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平成25年1月22日(火)昨日:麻生死、終末医療巡り「さっさと死ねるよう」。 麻生副総理は21日、首相官邸で開かれた社会保障制度改革国民会議で、終末期医療の患者を「チューブの人間」と表現し、「私はそういう必要はない、さっさと死ぬんだからと(遺書に)書いて渡してある」と語った。 その上で、「死にたいなと思って、生かされるのはかなわない。政府の金で(延命治療を)やってもらうなんてますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと解決しない」と述べた。 麻生氏はその後、財務省内で記者団に対し、「私の個人的なことを申し上げた。終末医療のあるべき姿について意見を申し上げたものではない」と釈明した。また、「公の場で発言したのは適当でない面もあった。当該部分について撤回し、議事録から削除するよう申し入れる」とするコメントを発表した。 ※ 世に「ぴんぴんころり」なる言葉があるように、誰しも「さっさと」くたばりたいのが本音。でもねー、副総理にゃー言われたかないやね。「個人的なこと」なんだから、「公の場で発言」はNGなんだけど、それを言ってしまうのがこのお方のお育ちの良さなんだろうか? まあ確かに、金に飽かせての延命治療は、無間地獄かも知れません。今どきの病院には、さまざまな地獄がかいま見られるようだ。 南無「ぴんぴんころり」大明神! 初春に願ふはひとつ大往生。 1月22日は、星野仙一の誕生日 です。 ◇ 星野仙一( 1947年生まれ ) 現・東北楽天ゴールデンイーグルス監督 倉敷市出身、プロ野球界の大御所。現役時代は熱血投手。愛称「仙ちゃん」。 ◇ 「巨人キラー」と云われた男・星野仙一 通算成績では、長嶋茂雄・王貞治らが活躍したV9時代を含む巨人を相手に、35勝31敗と勝ち越しを記録。巨人キラーとして、その名を轟かせた。対巨人戦30勝以上を記録する投手の中で勝ち越しているのは平松政次、川口和久と星野の三人のみ。その中の最高勝率が星野。本人は、「野球中継は当時巨人戦が多く、当時の巨人主権試合の試合開始時間が18時20分で、地元の岡山での放送は20時頃に中継が始まるので、その間に監督から投手交代を告げられないように投げていた。家族や友達に自分が投げていることを見せたかった」と語った。 ◇ 通算成績:14年、500登板、243先発、66完投、15完封、8無四球、146勝 121敗、34セーブ、勝率.547、自責点851、防御率3.60、WHIP 1.23 。 【WHIP】(Walks plus Hits per Inning Pitched) 「投球回あたり与四球・被安打数合計」とは、野球における投手の成績評価項目のひとつで、1イニングあたり何人の走者を出したかを表す数値。被安打数と与四球数を足した数値を投球回数で割ることで求められる(与死球や失策、振り逃げなどによる出塁は数えない)。 ◇ 監督成績(通算:15年で優勝3回) 中日11年で優勝2回、2位5回、最下位1回。阪神2年で優勝1回、4位1回。 楽天2年で5位1回、4位1回(現・監督)。 ◇ 星野仙一氏、「金」だけを目指した北京五輪でメダルなし! 2007年1月25日、翌年にひかえた北京オリンピック野球日本代表の監督に就任。その翌日には「星野JAPAN」を自身の個人名義で商標登録出願した。 「金メダル以外いらない」と公言して臨んだオリンピック本選では4位、上位3チームには5戦全敗という惨めな結果に終わった。 自身の采配についての発言では、多くのマスコミやネット上から選手への責任転嫁として批判の対象となった。 その結果、既定の事項とされていたWBC監督就任も頓挫する。 ◇ 星野仙一氏、自身のHP上でWBC監督辞退を明言 2008年10月22日、星野仙一氏は自身のHP上で、仮にWBC監督に指名されたとしても辞退する旨を明言した。その後、代表監督は巨人監督の原辰徳氏が引き受けることとなる。 北京オリンピックでの惨敗で厳しく叩かれた星野仙一氏。 前回優勝のWBCでは勝って当たり前?、負ければ更に叩かれる状況下では、本人の辞退宣言も十分に理解できる。 ◇ 今日の誕生花・シンビジウム(ラン科) 花言葉は、「深窓の麗人」。 大佛の鼻水たらす氷柱哉 子規 かわかわと大きくゆるく寒鴉 虚子 寒鯉の雲のごとくにしづもれる 山口青邨 寒鯉はしづかなるかな鰭を垂れ 水原秋櫻子 くつろげるごとくにくづれ暖炉の火 片山由美子 忘れいしシンビジウムが花芽もつ このおどろきの今朝のすがしさ 鳥海昭子 |

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