今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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ひまわり物語

 やっと梅雨明けになったようです。そこで盛夏のシンボル・向日葵の話題。

 ひまわりの花言葉は、「あなたを見つめる」「あなたは素晴らしい」
ほかに、「敬慕」「崇拝」「高慢」とあります。“高慢”とは誰を指すのかな?

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 向日葵にまつわる物語(いちずな思いを、むげになさるは、そも誰人?)

 ギリシャ神話で、水の妖精・クリュティエは太陽の神・アポロに愛された。
しかし、アポロは彼女に飽きてしまい、クリュティエは捨てられてしまいます。

 クリュティエは九日九夜、冷たい地面に座ったままで何も食べず過ごしました。
ただクリュティエの涙と、冷たい露だけが彼女の唯一の食べ物でした。

 クリュティエはずぅっと、太陽の神・アポロを見つめていました。朝、太陽が昇り
一日の航路をゆっくりと、アポロは馬車で天空を移動します。

 ついにクリュティエはその場に根を生やし、向日葵となってアポロの一日の航路を
見つめ続けました。一途な心で、太陽(アポロ)だけを見つめ続けて咲いている花、
ひまわりは、恋し続ける女性の化身とも云われています。(連想:あみん『待つわ』)

 ひまわりの 向日葵の文字 いと哀し

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 ひまわりの特性(女はいつまでも、待ち続けはしない!)

 ひまわりは太陽の方向に、首を振ると言われています。つぼみが開く直前までは、
蕾と葉は、常に太陽の方向を追います。しかも葉はどれもが光に当たるように8枚で
茎の周りを一周するように少しずつずれています。でも花が開いた後は、東を向いた
まま、動きが止まります。アポロを追い続けることをやめます!

 いさぎよき 未練をすてて 夏にたつ

 ※ 1997年、岡村孝子は読売ジャイアンツの石井浩郎と結婚、一女をもうけるが、
2003年には離婚する。めめしくも石井浩郎は離婚会見で、岡村孝子を評して、「人魚
だと思ったら、ほおじろ鮫だった」と言い放った。当然ながら、娘の親権は岡村孝子
が引き取った。花が開いて実がなれば、アポロなんぞ目じゃないんだよ。

 夏の虫 鈴虫蟷螂 いと哀れ  (元読売ジャイアンツ・石井浩郎)

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 平成18年7月31日(月)昨夜:岡田阪神12回ドロー、重い徒労感、首位と6差。
 巨人は中日に3カード連続の3タテ喫し、原監督の表情には拭い難い屈辱感が…


 7月31日は、柳田国男の誕生日です。

 柳田国男(1875〜1962)日本民族学の開拓者

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 兵庫県田原村辻川に医者・松岡操の六男に生れました。最初は文学を志し、詩集を作ったり短歌の投稿をしたりして、森鴎外・田山花袋・尾崎紅葉らと交流していましたが、東京帝国大学の政治科卒業後は、農商務省に勤務、1901年、柳田直平の養子となり。法制局参事官、貴族院書記官長を歴任しています。

 明治41年の夏、九州・四国を旅行したのですが、このときに宮崎県の秘境・椎葉村に一週間ほど滞在、村長の中瀬淳氏から古い伝承を聞き、これらに興味を持ちます。その年、彼の自宅を岩手県遠野出身の文学青年・佐々木喜善が訪問しました。佐々木が語る郷里の昔話に強い関心を持つに到る。

 そして翌年夏、遠野を訪問。その翌年、明治43年に、「遠野物語」の初版を出版。この物語集は佐々木や彼の協力者たちが集めてくれた話を整理したものですが、最初の版が出て大きな反響があり、結果的にこの時点から農政学者から民俗学者になっていきました。

 大正8年、朝日新聞社に入り後に顧問。晩年まで民俗学を中心とする研究に従事し、全国の口碑伝説を集め、雑誌「郷土研究」を主催。また伝承文芸、方言研究の分野にも多くの独創的研究を成し遂げ、平明な文章と広範な知識により日本民族学を樹立、普及させました。

 日本芸術院会員、日本学士院会員となり、朝日文化賞、文化勲章などを受けております。1909年の「後狩詞記」以後、次々と民俗学研究に業績を上げ、さらに研究者の組織化と指導に努めました。 著書に、「石神問答」「遠野物語」「雪国の春」「日本の昔話」「桃太郎誕生」「方言覚書」等があり「柳田国男集」に収められています。

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 漂着物にも注目した柳田国男は、明治31年の夏に、愛知県・渥美半島の伊良湖岬で散歩していた時、浜に打ち上げられている椰子の実を見つけます。驚きと深い感動を覚え、のちに親友の島崎藤村に語ったところ、それをモチーフにして「椰子の実」の叙情詩が生まれました。時は経て昭和11年、大中寅二により作曲され、NHKラジオ「国民歌謡」から全国に放送されるや愛唱歌として定着、今に親しまれて居ります。

 当時、東大在学中であった柳田国男は、黒潮に乗ってきた椰子の実を見つけたことから、日本民俗、日本文化の源流に着想を得、彼の民俗学が芽生えた地と言われる。

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 「椰子(やし)の実」島崎藤村・作詞、大中寅二・作曲

 名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ

 故郷の 岸を離れて 汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

 旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる 枝はなお 影をやなせる

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 われもまた 渚を枕 孤身(ひとりみ)の 浮寝の旅ぞ

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 実をとりて 胸にあつれば 新たなり 流離の憂

 海の日の 沈むを見れば 激(たぎ)り落つ 異郷の涙

 思いやる 八重の汐々(しおじお) いずれの日にか 国に帰らん


 東京書籍の「柳田国男の録音テープ」で謦咳に触れてみよう。
 http://www.tosho-bunko.jp/tyosyo_tusin_yanagida.htm

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