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平成26年1月9日(木)昨日:首相、国立追悼施設に難色、「慎重に」。 安倍首相は8日夜のBSフジ番組で、靖国神社に代わる国立追悼施設を建立する構想について、「立派なものを作って、『今度はこっちですよ』ということが果たして成り立つかどうか、慎重に検討していくべきだ」と述べ、具体化に消極的な考えを示した。 靖国神社の役割については、「(戦没者の)亡くなったおじいちゃん、おばあちゃん、ご主人、奥さんと、魂が触れ合うのではないかと思うからこそ、靖国にお参りする」と指摘した。 また、「一国の指導者もお参りすることによって、(戦没者遺族の)気持ちも癒やされる。自分の夫は『国のために戦ったんだ』との思いを持つことができる。多くの遺族は国のリーダーが参拝することを望んでいる」と強調した。 ※ 「靖国神社に代わる」という発想は、日本人の誰にもあるまい。靖国は、良くも悪くも靖国であって、その代替施設などあり得ない。 流石に最近は見かけることがなくなったが、少し前までは「靖国の家」なるホーロー引きのプレートを玄関柱に貼ってあるお宅をよく見たものだった。それは、お国のために戦って名誉の戦死者を出した家、と云うお上のお墨付きのようなものだった。それは、裏を返せば夫を、息子を戦争に取られた遣る瀬ない代償でもあった。 「死ねば神として靖国に祀られる」、呪文の如く心に繰り返し、噴き出すさまざまな思いを封じ込めてきた親たち、女たち … 。紛れも無く戦争遂行の“道具立て”として、利用されてきた不幸な靖国神社。今さら、その靖国に代替施設などあろう筈もない。 だがしかし、海外の要人がわが国に来られて、表敬すべき国立の追悼施設が存在しないことは、極めて不都合である。日本の首相が海外でしている事を、わが国ではして頂けない状況がこれから先も続いてゆくのか。 靖国の“呪縛”を離れた、脱・宗教の国立追悼施設を切に願う。新たな追悼施設への「芯」は、平成生れの世代が真摯にその真を積み上げてゆく他あるまい。 1月9日は、西田佐知子の誕生日 です。 ◇ 西田佐知子( 1939年生まれ ) 75歳におなりです。 1971年の結婚後は、仕事をセーブし、オリジナル作品のほか歌謡曲・演歌・ニューミュージックなどのカバー作品も発表。レコーディング活動が中心となっていたが、1982年発売のシングルレコード「テレビを見ている女」を最後に、現在は専業主婦となっている。 『アカシアの雨がやむとき』 ほか 『エリカの花散るとき 』 ◇ 今日の誕生花・カンツバキ(ツバキ科) 花言葉は、「紅一点」。 いくたびも雪の深さを尋ねけり 子規 ※ 前書に「病中雪四句」とある連作で他に、雪ふるよ障子の穴を見てあれば 雪の家に寐(ね)て居ると思ふばかりにて、 障子明けよ上野の雪を一目見ん。 病臥の子規、雪に焦がれること甚だ切なり。葎さんも付き合ひきれぬ雪狂ひ。 悪なれば色悪よけれ老の春 虚子 ※ 「老の春」とは、老境の初春。「色悪」(いろあく)とは、歌舞伎の役柄で色男ではあるが性根は悪人という役。虚子の娘婿・眞下喜太郎が『虚子自選句集』の解説で、虚子を「悪が利く音羽屋の仁木弾正のようだ」と評した。曰く、「堂々としている。しぶとい。気兼ねをしてゐない。妥協なんかしない。間口ばかりでなく計り知れぬ奥行がある」。これを受けて八十の虚子が、悪は確かにその通りだが、せめて色男と言って欲しい、とのオヤジギャ句。 寒椿落ちたるほかに塵もなし 篠田悌二郎 初めてのまちゆつくりと寒椿 田中裕明 くれなゐといふ重さあり寒椿 鍵和田釉子 『 寒 椿 』 森 昌子(1986-06-29) 誰もいない小公園のカンツバキ 紅一点の無心のふかさ 鳥海昭子 |

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