今日の出来事ロジー

6月15日は、伊藤 エ ミ (姉) の命日です。

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 平成25年12月21日(土)世相:31歳・無職女性はなぜ餓死したのか?

 電気もガスも水道も止まった部屋で、冷蔵庫の中にあったのは空になったマヨネーズの容器だけだった。 電気やガス、水道さえも止められた部屋。現金も食べ物もなく、冷蔵庫には中身がなくなったマヨネーズの容器しか残されていなかった。11月下旬、大阪市東淀川区豊里の団地の一室で、この部屋に住む無職の女性(31)が餓死しているのが見つかった。女性は生前、認知症を患う60代の母親と同居しており、亡くなった会社社長をしていた父親の保険金を取り崩しながら飢えをしのいでいた。ところが、その蓄えも今年、底を尽きてしまい、死亡の数ヶ月前には親族に「お金がなくて困っている」と訴えていた。こうした窮状は行政や近隣住民も知らず、誰からも手を差し伸べられなかった。女性はなぜ、ひっそりと亡くなったのか。

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 11月15日、「母親が入院している」との通知が、東淀川区役所から女性の姉夫婦に寄せられた。 姉は数年前に嫁いで団地を出ていた。その後は女性が母親と2人暮らしをしていた。母親が体調を崩したのであれば、区役所からではなく女性から連絡があるはずだった。 それなのになぜ区役所から連絡が … ? 不審に思った姉夫婦は団地に向かい、部屋に入った。そこで見たものは、女性の変わり果てた姿だった。以前から和室の押し入れに布団を敷いて寝ていたが、この布団の上にあおむけに倒れ、女性はすでに死亡していた。 驚いた姉夫婦はすぐに110番し、大阪府警東淀川署が捜査を開始。遺体には刃物で刺されたり、切られたりといった外傷はなく、盗み目的に室内が荒らされたような形跡もなかった。 事件性はうかがえなかったが、“普通”ではないことは分かった。11月中旬だというのに、女性は半袖・半ズボン姿。遺体はやせ細り骨と皮だけの状態で、腐乱していた。 室内には食べ物が一切なく、お金も見当たらなかった。貧困による餓死の可能性が濃厚だった。実際、女性の部屋にはこんなレシートが3枚残されていたという。

 《8月21日 うどん200グラム72円、上白糖1キロ166円》

 《8月21日 昆布つゆ500ミリ99円》

 《8月29日 パン2個80円、ジャム2個96円》

 司法解剖で詳しい死因は分からなかったが、亡くなったのは10月ごろとみられている。8月29日は母親と2人でパンを1個ずつ食べたのだろうか。これ以降の約2ヶ月間、女性は食べ物を一切、買えていなかった可能性がある。

 捜査関係者によると、女性は昭和57年に東淀川区内で生まれ、両親や姉とともにこの団地で暮らしていた。父親は部品製造会社で社長を務め、工場も所有していたという。恵まれた家庭に育った女性だったが、中学生のときにいじめを受けて登校拒否に。高校に進学することもなかった。 そんな女性を家族も支え、父親の会社で事務員として働き始めた。だが、暮らしを支えていた父親が平成17年に他界。経営していた会社は倒産した。姉は結婚し、家を出ていたため、女性は認知症を患う母親とともに生活していくことになった。 頼れるものは、父親が残した保険金だけ。2人はそれを取り崩して生活するしかなかった。次第に困窮していったとみられるが、近所の住人らは誰も、こうした女性の状況について知らなかった。それどころか、女性がめったに外出しないことから「母親の一人暮らしだと思っていた」という。

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 誰かが気づくことはできなかったのか。
 実は少なくとも二度、女性を救えたかもしれない機会があった。

 一度目は平成21年11月。すでに父親の生命保険で暮らしていた女性は今後の生活に不安を覚え、母親と一緒に東淀川区役所の生活保護を担当する窓口を訪れた。 女性は「仕事が見つからない」と打ち明けたが、当時は保険金も残っていたため生活保護を受給することはできず、担当者は「お金がなくなってからもう一度相談に来てほしい」と応対した。しかしその後、女性が窓口を訪ねることはなかったという。

 次の機会は女性の遺体が発見される約1ヶ月前だった。 東淀川署によると、10月17日、女性が住んでいた団地の管理会社から「何度か部屋を訪問したが、応答がない。電気も止められているようだ」と相談があり、署員が部屋を訪問した。すると、室内で母親が脱水症状を起こして倒れていた。母親は病院に搬送されたが、このとき署員は、別室にいたとみられる女性の存在に気づかなかった。 同署は「母親は以前、家族と暮らしていた」との情報を得ていた。しかし、近所の住人に対する聞き込みでは「母親の一人暮らし」との証言ばかり。室内には洋服が掛けられていて別室との襖に気づかず、署員は母親の一人暮らしと判断し、引き上げたという。 女性が死亡したのはこの前後とみられる。もし、この時に女性が生存していれば、そして署員が別室を確認していれば、母親と同様に助けられた可能性があった。

 女性のように孤立死した事案で現場清掃を行う府内の業者は、「孤立死は遺体が相当傷んでしまっているケースも多く、弔いも十分にできないこともある」と話す。家族や知人、近所の人が孤立死した時に「あの時こうしておけばよかった」と後悔しても遅い。 東淀川の女性と同様の事件は、昨年2月、さいたま市のアパートで親子三人が餓死しているのが見つかったほか、今年5月には大阪市北区のマンションで死後数ヶ月が経過し、体の一部がミイラ化した母子が衰弱死しているのが発見されている。 貧困を軽減するためには生活保護などを利用することが重要で、そのためには行政の積極的な関与が欠かせない。役所に来るすべての相談者をケアすることは現実的には不可能だが、今回のようにリスクが高い相談者は継続的に見守っていくことが必要との指摘もある。

 ※ 団地ならずとも地縁の希薄なる昨今、冬ざれや隣りは何をなさる方 ? 



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 本日12月21日、日光猿軍団 ついに「卒業式」です。

 おサルさんたちに卒業証書 年内閉園の日光猿軍団

 猿回しの集団芸「お猿の学校」で人気を集めた栃木県日光市のテーマパーク「日光猿軍団」で21日、年内で閉園するのを前にサルたちに卒業証書を手渡す一日限りの特別演目「卒業式」が披露された。 校長役の間中敏雄さん(65)が揃いの制服を着たサルたちを呼び、「得意の決めポーズでみんなを楽しませてくれました」と話し、それぞれに卒業証書を手渡した。多くのサルはすぐに卒業証書を投げ出し、一緒にもらったイチゴなどの好物を食べ始めると、観客から笑いが起こった。

 母親と来園した栃木県高根沢町の吉田陽美ちゃん(5)は「おもしろかった。なくなるのはさびしい」と話した。 日光猿軍団は1992年に開園、サルが生徒を演じる集団芸で90年代に脚光を浴びた。東日本大震災後に外国人調教師が帰国し、調教が難しくなり閉園が決まったもの。 22日から最終日の31日までは、卒業したサルの進路相談などをテーマにした公演を開く予定。

 ※ 外国人調教師は被曝を懼れて帰国。猿も日本人も逃げるべき国がない。



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 ◇ 福島原発事故 「全員帰還」断念で慰謝料を一括支払いへ

 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は22日、東京電力福島第1原発事故で帰還の見通しが立たない地域の住民に対し、精神的損害への慰謝料を一括で支払う方針を決めた。政府・与党が住民の「全員帰還」の原則を断念したことを踏まえ、住み慣れた地域での生活を断念せざるを得ないことに対して賠償する。これまで帰宅困難者らに支払ってきた慰謝料(1人月10万円)などを参考に算定基準を検討し、年内にまとめる新しい賠償指針に盛り込む。 対象は、避難指示が事故後6年以上続く可能性のある「帰還困難区域」(年間積算放射線量50ミリシーベルト超)と、周囲の大半が帰還困難区域で帰還後の生活に支障が見込まれる地域。

 これまで精神的損害への慰謝料は、避難指示解除準備区域(同20ミリシーベルト以下)は12ヶ月分▽居住制限区域(同20ミリシーベルト超50ミリシーベルト以下)は24ヶ月分▽帰還困難区域は60ヶ月分が既に支払われている。 新指針では、避難指示の解除後1年間で慰謝料を打ち切る一方、避難指示が長期化する地域に対しては一括賠償する。この日の審査会では、避難指示が7年続いたと想定し、解除後1年を含む8年分(1人960万円)の参考値が示された。 移住先の住宅を確保するための賠償も盛り込む方針で、事故時に借家に住んでいた被害者に対する賠償方針も新たに示した。公共用地取得の場合の借家人への補償算定基準(最長4年)の2倍の8年を目安に検討する。【斎藤有香】



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   ◇ 今日の誕生花・ケヤキ(ニレ科)

   花言葉は、「重厚」。

   尾花枯れて石あらはれぬ墓か否か   子規

   その辺を一廻りしてただ寒し   虚子

   一つ灯を妻と分け合い賀状書く   高村寿山

   いづくにか在りたる冬至南瓜切る   皆吉爽雨

   吾子はをみな柚子湯の柚子を胸に抱き   山口青邨

 村を守る藁の大蛇をからませて 天にそびゆる欅の大樹  鳥海昭子


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   冬蝶の日向セルロイドの匂ひ   櫛原希伊子

 小春日和の庭に、どこからともなく蝶が飛んできた。成虫のまま越年する蜆蝶などもいるから不思議ではないけれど、さすがに飛び方は弱々しい。蝶もはかなげなら、蝶を招いた「日向」もはかなげである。見ているうちに、ふっと作者は「セルロイドの匂ひ」を感じたと言うのである。セルロイドはその昔、玩具の人形などによく使われたから、とくに女の子にとっては匂いも忘れられないだろう。青い目の人形は「アメリカ生まれのセルロイド」という歌もあった。余談ながら、男の子の玩具にはブリキ製が多かったので、匂いではなくて触感として残っている。でも、男の子にもセルロイドの匂いがわかっているのは、下敷きなどの文房具に使用されていたためだ。

 さて、掲句のユニークなところは、冬蝶のいる日向全体の雰囲気をよく伝えるために、視覚ではなく嗅覚をもって押さえたところだと思う。それも実際の場所には存在しない記憶の中の匂いだから、こちらも冬蝶のいる日向のようにはかなげである。はかなげではあるが、しかし、多くの人が懐しくよみがえらすことのできる匂いという意味では、強い説得力を持つ。すなわち、人には臭覚を通じたほうが、情景がよりよく見えてくるということも起きるということ。五官の区別は便宜的なものであって、私たちは目だけで物をみたり、鼻だけで匂いをかいだりしているのではないということですね。『きつねのかみそり』(2002)所収。(清水哲男)

   冬蝶の日向の色となりにけり    星野高土

   冬蝶の夢見むとゐる伽藍かな      藤田湘子

 ※ 庭の隅を掃除していたら、黄色い蝶が弱々しげに羽ばたいた。辛うじて生き延びてきた蝶の“安息の場”を、私が奪ってしまったようだ。どう見てもこのままでは、じきに死んでしまうように思えた。掌にのせて部屋に運んだ。電気ヒーター・サンルームの前に置いて、水だけを与えている。既に二週間ほどが経過したが殆ど動かない。これまで、移動して水を飲む姿を二度だけ見た。たまには生存確認のために羽をつついてやると、わずかに肢を動かす。蝶と共に暖をとっていると、お互いを励ますような気分になって感情移入がすすむようだ。(2013.12)


 【参照】12月21日、『エマニエル夫人』封切り(1974年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46136414.html

 【参照】12月21日、熊本県花園町の「甘酒まつり」(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25708124.html

 【参照】12月21日、東寺 終い弘法(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39020337.html

 【参照】12月21日、田村寺の南瓜ぜんざい(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49908281.html

 【参照】12月21日、全国で「皆既月食」(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51602613.html

 【参照】12月21日、TV『家政婦のミタ』最終回(2011年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52891831.html

 【参照】12月21日、マヤ暦の終末の日(2012年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53841725.html

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