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平成25年7月9日(火)昨日:三木谷氏、加藤コミッショナーの責任追及へ。 プロ野球楽天の三木谷浩史オーナーが、10日に行われる12球団オーナー会議に出席し、統一球問題をはじめとした加藤良三コミッショナーの責任を追及する意向であることが8日、分かった。同球団の井上智治オーナー代行が、「いろいろな問題もあるし、コミッショナーのガバナンスを問う必要性から出席することになった。議論をしようということ」と語った。 ※ 何者に右へ倣えか知らねども ただ独りでも出でよ跳ね駒 。 ◇ 王さん「掛け持ちでは務まらない」 渡辺会長からコミッショナー指名も 統一球の無断変更問題で渦中にいる加藤良三コミッショナー(71)の後任として、1日に巨人・渡辺恒雄球団会長(87)から「指名」されたソフトバンク・王貞治球団会長(73)は2日、東京から戻った福岡空港で取材に応じた。渡辺会長からの打診について問われると、厳しい表情を浮かべ「全然、全然。(関係者らを通じても)俺の方もそんなことは全然聞いていないしね。体力的にもね … 」と話し、あらためて否定的な見解を示した。 渡辺会長の希望は、加藤コミッショナーが任期を全うする来年7月以降の就任。ただ、2006年に胃癌摘出手術を行い、健康面に不安を抱える王会長は現在、体力の消耗が激しい夏場には、球団がイベントなどのスケジュールを極力控えるなど、年間を通じた活動は困難である。そのため、渡辺会長も最大限の配慮を約束しているが、「バックアップという話も出ていたけど、現実は簡単ではない」と首を横に振った。 さらに、ソフトバンクの球団会長だけではなく、日本プロ野球名球会理事長や巨人OB会長なども務めており、コミッショナーとの「兼務」について、「掛け持ちでは務まらないでしょう。体力的に無理だと思いますから」と話した。統一球問題に関しては、既に第三者委員会が調査を開始。労組・日本プロ野球選手会(嶋基宏会長=楽天捕手)は加藤コミッショナーに事実上の退任を要求する内容の要望書を日本野球機構(NPB)と第三者委員会に提出している。球界に大きな影響力を持つ渡辺会長の「王次期コミッショナー案」。この日、嶋会長はコメントしなかった。 ※ 王さんに健康上の問題がなくて、今よりひと回り若ければねー。 1945年7月9日〜10日は、「岐阜空襲」の日 です。 ◇ 岐阜空襲、衝撃の瞬間 「記録する会」事務局長が写真入手(6月18日) 太平洋戦争末期に米軍が岐阜市を焦土にした「岐阜空襲」の空爆の瞬間を、米軍機が上空から撮影した写真が見つかった。米国の研究者を通じて写真を入手した「岐阜空襲を記録する会」事務局長篠崎喜樹さん(78)=同市五坪=は、「焼夷弾が落とされている最中の生々しい写真は初めて。地上で多くの人命や財産が奪われたことに思いをはせてほしい」と話している。 空撮写真は、岐阜市の本荘周辺と、岐阜駅前周辺をとらえた2点。本荘周辺は当時、水田の中に民家が点在する農村部で、写真は市街地方面から立ち上る煙の切れ間に、県立岐阜高等女学校(現在の本荘中の位置)や市民病院、本荘国民学校(本荘小学校)などとともに、米軍機から投下された焼夷弾とみられる黒い物体が30個ほど写っている。 岐阜駅前の写真は、梅林国民学校(現在の梅林小学校)や岐阜駅西側の共同毛織の工場などが照明弾で浮かび上がる中、駅前が焼夷弾で爆撃されている様子が写っている。写真には赤字で「( )1」と書き込まれており、米軍が記したものとみられる。篠崎さんは「空襲体験者の証言でも岐阜空襲は岐阜駅前から始まったと言われており、第1陣の攻撃をとらえた写真とみて間違いない」と話す。 空撮写真は米国ワシントンの国立公文書館にある資料を、日本空襲の研究家でニューヨーク市立大学のケリー・カラカス助教授がデジタルデータ化したもの。篠崎さんは昨年12月、ケリー氏が名古屋市周辺都市の空爆の空撮写真を所蔵、公開していることを名古屋市の民間平和資料館「ピースあいち」の運営委員金子力さん(62)=愛知県春日井市=から紹介され、ケリー氏にデータの提供を依頼。篠崎さんが岐阜空襲直前の同市の空撮写真と比較、場所を特定した。 金子さんによると、日本の国会図書館も各地の空爆の空撮写真を白黒のマイクロフィルムで所蔵しているが、ケリー氏のデータは高画質で細部まで分かる上、カラーで数字や矢印などが記されているのが特徴。「米軍が空爆の成果の分析に使用した痕跡だろう。侵入方向や攻撃のルートがうかがえる」という。 このほか篠崎さんは当時の米軍が岐阜市内の工場など目標物を克明に把握していたことをうかがわせるカラーの市内地図もケリー氏から入手。これらの資料は岐阜市が「狙われた故郷」をテーマに7月20日から8月2日まで岐阜駅高架下のハートフルスクエアーG内平和資料室で開く企画展で展示する予定。 岐阜空襲:米軍が1945年(昭和20年)7月9〜10日、岐阜市街に行った空襲。B29爆撃機計129機が飛来し、爆弾約900トンを投下。2時間足らずの攻撃で当時の岐阜市街のほとんどを焼き、岐阜駅から長良川堤防までが見通せるほどの焼け野原となった。被害報告は記録によりまちまちだが、死者約900人、負傷者約1200人、焼失家屋約2万戸。当時の岐阜市民の約60%に当たる約10万人が住家を失った。 ◇ 安倍首相「安定多数を」目標引き上げ アベちゃんが目指すは大政翼賛会 安倍晋三首相は8日、千葉県のJR津田沼駅前で街頭演説し、非改選と合わせて与党で過半数としていた参院選の目標に関し、国会運営を主導できる129議席の確保に引き上げる考えを示した。「安定多数によって、政治の安定により、私たちは誇りある日本をつくっていく」と述べた。 自民、公明両党の非改選は59議席で、参院過半数の122まで63議席。与党が常任委員長を独占し、全常任委員会で野党と同数以上の委員を確保できる「安定多数」を獲得するには参院選で70議席が必要となる。 首相はこれまで与党過半数に必要な63議席以上を目指すとしてきた。今後の国会で経済再生や安全保障などの関連法案をスムーズに成立させるため、より多くの議席確保が望ましいとの考えを示したとみられる。 首相はこの後、水戸市のJR水戸駅前で「安定的な政治の力を与えてほしい。ねじれを解消するため過半数を与えてほしい」と述べた。 ※ 「ねじれ」の無い、議論の無い、数の論理の「翼賛政治」万歳、万歳 … 。 ◇ 今日の誕生花・ギボウシ(ユリ科) 花言葉は、「静かな人」「沈静」。 涼しさや雲に碁を打つ人二人 子規 (明治28年の句) ※ 明治35年に没する子規。献身的看病をする虚子と碁を打つことも … 団子坂上り下りや鴎外忌 虚子 ※ 子規は遼東半島で鴎外を知る。鴎外、子規、虚子らで句会を共にす。 鬼灯市夕風のたつところかな 岸田稚魚 旅ゆけば我招くかに擬宝珠咲く 角川源義 ふところに四万六千日の風 深見けん二 ※ 【四万六千日】:観音さまの御縁日は「毎月18日」ですが、これとは別に室町時代以降に「功徳日」と呼ばれる縁日が新たに加えられました。月に一日設けられたこの日に参拝すると、百日分、千日分の参拝に相当する御利益が得られると信仰されてきました。中でも7月10日の功徳は千日分と最も多く、「千日詣」と呼ばれていました。 ところが浅草寺では、享保年間(1716〜36)頃より「四万六千日」と呼ばれるようになり、その御利益は実に46,000日分(約126年分)に相当すると云われるようになりました(この数については「米一升分の米粒の数が46,000粒にあたり、一升と一生をかけた」など諸説ありますが、定説はない)。 この10日を待って一番乗りで参拝したいという民衆の思いから、前日の9日より人出が多く、7月9・10日の両日が四万六千日の御縁日と受け止められるようになりました。 また、この両日には「ほおずき市」が開かれます。そもそもこの市は、芝の愛宕神社の縁日に始まり、「ほおずきを水で鵜呑みにすると、大人は癪を切り、子どもは虫の気を去る」といわれるなど、薬草として評判であったようです。その愛宕神社の縁日は観音さまの功徳日にならい四万六千日と呼んでいたのですが、やがて「四万六千日ならば浅草寺が本家本元」とされ、ほおずきの市が浅草寺境内にも立つようになり、かえって愛宕神社をしのぎ盛大になったと伝えられています。 ギボウシの花の一つにもぐりたる 蜂がかそかな音たてるなり 鳥海昭子 「男の子の初体験」 |

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