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平成25年7月2日(火)昨日:安藤美姫選手4月に女児出産、今季限りで引退へ。 フィギュアスケート女子で2度の世界女王に輝いた安藤美姫選手(25)が1日、今年4月に女児を出産したことと、今季限りでの現役引退を明らかにした。子供の父親については明言せず、結婚もしていないという。現在は練習を再開しており、来年2月のソチ五輪出場を目指している。 安藤選手は「スケートより(生まれてくる)命を選んだ。一人の女性として生きたいと思った」などと語った。 安藤選手は2011年4月の世界選手権(モスクワ)で優勝後、2シーズンにわたって休養。今年1月1日付で所属していたトヨタ自動車も退社したが、ソチ五輪シーズンとなる今季は復帰を宣言。6月1日にはアイスショーに出演し、約9ヶ月ぶりにファンの前で演技を披露していた。 ※ 本人にとって極めて重大な決断をされたと思われる。悔い無き人生を切に願う。安藤美姫が、これほどタフな人だとは思わなかった。陰ながらエールを送りたい。 7月2日は、小柳ルミ子(rumico)の誕生日です。(1952年生まれ) ◇ 小柳ルミ子(本名:小柳留美子)歌手 女優 福岡市早良区(当時は西区)生まれ。母親は秋田県出身。 「わたしの城下町」 筑紫女学園中学校卒業後、宝塚音楽学校に入学。以後の2年間は朝9時より夜10時過ぎまで学び、寮の門限である11時すれすれに帰宅する多忙な日々を過ごす。 友人が宝塚音楽学校の先輩にあたる梓みちよの知り合いで、その口利きで在学中に渡辺プロダクションに歌手になりたいと願い出る。渡辺プロは、「宝塚を首席で卒業したら歌手にしてあげる」と回答。言葉通り見事、1970年に宝塚音楽学校を首席で卒業する。同期には萬あきら、麻実れい、東千晃らがいた。 歌手デビューが約束されていたが、初舞台だけは踏みなさいと言われ、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団、2ヶ月で退団。小柳は当初から歌手デビューを念頭においており、小柳にとって宝塚は歌や演技の鍛錬を積むための場であった。 退団した1970年、顔を売るためにNHK連続テレビ小説『虹』で女優デビュー。翌1971年4月25日、ワーナーブラザーズパイオニアの邦楽部門初の歌手として契約。作曲家・平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビュー、160万枚の大ヒットとなる。同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第1位を記録し、また第13回日本レコード大賞最優秀新人賞も受賞。 その後にリリースした「お祭りの夜」や「京のにわか雨」「瀬戸の花嫁」(日本歌謡大賞受賞)なども大ヒットし、天地真理・南沙織らとともに『三人娘』と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなった。 「瀬戸の花嫁」 その後、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として「冬の駅」「逢いたくて北国へ」「星の砂」「来夢来人(ライムライト)」「お久しぶりね」などのヒット曲を飛ばす。デビューの1971年から1988年まで、NHK紅白歌合戦に18年連続出場という実績を残す。 女優としても活躍し、1983年に『白蛇抄』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど高い評価を受ける。 ◇ 交通事故計3回で家族4人を失う 遺族の男性が意見陳述 北海道の釧路地裁帯広支部で1日、死亡事故を起こしたとして自動車運転過失致死と道交法違反の罪に問われた男(51)に対する判決公判があった。この事故で父親を亡くした会社員の男性(37)=北海道清水町=は、過去2件の交通事故でも妻子と妹の計3人を失っている。判決後、男性は「交通事故のなくなる日がくることを切に願っています」とのコメントを出した。 男性は、6月12日にあった論告求刑公判で被害者参加制度を利用して意見陳述した。「これ以上、交通事故の悲しみを広げないでください、私と同じ悔しさを増やさないでください」などと訴えていた。 男性の妹(当時21歳)は2001年8月、同乗していた知人の車の単独交通事故で死亡。昨年5月には男性が運転する車が一時停止無視の車に衝突され、乗っていた妻(当時35歳)と次男(同3歳)を亡くした。 この日の判決によると、男性の父親(当時61歳)は今年3月22日午後9時ごろ、清水町内の交通事故現場で交通整理をしていた際、酒気帯び運転の男の車にはねられ死亡。男は2001年ごろから月に1〜2回、飲酒運転で帰宅していた。 井上博喜裁判官は「酒気帯び運転の危険性の意識と罪悪感、運転者の責任感が欠落し、身勝手極まりない人格態度が事件を招いた」と述べ、懲役3年8月(求刑・同4年6月)の判決を言い渡した。 ※ 遺族男性の父親もさだめし無事故を願って地元の交通整理をしていた筈…。 ◇ 今日の誕生花・タチアオイ(アオイ科) 花言葉は、「灼熱の愛」。 薫風や裸の上に松の影 子規 箒木に影といふものありにけり 虚子 ※ 遠くに箒木(ははきぎ)を認むも、近くよれば見えぬ伝説の木。 立葵咲き終りたる高さかな 高野素十 夕刊のあとにゆふぐれ立葵 友岡子郷 立葵沖見むと咲きのぼりけり 岸原清行 咲きながら登りきりたるタチアオイ梅雨明けのひかり降りそそぐなか 鳥海昭子 |

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