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平成25年5月14日(火)昨日:木曽川で園児らが稚アユを放流 各務原市。 「大きくなってね」。 岐阜県各務原市の木曽川で13日、地元の園児たちが「稚アユ」を放流した。放流したのは、各務原市の「みどり幼稚園」の園児35人で、川への感謝の気持ちを持ってもらおうと、23年前から行われている。この日は、約3万匹を放流。稚アユは遡上した後、秋には、産卵のため下流に戻ってくるという。 1971年5月14日は、第48代横綱大鵬が引退した日 です。初の一代年寄。 ◇ 大鵬幸喜(1940年〜2013年1月19日) 北海道川上郡弟子屈町川湯温泉出身。本名は納谷幸喜。 新入幕で初めて敗れた柏戸剛と競い合い、終戦直後の復興から高度経済成長期の相撲黄金時代を支えた。1961年(昭和36年)に揃って横綱に推挙され、「柏鵬時代」と言われる栄光の一時代を築いた。 新横綱の場所である1961年(昭和36年)11月場所、1962年(昭和37年)1月場所と連続優勝を果たすと、同年7月場所から1963年(昭和38年)5月場所まで最初の6連覇を達成。 ところが、「型のある相撲」と評されていた柏戸が休場を繰り返していたことで、「型のない相撲」の大鵬が一人勝ちしている状況から観客が減少気味となり、大鵬の全盛期は相撲の人気低迷期と合致する。連覇直後から神風正一などから「(大鵬の相撲には)型がない」と盛んに批判されたが、二所ノ関は「型がないのが大鵬の型」と反論した。 柏戸が再起をかけた同年9月場所では、千秋楽で14勝同士の相星決戦となったが、「型のある」柏戸に敗れた。1964年3月場所でも同じ14勝同士による相星決戦となったが、今度は「型のない」大鵬が勝利した。 その後、次第に「柏鵬時代」は成熟してゆく。 ※ 非力の力士は型に依存せざるを得ない。だが、心技体が充分であれば型に拘らない天衣無縫の相撲が取れるものだ。自身の型に持ち込まなくとも、相手得意の型から自分有利の相撲に持ち込むのが真の名横綱と云うべきか。私自身、現役時代の大鵬の相撲はつまらないと感じたものだ。だが今では、彼こそが本当の名横綱だったのだと思い知るのだ。 ◇ 今日の誕生花・シラン(ラン科) 花言葉は、「互いに忘れない」。 あらたふと青葉若葉の日の光 芭蕉 羊羹の甘きを好む新茶かな 子規 茨の花二軒並んで貸間あり 虚子 ※ 蕪村に「五月雨や大河を前に家二軒」の句あり。 新茶汲みたやすく母を喜ばす 殿村莵絲子(としこ) 山里の廃屋ありて庭隅に 忘れられたる紫蘭は咲けり 鳥海昭子 |

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