今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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老いさらばえて…

 ◇ 『老人と孫の肖像』ドメニコ・ギルランダイオ(1449〜1494)

 赤瘡によって損なわれた鼻を持つ年老いたフィレンツェの貴族とその孫の肖像。実際には、老人の死後に描かれたものかも知れない。温和で慈悲深い眼差しを向ける老人と、彼の腕の中に抱かれながらも老人の鼻を不思議そうに見上げるブロンドの巻き毛の孫。「生」を渇望する「老い」と、「生」の只中にあってそれを知らぬ「若さ」と、冷厳なる事実がもたらす一枚。

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 『Old Man with a Young Boy』(ルーブル美術館)
 http://tinyurl.com/24xhlt


 ◇ 老人と孫の肖像(絵の無い画集、No.325)

 わたしには見える。
 この肉体がことごとく、塵となって風に吹き飛ばされていくのが。
 あとには白い骨が残るが、それもやがては砂となって崩れていくのだ。

 わたしには見える。
 わたしという存在の全てが消えていくのが。
 わたしの富も名声も、なんの意味も持たなくなる時が来るだろう。

 それでも、わたしはまだ生きている。
 つまらぬ思いで、不愉快な顔をして過ごしたくはない。
 何か意味のあることをしたいとも思うが、
 何もしないことこそ、期待されているのだろう。

 静かに穏やかに、はた迷惑にならずに退場することを望まれている。
 それで良かろう。
 苦渋と憂鬱とに満ちた表情で、周囲を暗くしてはならぬ。
 命の残り火を、せめて微笑みに費やそう。それでいい。

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 無邪気な子供は、老人の思いとは関わりなく、鼻のイボイボを見て、「おじいちゃん、おはな、どうしたの?」と尋ねる。

 周囲の大人たちは決して触れようとしない自分の鼻のことを、ためらいもなく、この子は聞いてくれるのだ、愛すべき者よ。

 老人は、こころの中で、呵呵大笑する。


 ※ ちるさくらのこるさくらも 散るさくら ふるさとまとめて花いちもんめ

11月20日、山梨県民の日

 平成19年11月20日(火)大阪市長選惨敗:「自民党は組織が崩れかけている」。

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 今回は自民党の伊吹文明幹事長や古賀誠選挙対策委員長、公明党の太田代表ら幹部が告示前後から何度も大阪入りした。公明党は大阪市を小選挙区に含む大阪3区、5区、6区で3人の衆院議員がいるが、今回の市長選では、いずれの選挙区でも新顔に競り負けた。同党の選対幹部は「危機的だ。参院選で惨敗した流れが変わっていない。自民党は組織が崩れかけている」と指摘。

 与党内では解散・総選挙を急ぐべきでないとの声も強まりつつある。古賀氏は19日、秋田市で記者団にこう語った。「任期はあと2年ある。3分の2なんて議席は到底及ばないと思っているから、考え方によっては(2009年9月の)任期満了でもいいんじゃないか」。

 福田首相は19日、「ま、地域の選挙ですから」と記者団に語り、平静を装った。5万票の大差が総選挙に影響しないかと問われると「だから、いま申し上げたように地域の選挙ですから」と遮り、いら立ちを隠せなかった。


 11月20日は、【山梨県民の日】です。

 1871年(明治4年)のこの日、甲府県が山梨県と改称されたのを記念して
 1986年(昭和61年)3月26日に制定した。新暦では12月31日になりますが、
 旧暦のままで祝っています。県獣は特別天然記念物のカモシカ。

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 山梨県で最も有名な人と言えば、やはり武田信玄公。彼の旗印である
 「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如し
 侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」の「風林火山」は、
 良く知られるところ。

 ライバル上杉謙信と雌雄を争う川中島。信玄と謙信とは、この川中島で5度戦い、それは足掛け12年にも及びました。一般に名高いのが4回目、1561年9月に川中島八幡原を中心に繰り広げられた合戦。まさに両軍が真っ向から力押しした決戦でした。
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 この合戦は両軍合わせて3万の兵が戦い、6千人の戦死者を出したと伝えられる史上稀にみる激戦だった。武田の軍師・山本勘助が敵の背後をつく奇襲「啄木鳥(きつつき)戦法」をとるも、上杉軍はこれを見破り、霧を利用して手薄になった武田軍本陣を衝く。両軍入り乱れた混戦のさ中、世上有名な信玄・謙信の一騎打ちがあったとも伝えられます。この戦いも両者痛み分けの形で終わります。

 ※ 旗印・風林火山は有名だが、武田家が重大な事柄を決して誓詞を固めるときに登場するのは「御旗、楯無し」と言われるもの。御旗(みはた)=諏訪法性大明神の御旗、楯無し(たてなし)=家宝の甲冑に誓うことで、団結を図った。武田家は、配下の重臣がそれぞれ領地を有し、武田家直轄の所領は少なく、固い絆で結ばれていることが大前提であった。

 「人は石垣、人は城」とは、本格的な城郭を持たなかった武田家を表すものであった。そして、この時代は守護大名(中央集権的)から戦国大名(下克上的)への転換期であり、信長はその先駆的存在だった。


 【参照】11月20日は、萬屋錦之介さんのお誕生日
 11月20日、東京国際女子マラソン、高橋尚子が復活優勝(2005年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/23958497.html

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