今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成25年1月28日(月)昨夜:日馬富士5度目のV、白鵬を圧倒し全勝で飾る。

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 前日、横綱初優勝を決めた日馬富士は、白鵬をもろ差しからの寄りで圧倒、5度目の賜杯を自身3度目の15戦全勝で飾った。 白鵬は12勝3敗。琴欧洲は稀勢の里を上手投げで転がし、そろって10勝5敗。琴奨菊は鶴竜を寄り切って楽日に勝ち越し、ともに8勝7敗に終わった。豪栄道、把瑠都の関脇二人と、小結栃煌山も勝ち越した。 三賞は、白鵬に土を付けた妙義龍が負け越して殊勲賞から落選。敢闘賞は12勝を挙げた高安、技能賞も該当者がいなかった。十両は貴ノ岩が優勝。



 712年1月28日、太安万侶が筆録した「古事記」を元明天皇に献上する。

 現在記紀の原本は存在していない。今日伝わっているのは全て後世の写本、或いは版本である。これらの写本類の大きな特徴は、日本書紀が国選の歴史書として扱われたためか、奈良期の終りから平安にかけて既に存在しているのに、古事記の方は南北朝以降のものしか現存していない事である。二つ目は、これも同様の理由によるものか、量的に日本書紀が圧倒的に多く、古事記の方は少ないという現象になっている。記紀ともに、現存している写本類は卜部(うらべ)家伝来に関わる物が多いが、これは卜部家が神道家で、祭祀を司り、家学として「日本書紀」研究を行っていた事による。古事記が南北朝・室町期になって書き写されるようになったのは、主に神道の研究材料として珍重されるようになったためである。また今日では写真撮影の解禁と撮影技術が向上したためか、記紀の影印・複製が盛んに作られており、資料館等でもそれら写本を実見できるようになった。

 古事記の伝本は、伊勢系諸本と卜部系諸本とに大別できる。伊勢系諸本の書写時期は、南北朝から室町始めにかけてであり、卜部系諸本よりも古い。 伊勢系諸本は、更に、真福寺本系と道果本系に分かれる。道果本系には句読点が施してあるが真福寺本系にはなく、真福寺本系のほうが古式を保っている。


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 ◇ 真福寺本(国宝、愛知県宝生院〔大須観音〕蔵)

 今の所一番古く確かな写本として、古事記研究の底本となっている写本。この寺に残されていた「古事記」写本を、本居宣長門人でもあった尾張藩士の稲葉通邦が発見する。 真福寺(宝生院の全身)の第二世信瑜の命で、真福寺の僧・賢瑜が写したもので、上・中巻を応安4年(1371年)に、下巻を翌年(1372年)に写し終え、信瑜が校正した。文章はすべて流麗な古漢字で書かれ、句読点やフリガナはない。上・中・下巻と、3巻揃った完本としては現存最古である。本書は粘葉装だが、奥書に「執筆賢瑜俗老廿八歳」とあった。上・下巻と中巻は、伝来系統が異なると云われる。

 室町期書写の「真福寺本古事記」が、伝わる最古の「古事記」となる。「古事記」本来の姿を伝える唯一の写本とも云われる。現在われわれが目にしている「古事記」は、実は本居宣長の「訂正古訓古事記」(1802)に準拠している。宣長は30年にわたって「古事記」を研究し、大著「古事記伝」を著わした。その成果から生まれたのが、「訂正古訓古事記」。句読点、フリガナ付で読みやすく、しかも「古事記伝」という解説書付。後代の「古事記」は、殆どが「訂正古訓古事記」に準拠しているといってもよく、そのため、「『古事記』は享保2年(1802)に、江戸で、本居宣長が作ったものである。」という意見もある。

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 ◇ 稗田阿礼が誦習していた帝記などを太安万侶が筆録した「古事記」

 稗田阿礼 (ひえだのあれ、生没年不詳、7世紀後半〜8世紀初頭)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての人物で、『古事記』の編纂者の一人として知られる。稗田阿礼については、「古事記の編纂者の一人」ということ以外はほとんどわかっていない。同時代の『日本書紀』にもこの時代の事を記した『続日本紀』にも記載はない。(一説に、稗田阿礼「女性説」あり) 『古事記』の序文によれば、天武天皇に舎人として仕えており、28歳のとき、記憶力の良さを見込まれて『帝紀』『旧辞』等の誦習を命ぜられたと記されている。元明天皇の代、詔により太安万侶が阿礼の誦するところを筆録し、『古事記』を編んだ。

 時有舎人。姓稗田 名阿礼 年是二十八。為人聡明 度目誦口 払耳勒心。即 勅語阿礼 令誦習帝皇日継及先代旧辞。(『古事記』序)

 その時、一人の舎人あり。姓は稗田、名は阿礼、年28歳。人となり聡明にして、目に触れしものは即座に言葉にすることができ、耳に触れたものは心に留めて忘れることがない。即ち勅語して阿礼に『帝皇日継』(ていおうのひつぎ、帝紀)と『先代旧辞』(せんだいのくじ、旧辞)を誦習せしめた。


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 ◇ 太 安万侶(生年不詳〜養老7年7月6日)

 奈良時代の文官。名は安萬侶、安麻呂とも記される。姓は朝臣。多品治の子とする後世の系図がある。官位は民部卿従四位下。贈従三位。  和銅4年4月、正五位上に叙され、同年9月、元明天皇から稗田阿礼の誦習する『帝紀』『旧辞』を筆録して史書を編纂するよう命じられる。和銅5年正月28日(西暦712年3月9日)、天皇に編纂した『古事記』を献上する。


 ◇ 太安万侶の墓

 1979年1月23日、奈良県立橿原考古学研究所より、奈良県奈良市此瀬町の茶畑から安万侶の墓が発見され、火葬された骨や真珠が納められた木櫃と墓誌が出土したと発表された。墓誌の銘文は2行41字。左京の四条四坊に居住したこと、位階と勲等は従四位下勲五等だったこと、養老7年7月6日に歿したことなど記載。墓誌銘全文は以下の通り。

   左亰四條四坊従四位下勲五等太朝臣安萬侶以癸亥
   年七月六日卒之 養老七年十二月十五日乙巳

 墓は『太安萬侶墓』として、1980年2月19日に国の史跡に指定された。また『太安萬侶墓誌』は、1981年(昭和56年)6月9日に重要文化財(美術工芸品)に指定されている。


 ◇ 『古事記』偽書説

 『古事記』は、『日本書紀』のような勅撰の正史ではないが、序文で天武天皇が、「撰録帝紀 討覈舊辭 削僞定實 欲流後葉」と詔したと記載がある。〔訓読:帝紀を撰録し、旧辞を討覈(とうかく)して、偽りを削り実を定めて、後葉に流(つた)へむと欲(おも)ふ〕 このため、勅撰とも考えられる。天皇と祭神を結びつけ、天皇の権力の正統性を証明しようとしたと見ることも出来る。

 史料の上では、序文に書かれた成立過程や皇室の関与に不明な点や矛盾点が多いとする見解もある。また、『日本書紀』における『続日本紀』のような、古事記の存在を直接証明する資料もないため、古事記偽書説も唱えられる。また、最古の写本は南北朝時代のものであるため、それ以前の姿をどこまでとどめているか疑義を抱く改竄説もある。だが、これには考古学的な反論もある。 『古事記』は歴史書ではあるが、文学的な価値も非常に高いとされ、神典のひとつとして神道を中心に日本の宗教文化・精神文化に多大な影響を与えている。古事記に現れる神々は、現在では多くの神社で祭神として祀られている。



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 ◇ 角界のロボコップ、高見盛が引退 満身創痍

 大相撲の元小結で東十両12枚目の高見盛(36)(本名:加藤精彦、東関部屋)が27日、現役引退を表明し、年寄「振分」襲名が承認された。 千秋楽は若荒雄を下して5勝10敗で場所を終えたが、来場所の幕下転落が確実となり、決断したもの。今後は東関部屋付きの親方として第二の人生を歩む。都内のホテルで記者会見した高見盛は、「体全体がボロボロで、これ以上取っても体を傷つけるだけ」と語り、現役最後の一番を白星で終え、満員の館内を沸かせたことを「覚悟を決めていたから、力を発揮できた」と笑顔で振り返った。 青森県出身。

 日大時代にアマチュア横綱に輝き、同期の元大関琴光喜らとともにプロ入りし、1999年春場所で初土俵。仕切りの最後に胸などをたたいて気合を入れる独特のポーズが人気を呼び、「角界のロボコップ」と親しまれた。テレビCMなど土俵外でも活躍。相撲は右を差せば力を発揮し、2000年名古屋場所で新入幕を遂げた。



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   ◇ 今日の誕生花・エンドウ(マメ科)

   花言葉は、「未来の喜び」。

   人住まぬ屋敷の池の氷かな   子規

   山の日は鏡の如し寒桜      虚子

   豌豆の咲く土ぬくく小雨やむ   飯田蛇笏

   暁は花えんどうより見えはじむ   宇多喜代子

   えんどうの花が風生むここ丹波   坪内稔典

 追伸のうれしさに似てエンドウの 新しい花今朝も咲きたり  鳥海昭子

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 【参照】1月28日、初不動
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50117725.html

 【参照】1月28日、ダンスパーティーの日(1883年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51747734.html

 【参照】1月28日、「ベトナム和平パリ協定」が発効(1973年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39876882.html

 【参照】1月28日、チャレンジャーが爆発炎上(1986年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/27688212.html

 【参照】1月28日、宇宙からの警告の日(1986年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53005827.html

 【参照】1月28日、石ノ森章太郎忌(1998年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46713350.html

 【参照】大阪府知事選、橋下氏初当選38歳、全国最年少(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39876678.html

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