今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 亀田大毅、ホントに切腹か?(10月11日)
 亀田3兄弟の次男の大毅、王者内藤に敗れる

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 12回判定、大毅は12Rに反則行為で3ポイント減点、大差の判定負け

 世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチが11日に東京・有明コロシアムで行われ、王者の内藤大助(33)が、「亀田3兄弟」の次男で同級14位の大毅(18)を退けた。「亀田に勝つのは国民の期待」と言い放った内藤が初防衛を果した。日本人とは初対戦となった大毅は、日本プロボクシング史上最年少の世界王者奪取を逸した。

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 舌戦を繰り広げてきた内藤と亀田一家。初めて対面した10日の調印式で口火を切ったのは亀田兄弟の長男で、元世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級王者の興毅だった。ひな壇の内藤が意気込みを語っていた時、記者席に座っていた興毅が「内藤、チャンピオンやったら国民の期待に応ええよ」と仕掛けた。一瞬、唖然とした内藤は「誰?オレがしゃべってんだぞ」と応酬。

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 さらに、大毅が「負けたら切腹する」と宣言し、「おまえは負けたらどうすんのや?」。内藤が「そんな約束できない。おまえ、絶対やれよ」と苦笑いすると、大毅は「根性ゼロ」。亀田兄弟の父の史郎トレーナーも、「話にならん」と参戦。両者の因縁は、内藤が日本王者時代、外国人としか試合をしない亀田兄弟に、「たまには日本人とやろうよ」と挑発したことに始まる。

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 4日の予備検診で大毅は、内藤がかつて学校でいじめられた経験があることを取り上げ、「情けないチャンピオンを倒すだけ。おれはいじめっ子や」。史郎トレーナーも内藤を「ゴキブリ」とこき下ろしていた。内藤は「馬鹿にしすぎ。親までそんなことを言うか?そういうのを含めて負けたくない」と闘志を燃やしていた。

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 ◇ キャリアの内藤に軍配、大毅の一発は不発に終わる

 トリッキーな右ボクサーファイターの内藤と、右ファイターの大毅。両者のスタイルから、勢いを駆って前に出る大毅を、内藤がかわしながら勝機をうかがう展開が予想されていた。そして、その通りの結果になった。内藤は「ボクシングの怖さを知らないことが、逆に怖い」と大毅の無鉄砲さを警戒してきた。

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古田監督、最後の仕事

 ◇ ヤクルト・古田監督がオーナー報告(10月11日)

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 11日午後、今季限りでヤクルトの監督を退任し、現役も引退した古田敦也捕手兼任監督(42)が東京都港区のヤクルト本社を訪れ、堀澄也オーナーにシーズン終了の報告をした。最後の仕事を終え、集まった本社社員にねぎらいの言葉をかけられた古田監督は「18年間、よく頑張ってくれた、と温かい言葉をもらった」とにこやかに話した。

 注目される今後の生活については「球場の枠を飛び出して、野球の面白さを伝えていく、そういう活動をしたい」と意欲的に語った。(夫婦解説もありかな?)また球団側は、古田監督の背番号「27」は実績を積んだ選手だけが使用できる「名誉番号」に決まったと発表。

 ◇ 古田敦也の軌跡

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 ◇ 古田敦也の記録

 出場試合:通算2007試合(歴代37位タイ)
 捕手としての出場数は史上5番目の1959試合

 通算2000安打を2005年4月24日の広島戦で達成、史上32人目
 捕手では野村克也に次ぐ2人目、大卒→社会人では初。
 通算2096安打は歴代23位

 打率3割:3割以上8度は捕手として史上最多回数(野村克也は6度)
 1991年には首位打者を獲得

 4連発:2003年6月28日の広島戦で史上17人目(18度目)の4打数連続本塁打
 1試合4発は史上5人目

 盗塁阻止率:リーグ1位は18年間で10度記録。
 1993年 .644、2000年.630と6割以上が2度

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 ベストナイン(捕手)獲得回数9度は歴代3位、セ・リーグで最多
 ゴールデングラブ賞10度は歴代2位、セ最多

 オールスター:選手として1990〜2006年に17年連続で出場
 1992年第2戦では史上唯一のサイクル安打達成、1991年と1992年でMVP

 日本シリーズ 92、93、95、97、01年の5度出場。92年以外の4度日本一
 1997、2001年にMVP獲得



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 ※ 「また逢いましょう」、
 平成19年10月11日(木)昨日:首相代表の自民支部の不適切寄付は計820万円。

 福田首相が代表を務める自民党群馬県第4選挙区支部が2003、2005年の衆院選前、国の事業を受注していた設備工事会社「藤田エンジニアリング」と子会社の空調設備会社「藤田テクノ」から計400万円の寄付を受けていた問題で、藤田テクノから衆院選前に受けた献金はこれ以外に200万円あったことがわかった。

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 同社は選挙期間中を含む2003年度、農林水産省関東森林管理局から計約290万円の設備保守業務などを請け負い、同年10月の衆院選公示12日前に200万円を寄付していた。同支部が、国と契約を結んでいた企業から衆院選公示日前後に受けた寄付は、返金分も含め計4社、820万円。福田首相は10日の衆院予算委員会で「国の仕事をしていることを一切承知せずに受けてしまった。大きな過失だ」と述べた。



 10月11日は、モーリヤックの誕生日です。

 ◇ フランソワ・モーリアック(1885〜1970)

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 ボルドー生まれのフランスの作家。幼いとき父を失い、カトリック信仰の篤い母の手で育てられる。ボルドー大学に学んだのち、20歳でパリに出て、古文書学校に学びながら詩や小説を書き始め、コクトー、バレスらと交わる。第一次大戦には看護兵として従軍、1922年の小説「癩者への接吻」で新進作家として認められ、以後次々と作品を発表。評論家としてもすぐれた業績を残す。

 第二次世界大戦にはレジスタンス運動に加わり、「黒い手帳」「とかれた猿轡」を著す。戦後反共の道をとるものの、アルジェリア事件では反植民地主義を主張し、一貫して反ファッショの立場を貫く。代表作に、「火の河」「愛の砂漠」「夜の終わり」「黒い天使」「テレーズ・デスケルウ」「海への道」「パリサイの女」「蝮のからみあい」など。1952年ノーベル文学賞を受賞。ボルドー地方を舞台とした作品で、「神なき人間の苦悩」を描くカトリック作家の代表としての地位を築く。

 「人の心が苦しめば そこにキリストが住まわれる」  モーリヤック


 ◇『テレーズ・デスケルウ』(遠藤周作訳/講談社文芸文庫 \956)

 テレーズが夫・ベルナールを毒殺しようとするに至る心理描写と、風景描写が詩的緊張をもって絡み合う。毒殺は未遂に終わるが、被害者である夫の偽証によりテレーズは救われる。それはスキャンダルを懼れる夫の打算でしかなかったのだ。世間体を憚って離婚はせず、テレーズとは別居する夫。

 夫は、テレーズがなぜ自分を殺そうとしたのか考えようともしない。テレーズには全く無関心であった。社会道徳にしばられた夫と、生きることの退屈さを嘆くテレーズとの対照は、陰鬱で出口のない、やりきれない心理が累積してゆく。モーリアックをしてノーベル賞を受賞せしめた一編。

 テレーズは夫のベルナールを嫌ってはいない。けれど、ただただうとましい。同じ空間で呼吸していることに耐えられないほどの限界を感じている。ベッドで寝返りをうった夫の体は、気味の悪いような生暖かさだった。片手で向こうへ押しやる。だが、じきに夫は体を再び押しつけてくる。ひと晩のうちに何度こんなことを繰り返すのだろう。一生のうちに何度こんなことを繰り返さねばならないのだろうか。二度とこちら側に寝返りがうてないような、遠い彼方にこの人を押しやってしまいたい。

 不幸なことにベルナールには、なんらの落ち度もなかった。少なくとも社会的にみれば、何の瑕疵もなかったのだ。それこそがテレーズには、耐え難い苦痛だった。夫婦の間に諍いがあるわけでなし、そもそも喧嘩になるほどの交流すらない。経済的にも頗る安定しており、テレーズが文句を言う筋合いなど何処にもなかった。これでは、テレーズの悲劇は無限に続くかのようだった。

 或る日、テレーズは家を出ようと決めた。だが、その日は凄まじいばかりの猛暑日だった。こんな暑い日に出て行く気にはなれない。テレーズは夫・ベルナールの毒殺を心中に計画する。自分自身を変えられなかったテレーズは、夫の存在を変えることにしたのだ。

 ※ テレーズ=ラテン語のテレジア=スペイン語のテレサ=聖女の名。

 「ぼくの小説のすべての主人公よりもさらに汚れた作中人物を、ぼくが考え出したのをみて、多くの人は驚くだろうが、美しい秘密に満ち、暗い秘密を心に持たぬ人間については、ぼくは何も言うことなどできないのである。内に暗い秘密をもたぬ人間は語るべき何もないからだ。ぼくが知っているのは、ただ泥のように汚い肉体に隠れまじった心の物語なのだ」 モーリアック。

 カトリック教徒・モーリアックと『テレーズ・デスケルウ』との乖離に作家自身も懊悩し、翌年に『キリスト者の苦悩』、2年後に『キリスト者の幸福』を書く、さながら帳尻合わせのように。彼に心酔した遠藤周作も、その乖離に苦しんだ。その苦しみの中から、『海と毒薬』『沈黙』が生まれた。


 「わたしはよく読者からこんな質問を受ける。あなたはあなたの小説のなかで扱われている醜悪なものをどこから探し出してくるのですかと。するとわたしは目を伏せて答えざるをえない。マダム、それはわたし自身のなかからです」 モーリヤック


 【参照】10月11日、オクトバーウィンク
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21441661.html

 【参照】10月11日、賽銭泥が延暦寺放火
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21479323.html

 2005年10月11日、岐阜県伊深・正眼寺、諸堂改修落慶法要。
 ◇ 映画「アバウト・シュミット」2002年 アメリカ 125分

 人生の孤独を感じた偏屈な男を描くヒューマン・ドラマ

 監督・脚本:アレクサンダー・ペイン/脚本:ジム・テイラー
 原作:ルイス・ベグリー/音楽:ロルフ・ケント

 出演:ジャック・ニコルソン、キャシー・ベイツ、ホープ・デイヴィス
 ダーモット・マローニー、ハワード・ヘッセマン、レン・キャリオー

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 アメリカ中西部ネブラフスカ州オマハ。この日、勤め先の保険会社・ウッドメンで定年退職の日を迎える66歳のウォーレン・シュミット(部長代理)。彼はこれまで妻・ヘレンと、今は離れて暮らす娘・ジーニーと共に、平凡だが特に不満のない人生を送ってきた。だが、次の日から彼は全く新たな人生を歩むことになる。朝、目覚めてみると、シュミットは会社中心の生活リズムが染みついていたせいで、手持ち無沙汰の苦痛を味わう日々を迎える。

 何となく歩いていると、知らぬ間に元のオフィスにたどり着いてしまう。少し前まで自分の部署だった部屋をノックする。そこには自分の後継者が忙しそうに働いている。さりげなく、何か業務上の事で分からないことはないかと問いかけるが、完全に無視され冷淡に扱われてしまう。オフィスは自分を全く必要としていなかった。シュミットが引継ぎのために用意した書類の山は、開封もされずに、廃棄処分を待っていた。

 妻のヘレンは、そんな夫の淋しさを察して大型のキャンピングカーを買ってシュミットを驚かす。「これで、新しい人生の思い出を作るのよ」、作り笑いをしながら辟易するシュミット。特に不足があるわけではないが、これまで仕事人間だったシュミットと妻との間には、確かに深い溝があるようだった。

 そんなある日、ヘレンが急死する。葬儀の準備に追われるシュミットのもとへ、愛娘ジーニーが婚約者なる男・ランドールを伴い戻ってくるのだった。シュミットにとって、その婚約者はヒドイ男に思えた。シュミットは別れたほうがいいと助言するが、娘の反発を買うのみだった。逆に母への愛情のない仕打ちをなじられる始末。

 妻の荷物整理をしていると、不倫の手紙を見つけてしまう。相手は自分の親友だった。憤然としてシュミットは妻の遺品などを廃棄し、相手の男を問答無用で殴るのだった。全てに嫌気のさしたシュミットは、キャンピングカーで旅に出る。運転しながらシュミットは、悪いのはむしろ自分だったことに気づいてゆく。(このあたり、ロードムービー風)

 そんな時、シュミットはテレビCMで、チャリティープログラム(チャイルドリーチ)の活動を知る。「月22ドル(1日わずか72セント)哀れみで命は救えません」、気まぐれで応募してみる。小切手と一緒に、なるべく個人的な内容の手紙を同封するように、と書かれていた。

 シュミットは暇つぶしのように手紙を書いた。アフリカの少年へ、ンドゥグと言う名前の少年に、その時その時の自分の澱んだ気持ちを吐き出すように、手紙を書き続けた。それは決して少年のために書く手紙ではなく、自分の鬱憤を晴らすためだけのものだった。妻を亡くし、家の中が混乱を極めるやもめ男の、唯一の息抜きのようになった少年への手紙。

 やがて、愛娘ジーニーがランドールと結婚する日が近づいた。ランドールの家に泊まったシュミットは、ランドールの店で販売しているウォーターベッドに寝かされ悪戦苦闘する。ひどい寝違いで翌朝は起き上がれぬ始末。意外にも無愛想だったランドールの母親がかいがいしく世話をしてくれた。だがシュミットは、結婚式の当日ある決意をもって臨んだ。土壇場でジーニーに、ランドールとの決別を迫る魂胆だった…、


 ◇ シュミット「取るに足らない人生だった」、一隅にただ一輪咲きにけり

 …、そんな事は結局できず仕舞いで、ある意味感動的なスピーチに終わったシュミットは暗い思いに沈んでいた。自分の人生はつまらないものだった。私が死に、私を知る者も死んだら、私は存在しなかったも同じだ。誰が私に影響を受けただろうか。そんな人間なんて居るはずもない。

 無力感に打ちひしがれてシュミットは、誰も居ない自分の広い家に戻った。一通の封書が届いていた。怪訝そうに開封するシュミット。手書きの丁寧な文字で書かれているその手紙は、シュミットが寄付を送り続けているカトリック女子修道会の修道女からのものだった。「私は、あなたが寄付をして下さっているカトリック女子修道会で働く者です。タンザニアの小さな村で奉仕しています。(中略)ンドゥグは6歳で、まだ読み書きは出来ません。でも彼はあなたの幸せを願っています。それで、絵を描いてもらいました。お送りいたしますので、どうかお受け取り下さい。シスター・ナディーヌ」。

 シュミットが折りたたまれた絵を開いて見ると、それはとても稚拙な絵であった。殆ど線のみで描かれたその絵には、大人と子どもが描かれていた。おそらく、大人はシュミットで、子どもはンドゥグなのだろう。何の変哲もない稚拙な絵を見ていたシュミットは、いつしか大粒の涙を流していた。自分の人生に意味を見失っていたシュミットにとって、ンドゥグの絵は、この上なく嬉しいものだった。

 絵の中で、シュミットとンドゥグは、しっかりと手を結んでいたのだった。

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 「アバウト・シュミット」GyAo放送期間:11/5(月)正午まで
 http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0043916/


 「アバウト・シュミット」予告編


 「アバウト・シュミット」ラストシーン

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