今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成25年7月30日(火)昨日:典型的な見込み捜査、繰り返される単純ミス。

 なぜ不十分な捜査が繰り返されるのか。大阪府警に誤認逮捕された男性会社員(42)の起訴が取り消された。昨年の遠隔操作ウイルス事件を教訓に、容疑者の言い分には真摯に耳を傾けると誓ったはずだった。「捜査機関の信頼性が問われている」。大阪地検と府警は危機感を募らせている。 「典型的な見込み捜査だった」。起訴取り消しを聞いた府警幹部は肩を落とした。

 捜査関係者によると、今回の窃盗事件を捜査したのは北堺署の「直轄警察隊」。署長直属で街頭犯罪を担当する捜査班だ。刑事課長代理(警部)をトップに計8人が捜査し、男性を誤認逮捕してしまった。経験が浅い若手が多かったという。一方、有罪を信じて男性を起訴したのは地検堺支部の副検事だった。 ただ、いずれも上司に捜査結果を報告して決裁を受けている。府警のベテラン捜査員は「上司がなぜ気付かなかったのか」と首をかしげた。検察には府警の捜査過程をチェックする役割もある。 起訴取り消しを発表した地検の上野友慈次席検事は「検事は府警の捜査を信用してしまった。(誤りがあるかもしれないという)思いが至らなかった」と述べた。検察幹部も「決裁時に見抜けなかった理由を検証する必要がある」と強調した。

 大阪では昨年、遠隔操作ウイルスに感染したパソコンで犯行予告が書き込まれた事件で、府警がアニメ演出家の男性を誤認逮捕した。地検も起訴し、その後、起訴を取り消した。府警は昨年12月、検証結果を公表し、「容疑者が否認した場合、供述内容をよく聴き、第三者関与の検討を徹底する」と約束した。 別人が犯人であることを理由に起訴が取り消されるのは異例だが、ずさんな捜査は繰り返された。府警幹部は「全警察官が捜査に臨む姿勢を根本的に改めなければならない」と声を荒らげた。 府警の大村喜一・刑事総務課長は29日、「男性や家族にご迷惑とご心労をかけたことに深謝申し上げる」とのコメントを出した。北堺署の小坂義之署長は男性に直接謝罪する意向で、府警は捜査の検証結果を公表する方針。

 ※ 記録時刻の確認を怠る極めて初歩的ミス:アリバイ捜査と防犯カメラなどの記録時刻の確認。基本的なことさえ調べていれば、誤認逮捕や起訴には至らなかった可能性が高い。無能な捜査機関が逮捕権を持っているという恐怖を、全大阪府民が感じている … 。



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 7月30日は、新美南吉の誕生日 です。 < 生誕百年 >

 ◇ 新美南吉(1913年〜1943年)児童文学作家 本名:新美正八(旧姓:渡辺)

 愛知県半田市出身。雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、代表作『ごん狐』(1932年)はこの雑誌に掲載されたのが初出。結核により29歳の若さで亡くなったため、作品数は多くない。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残した。彼の生前から発表の機会を多く提供していた友人の巽 聖歌(たつみ せいか)は、南吉の死後もその作品を広める努力をした。

 地方で教師を務め、若くして亡くなった童話作家という共通点から宮沢賢治との比較で語られることも多い。賢治が独特の宗教観・宇宙観で人を客体化して時にシニカルな筆致で語るのに対し、南吉はあくまでも人から視た主観的・情緒的な視線で自分の周囲の生活の中から拾い上げた素朴なエピソードを脚色したり膨らませた味わい深い作風で、「北の賢治、南の南吉」と呼ばれ、好対照をなしている。 作品の多くは、故郷である半田市岩滑新田(やなべしんでん)を舞台としたものであり、特に少年達が主人公となる作品では、「久助君」「森医院の徳一君」等、同じ学校の同じ学年を舞台としたものが多い。主人公は「久助君」「大作君」など作品によって変わるが、「徳一君」や「兵太郎君」などはほとんどの話に登場して世界観をつなげる役目を果たしている。 出身地の半田には、新美南吉記念館のほか、彼の実家や作品ゆかりの場所を巡るウォーキングコースも作られています。

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 1917年に、母・りゑが29才の若さで逝去 。1919年2月に、父・渡辺多蔵は再婚。義母の名は「志ん」。その三日後に、弟・益吉が誕生。 1920年、知多郡半田第二尋常小学校(現・半田市立岩滑小学校)入学。おとなしく目立たない児童で、体は少し弱かったが成績は良かった。 1921年7月19日、父・多蔵離婚。同年12月、同じ相手と再婚している。

 正八は1921年7月28日、母方の祖母である新美志も の養子となり、新美正八と改姓。祖母と二人で暮らし始めるが、12月には新美姓のまま実家である渡辺家に戻る。 1926年、旧制愛知県立半田中学校(現・半田高校)へ入学。 1928年頃から童謡や詩の投稿を始める。また、文芸誌『赤い鳥』や小川未明の『日本童話集』にであう。

 1931年3月、岡崎師範学校を受験するも体格検査で不合格。4月、愛知県知多郡半田第二尋常小学校の代用教員となるが、8月には一身上の都合で退職。 5月、『赤い鳥』に初めて童謡が掲載される(5月号「窓」)。 1932年1月、『赤い鳥』1月号に童話「ごん狐」が掲載される。4月、東京外国語学校(現・東京外国語大学)英語部文科文学に入学。 1934年、2月25日、喀血。この頃は顔色も優れず、しきりに盗汗をかく。(盗汗:寝汗、肺結核など病気の一症状として現れることがある)

 1936年3月、東京外国語学校を卒業。 神田の貿易商会に勤めたが、二度目の喀血をして11月には帰郷している。 1937年4月、知多郡河和小学校の代用教員となる。夏に体調を崩し、7月31日に退職。 9月、杉治商会(家畜の飼料製造販売)鴉根山畜禽研究所に入社。 1938年3月、安城高等女学校(現・安城高校)の教員となる。英語、国語、農業を担当した。

 1941年、初の単行本『良寛物語 手毬と鉢の子』(学習社)を刊行。 1942年10月、初の童話集『おぢいさんのランプ』を刊行。 1943年1月、病状悪化(喉頭結核)。2月、安城高等女学校を退職。 3月22日、逝去。享年29。 9月10日、童話集『牛をつないだ椿の木』、9月30日、童話集『花のき村と盗人たち』と2冊の童話集が相次いで刊行された。


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 ◇ 生誕百年を迎える新美南吉が友人に宛てた手紙六通 見つかる(2013.7.8)

   初恋 挫折 夢つづる新美南吉 青春の手紙に「自分は非凡」と自負

 『ごんぎつね』で知られる愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉(1913〜43年)が16歳から17歳にかけて、旧制半田中(現半田高)時代の同級生に宛てた6通の手紙が同県東浦町の中央図書館で見つかった。青春時代の初恋や挫折が友人相手の率直な文章でつづられ、創作活動を通じて「自分は非凡」などと自信を取り戻していく様子がうかがえる。

 6通は昭和4年8月〜6年7月に書かれた。いずれも半田中から旧制八高(現名古屋大学)に進み、後に愛知県立大学教授となった国文学者の久米常民(1913〜77年)に宛てたものだった。 最初の手紙では、当時同級生だった久米に「失礼ですが、小説などを毎日かいてゐられるでせう」と問い掛け、「僕もさうです」と対抗心を燃やす一方、初恋の女性と二十日間会っていない寂しさを打ち明けている。

 岡崎師範学校(現愛知教育大学)の受験に失敗した時期に書かれた6年4月の手紙では、八高に進学した久米からの手紙を「僕に同情した事ばかりかいてある。僕は癪にさわって仕様がない」となじる一方、母校の半田第二尋常小(現・半田市立岩滑小)で代用教員を務めるようになると、創作活動に打ち込む姿がつづられ、自作の童謡が雑誌「赤い鳥」などに掲載されたことを自慢。「俺はまた此の頃、自分が非凡の男の様に思へて来た」「もう俺は白秋にみとめられてるつもりだ」「僕は僕以外の誰にもなりたくない。僕は現在の僕が一ばんいとしい」とすっかり自信を取り戻した様子がうかがえる。

 新美南吉記念館(半田市)の学芸員、遠山光嗣さん(41)は「寂しい一生を送った印象がある南吉だが、何でも語り合える友人がいた。共に文学を志していた久米という存在の大きさや、才能を伸ばしていく様子が伝わってくる」と話している。

  新美南吉記念館
  http://www.nankichi.gr.jp/

  〒475‐0966 愛知県半田市岩滑(やなべ)西町1‐10‐1
  TEL 0569-26-4888 FAX 0569-26-4889



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   ◇ 今日の誕生花・ハマボウ(アオイ科)

   花言葉は、「楽しい思い出」。

   夕立や一かたまりの雲の下   子規

   蜘蛛よりもががんぼ音がして陽気   虚子
   ※ ガガンボ:蚊を一回り大きくしたような「大蚊」、人を刺さない。

   滝の上に水現れて落ちにけり   後藤夜半

   瀧落ちて群青世界とどろけり   水原秋櫻子

   夜の雲のみづみづしさや雷のあと   原 石鼎

 少しずつ重なりあって張り合って 花びら五つのハマボウ咲けり  鳥海昭子


 【参照】7月30日、新美南吉の誕生日(1913年)(『ごん狐』)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43816246.html

 【参照】7月30日、荒井 注の誕生日(1928年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52407720.html

 【参照】7月30日、露伴忌(1947年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51008962.html

 【参照】7月30日、プロレス記念日(1953年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/14585186.html

 【参照】7月30日、谷崎潤一郎忌(1965年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49086996.html

 【参照】7月30日、小田 実の命日(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53472463.html

 【参照】自民の歴史的大敗、中川幹事長辞任(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/35154240.html

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