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◇ 『老人と孫の肖像』ドメニコ・ギルランダイオ(1449〜1494) 赤瘡によって損なわれた鼻を持つ年老いたフィレンツェの貴族とその孫の肖像。実際には、老人の死後に描かれたものかも知れない。温和で慈悲深い眼差しを向ける老人と、彼の腕の中に抱かれながらも老人の鼻を不思議そうに見上げるブロンドの巻き毛の孫。「生」を渇望する「老い」と、「生」の只中にあってそれを知らぬ「若さ」と、冷厳なる事実がもたらす一枚。 ◇ 老人と孫の肖像(絵の無い画集、No.325) わたしには見える。 この肉体がことごとく、塵となって風に吹き飛ばされていくのが。 あとには白い骨が残るが、それもやがては砂となって崩れていくのだ。 わたしには見える。 わたしという存在の全てが消えていくのが。 わたしの富も名声も、なんの意味も持たなくなる時が来るだろう。 それでも、わたしはまだ生きている。 つまらぬ思いで、不愉快な顔をして過ごしたくはない。 何か意味のあることをしたいとも思うが、 何もしないことこそ、期待されているのだろう。 静かに穏やかに、はた迷惑にならずに退場することを望まれている。 それで良かろう。 苦渋と憂鬱とに満ちた表情で、周囲を暗くしてはならぬ。 命の残り火を、せめて微笑みに費やそう。それでいい。 無邪気な子供は、老人の思いとは関わりなく、鼻のイボイボを見て、「おじいちゃん、おはな、どうしたの?」と尋ねる。 周囲の大人たちは決して触れようとしない自分の鼻のことを、ためらいもなく、この子は聞いてくれるのだ、愛すべき者よ。 老人は、こころの中で、呵呵大笑する。 ※ ちるさくらのこるさくらも 散るさくら ふるさとまとめて花いちもんめ
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