今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成18年6月28日(水)昨夜:中日連勝止まる。巨人7連敗、月間16敗。


 1997年6月28日、神戸須磨児童連続殺傷事件の少年Aを逮捕。

 少年A(酒鬼薔薇聖斗)は中学3年生(14)の男子で単独犯。彼は淳君殺害前にも、2件の通り魔事件を実行し、うち一人は死亡。16歳未満ということで少年法が適用され、刑事責任は問わず医療少年院送致の処分。

 ○ 酒鬼薔薇からの手紙

 ボクの名は酒鬼薔薇聖斗、夜空を見るたび思い出すがいい
 酒鬼薔薇 聖斗
          神戸新聞社へ
 この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていた
ところ、報道人がボクの名前を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言って
いるのを聞いた人の名を読み違えるなどこの上もなく愚弄な行為である。

 表の紙に書いた文字は暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りない
ボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたい
こともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。
今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時から
ボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなど
という行為はとらないであろう。

 やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたの
である。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までもそしてこれから
も透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中だけでも実在
の人間として認めて頂きたいのである。

 それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育
を生み出した社会への復讐も忘れてはいない。だが単に復讐するだけなら、
今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない そこで
ぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたの
である。
 すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味
でもあり存在理由でもあり、また目的でもある殺人を交えて復讐をゲームと
して楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へ変えていけばいいのですよ、そうす
れば得るものも失うものもなく、それ以上でもそれ以下でもない君だけの
新しい世界を作っていけると思います。

 その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しを好きなのかは分からない。持って生まれ
た自然の性(サガ)としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは
日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの
痛みを和らげる事ができるのである。
 最後に一言
 この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の
存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名前が読み違え
られたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察
の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらし
くそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。

 ボクの存在をもみ消そうとしているのではないかね ボクはこのゲームに命
をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけ
ろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今度
一度でもボクの名前を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週
間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら
大間違いである。ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている。

 P.S 頭部の口に銜えさせた手紙の文字が、雨かなにかで滲んで読み取り
にくかったようなのでそれと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。

 さあゲームの始まりです
 愚鈍な警察諸君
 ボクを止めてみたまえ
 ボクは殺しが愉快でたまらない
 人の死が見たくて見たくてしょうがない
 汚い野菜共には死の制裁を
 積年の大怨に流血の裁きを
  SHOOLL  KILLER (注:学校のスペルはSCHOOL)
  学校殺死の酒鬼薔薇


 ○『酒鬼薔薇事件、最愛の娘を奪われて』山下京子(山下彩花ちゃん・母)

 平成9年5月27日早朝、神戸市立友が丘中学校校門前で、男子児童の遺体の
一部が発見された。事件は現場に残されていた手書きのメッセージから「酒鬼
薔薇事件」と呼ばれるようになる。一カ月後、逮捕された犯人は驚くべきこと
に14歳の中学三年生。しかも、男子児童殺害以前にも、少女一人を殺害、三人
を負傷させていたことがわかった。被害者の一人、故山下彩花ちゃんの母親、
山下京子さんによる手記。

 「ずっとそばにいるよ 姿は見えなくても」

 娘・彩花が通っていた竜が台小学校の正門に小さな桜がたたずんでいます。
植えられて二年目となる今年も、細い枝にまだ頼りなげな花を、それでも一生
懸命に咲かせることでしょう。その桜にかけられた小さなプレートに、冒頭の
言葉が刻まれています。
 97年3月、私は最愛の娘を何者かの手によって奪われました。彩花のほかに
も三人の少女が相次いで負傷しながら、犯人像は見えないまま、五月には小学
六年生の男児が無惨な形で殺害されました。世にいう「酒鬼薔薇事件」です。
やがて逮捕された犯人は、まだ十四歳の中学生でした。

 日本中が、来る日も来る日も事件の話題一色だったような日々でした。人間
とはこんなに残酷で愚かな生き物なのか。多くの人々が、一連の事件によって
人間への希望と信頼を失っていったように思われました。私にとっては、自宅
から家族が脱出しなければならないようなメディア・スクラムを受けながらも
どこかでサスペンスドラマを見るような、手ごたえのない虚しい日々でした。

 このままでは、彩花の生きた十年の歳月が世の中に絶望を広げるだけの人生
で終わってしまう……。なんとかしなければという思いが募っていたある日、
以前に私からお訪ねしていた一人のジャーナリストが、わが家を訪問してくだ
さったのでした。
 「本を書くつもりはありませんか。ただし、被害者からの告発のようなもの
ではなく、もっとも絶望している側から、今こそ社会に希望を発信していくの
です」その人の思いは、そのまま私の思いであり家族の思いでもありました。
そこから『彩花へ――「生きる力」をありがとう』という一冊の本が生まれま
した。出版してまもなく、千通を超す手紙が返ってきました。そしてそれは、
哀れみや同情の手紙ではなく、「私たちこそありがとう」という娘への感謝の
手紙でした。ああ、彩花の生きた時間は、これで価値あるものになった。その
喜びが、今度は私たち一家を大きく蘇生させてくれたのだと思います。

 幸福とは何か
 残念ながらこの神戸の事件を引き金にするかのように、その後も少年による
残虐な事件が続きました。娘の命を奪った少年を崇拝するような同世代たちも
いると聞きます。いったい、世の中の何がどう狂ってしまったのか。単に教育
の場で「命の尊さ」を訴えたところで、家庭で「しつけ」を厳しくしてみたと
ころで、何も変わらないように思うのは私一人ではないと思います。

 最愛の娘を奪われるという、もうけっして修復する事のできない喪失を経験
したことで、私たち夫婦は「生とは何か」「死とは何か」そして、「幸福とは
何か」ということと向き合わざるを得なくなりました。娘をめぐる本を書くと
いう作業は、そのまま、こうしたテーマとの格闘となりました。いかに私たち
の国ではこういうことがなおざりにされてきたのか。その事も痛感しました。

 事件のあと、亡くなった娘のことを思うと、自分たちが何かを楽しんだりす
ること、それどころか何かを食べて美味しいと感じたり、笑ったり眠ったりす
ることにすら、私は罪悪感を感じていました。そういう袋小路を打ち破ってく
ださったのが、あの本作りを提案してくださったジャーナリスト・東晋平さん
の言葉だったのです。

 「遺された者が、どう立ち上がり、どう幸福になっていくかなんです。親子
一体と確信して、そう決めて、山下さん自身がふたたび生き生きと前進してい
くのです。同じ悩んで悲しむなら、生き生きと悩み、生き生きと悲しみましょ
うよ。何があっても自分で自分の胸中に希望の太陽を昇らせていくんですよ」

 今、この七年の歳月をふり返ってみて、私たち一家は人生の軸足を亡き娘で
はなく、遺された自分たち自身に取り戻すことができていたのだと思います。
自分の前進が、自分の勝利が娘の勝利につながっていく。そういう一本の希望
の糸があったからこそ、私自身もその後の乳ガンという出来事とさえ格闘する
ことができたのだと思います。

 なにごともないことが幸福なのだと、事件前の私は漠然と思っていました。
しかし、今の私はそうではないと大きな声でいうことができます。何があった
としても、どんな行き詰まりがあったとしても、そのことと悪戦苦闘できると
いうことが人間の幸福なのだ、と。

 昨秋、三冊目の本となる『彩花がおしえてくれた幸福』を出版させていただ
きました。事件当時に十三歳だったうちの息子が、この六年半をどう生きてき
たか。その事も、今回初めて東さんと息子との対話を経て、東さんのエッセイ
として収録していただきました。そこには、親としてわかっているつもりで、
いながらわかっていなかった、息子の苦悩がありました。

 加害男性は、やがて社会に出てくることになるのでしょう。私たち一家も、
悪戦苦闘の七年でした。絶対に元には戻せないという絶望を抱えながら、それ
でもなお、前へ前へと歩いてきました。亡き娘と一体で、幸福へ勝利へ希望へ
と必死で歩いてきました。

 加害者を許せるかと問われれば、それは永久に許す事はできません。しかし
私たちが絶望を抱えたまま、そこに希望を切り開いてきたように、彼にもまた
深い絶望を抱えたまま人間として蘇生していってもらいたいと思います。自分
という人間の輝きを発見することで初めて、彼は自分が奪ったものの真の価値
に気づくと思うのです。

 娘を失い、乳ガンで乳房を失い――と、私の場合はあまりに激しい暴風雨に
さらされましたが、じつはこの生老病死の苦しみは形こそ違え、なんぴとにも
必ず同じく訪れるものなのです。そのすべてを、人間というものの底力を証明
する舞台に変えていくことができるなら、人生はなんと素晴らしいものになる
だろうと思うのです。(『文藝春秋』 2004年4月特別号)

 ※ 殺した側も、殺された側も、等しく抱える心の闇。その闇の、耐え難き
までの暗黒を体感することにおいて、両者は通底する。決して接触することが
ないであろう両者は、皮肉なことに最も良き理解者たりうるのだ。
 人間とは、じつに不可解な存在だ。自分自身と、光そのものを直視する事が
できずに、他者の目を通して自画像を形成し、光がつくる影をみて物事を認識
する。人生の半ば過ぎまで悪戦苦闘し、壮老期に漸く自身の実体を捉えうる。
 あるいは、幸うすき者、人生の大いなる蹉跌に逢着し、悔いを千載に遺す事
あらん。かたや悪しき者、こなた善き者、と言うなかれ。世間は同じひとつの
揺り篭。我が彼ならざるは、我が徳にあらず。南無っ、大慈大悲観世音!

 【参照】5月27日、「酒鬼薔薇事件」発覚
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32984541.html

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今でもこのときの衝撃は覚えています。今いろいろな少年犯罪が増えていますがとてもとても悲しい子供たちの心の叫びのようにおもえてなりません。そこまでいくのに大人は何をしていたのか・・・深い深い闇はまだまだ深まりそうですね。写真がとてもとてもステキです。

2006/6/29(木) 午後 9:06 [ - ]


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