対策に祖父母が孫に教育資金を一括贈与した場合、贈与税を非課税とする措置を盛り込む方針を固めた。非課税額の上限を1人最大1500万円とする方向で調整している。 11日に閣議決定する緊急経済対策では、企業の雇用促進や給与引き上げに向けた新たな減税も検討しており、「あらゆる政策を総動員して、経済再生を進める」としている。 贈与税の非課税措置は、高齢者の資産を孫の入学金や授業料といった教育費に活用することで、若年世代への資金移転を進める狙い。信託銀行などに孫名義の口座をつくり、将来の教育資金を贈与した場合に一定額を非課税とする仕組みを軸に検討する。 ※ 弱き者、汝の名はヤングマン。 平成や世に憚るは高齢者。 ◇ 広告代理店の雄・電通が早期退職募る 昨今のテレビ離れ ネットへ シフト 広告代理店大手の電通、テレビ媒体などの仕入れで2位以下を圧倒する国内広告業界の絶対的存在だ。その電通が人員削減策を打ち出した。 電通は12月7日、100人の早期退職者を募集すると発表。対象者は2013年3月末時点で勤続10年以上、40〜59歳までの正社員。社員約6200人のうち、半数の約3000人が対象となる。前回、6年前に実施した早期退職者募集では「勤続15年以上の45歳以上」「勤続20年以上の45歳未満」だったため、対象者の年齢は若干ながら低下、枠は広がったことになる。 前回は100人の募集に対し、定年間近の50代後半中心に58人の応募があった。2007年3月期決算で加算退職金の特別損失14億円を計上。その後2年間で約18億円の人件費削減効果はあったものの、営業利益で500億円超、純利益300億円規模の当社にとって、業績に与える影響は軽微といっていいレベルだった。 ではなぜ今、早期退職者を募るのか。背景にはビジネス構造の変化がある。 売上高の約5割を占める収益柱のテレビ媒体広告は、若者のテレビ視聴時間の減少に伴い、将来的な成長は見込めない。そのため、従来型のマス中心の広告ではなく、成長分野であるデジタル領域に経営資源をシフトさせている。 また今期中に予定している、世界80ヶ国に拠点を持つ英国の広告会社イージスグループ買収によって、海外売上高は約1割から4割に拡大。来期は、グローバル化が一気に進み、デジタル領域に強いイージスとのシナジー(相乗効果)を追求することで、「ビジネス構造の変化によってもたらされる節目の年になる」(電通経営企画局)とする。 電通の進化を牽引するような働く意欲がある人々に活躍してもらうため、貢献度を報酬に反映するように、人事評価制度も前期から今期にかけて変化させてきた。さらに今回の早期退職者募集によって、変化に柔軟に対応できる、より多くの若い世代に活躍の場を与える方針のようだ。 ※ 家電メーカーもテレビからの収益を稼げなくなった。3Kなどと云う、矢鱈と高性能なテレビを開発しても、またぞろガラパゴス化に陥りそうな気配である。あるいは3Dなどは、大画面でこその迫力であって、自宅でちまちま立体感を感じても詮無いことだと思う。 そして、電通までもが「脱テレビ」を真剣に模索している。将来的にはテレビと云うハードが、ネットに吸収される形で自然消滅するのではないか。今や、ラジオもPCで聞くようになった。PCがあれば、他にテレビという専用機を必要としない時代なのかも知れない。 スマホの出現が、デジカメと携帯ゲーム機を駆逐したように … 。 1月10日は、桜井孝雄の命日 です。 ◇ 桜井孝雄(1941年〜2012年) 元アマチュアボクシング選手、プロボクサー。 千葉県佐原市(現・香取市)出身。中央大学卒業。東京オリンピック・バンタム級金メダリスト。OBF東洋バンタム級王者。 天性の反射神経と磨かれた技術、優れたフットワークを持ち、金メダリストとして鳴り物入りでプロ入りしたものの、ボクシングに対してクール過ぎる性格が災いし、「安全運転」と称される消極的ボクシングを展開する。 当時のバンタム級はファイティング原田やルーベン・オリバレスらが王座を保持して世界の壁は厚く、これを突破することができなかった。 しかし、2012年に村田諒太がロンドン・オリンピックのミドル級で金メダルを獲得するまでの48年間、アマチュアボクシングでは五輪のみならず、世界選手権を合わせても唯一の日本の金メダリストであり、アマチュアボクシング界に残した功績は大きかった。 大学の先輩がトレーナーをしていた縁で、オリンピック前から三迫仁志が会長を務める三迫ボクシングジムで練習していたが、当時のボクシング界はアマチュアとプロとの交流がなく、桜井は「ばれたら代表からも外されていた」と後に語っている。 その後、プロボクシング界は桜井の争奪戦を展開したが、当初は東京五輪監督で大学の恩師でもあった田中宗夫の紹介で中央大学職員として就職が内定しており、「プロに行かず、大学に残る」と発表されていた。しかし、スポーツ紙が桜井の三迫ジム入りを1面に掲載すると大学側は激昂、桜井はボクシング部から除籍されてOB会名簿にも載らず、文化章も取り消された。 1965年6月3日、三迫ジムよりプロデビュー。契約金は当時としては破格の500万円だった。日本スーパーバンタム級6位のアトム畑井との6回戦に判定勝ち。1966年10月6日、ノンタイトル10回戦で、青木勝利に判定勝ち。1968年7月2日、日本武道館に8,000人の観客を集めて、ライオネル・ローズ(オーストラリア)の持つ世界バンタム級王座に挑戦。2回に左カウンターで王者を倒し、10回を終えた時点で3人のジャッジはいずれも49-47で桜井を支持(当時は15ラウンド・5ポイント制)。しかしこの後、右フックで反撃するローズに対して消極策をとり、最終的に72-72、71-72、70-72で僅差判定負けを喫した。この試合を前に、ジム会長の三迫はカウンター対策としてカエル跳びパンチを桜井に練習させていたが、この練習を見ていた輪島功一が、後に世界戦でそれを披露することになる。 1969年5月23日、カリフォルニア州で行われたノンタイトル10回戦で、ルーベン・オリバレス(メキシコ)と対戦。プロキャリア唯一の日本以外での試合でオリバレスからダウンを奪ったものの、6回逆転KO負けを喫した。 1969年10月23日、OBF東洋バンタム級王座に挑戦、李元錫(韓国)に12回判定勝ちで王座獲得。以後1度防衛。1970年11月28日、ジョー・マロンゾ(フィリピン)に12回判定勝ちで2度目の防衛に成功。1971年6月、OBF東洋バンタム級王座返上および現役引退する。 プロ転向後は、アマチュアボクシング界からは「裏切り者」として扱われ、プロボクシング界からは、ディフェンス重視のスタイルが受け入れられず、「所詮はアマ出身」と陰口を叩かれた。 桜井は、2011年初頭に食道癌の診断を受け、余命1年を告げられ闘病していた。2012年が明けると容体が悪化、1月10日に千葉県船橋市の自宅にて死去、享年70。栄光の金メダリストの生涯は、決して平坦ではなかった。 ◇ 当たり籤を「外れ」と偽って詐取 売り場の従業員を逮捕 福井県警 宝籤の当籤券を外れと偽って客からだまし取ったとして、福井県警坂井署は9日までに詐欺容疑で、売り場のパート従業員森川君枝容疑者(59)を逮捕した。同署によると、当籤券を換金したことは認めているが、「後で当たり籤だと気付いた」と容疑を否認しているという。 逮捕容疑は昨年10月3日午後5時半ごろ、同市内の宝籤売り場で、男性客(70)が確認のため差し出した数字選択式宝くじ「ロト6」の3等約55万円の当籤券を「外れだ」と嘘を吐いて詐取した疑い。 同署によると、男性は売り場で当籤の確認をする際、外れ券でも返却してもらっていたが、森川容疑者が「捨てておく」と言って返却しなかったため、不審に思いながら帰宅。自宅で新聞を見て当籤していることを確認し、同署に相談していた。 ※ 七十の老翁なれと侮れど 金への執心消ゆるべからず 。 ◇ 今日の誕生花・トキワコザクラ(サクラソウ科) 花言葉は、「富貴」「神秘な心」。 〔プリムラ・オプコニカ〕 寒さうな外の草木やガラス窓 子規 ※ 寒くとも出かけてみたし冬の窓 不如帰 松過の又も光陰矢の如く 虚子 大阪の寒さこれより初戎 西村和子 寒晴やあはれ舞妓の背の高き 飯島晴子 成人の日ぞ大雪もたのもしき 細川加賀 昔から咲いてるように城跡の トキワコザクラ花を競えり 鳥海昭子 |

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