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◇ 除夜の鐘身を投げ捨てて知恩院
若き修行僧が真後ろに身を投げ捨てて大鐘を撞く迫力の映像は、年越しの風物詩として定着しているようだ。若い身でなくては、到底為しえない体力勝負。さればこそ、投げ捨てているのは、己が煩悩であろうか。まことに痛快な煩悩昇華ではある。
◇ 煩悩を真つ向微塵に若き僧 後ろ向きなる体を捨てて
誰しも、そんな時代があっただろう。過ぎてしまえば、愛おしい感懐すら覚える。けれども、その時期にあっては、何とも扱い兼ねる厄介な“化け物”でもあったのだ。 中島みゆきの「時代」は、人それぞれの青春を想起させる。そして、何がしかの悔恨を新たにするだろう。
◇ 明日よりは心あらたに越年蕎麦
明日という日は、「明るい日」と書くのね♪ そんな歌があった。明日は、いつまでたっても明日で、やってはこない。あるのは今日だけ、あるのは今だけ。今と言う瞬間、瞬間を細々と紡いで、たよりないひと時を現出せしめるのみ。そんな「ひと時」を撚り合わせて、「わたし」なる者が始めて現れる。それが意に叶わぬ「わたし」であっても、そんな「わたし」と生涯を伴にしなくてはならないのだ。その他に「わたし」たちの生涯など、ありはしない。
【参照】看々臘月尽 「夢」一期(2013年)
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/54692410.html
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