今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 <中日4−0ヤクルト>(15日)ナゴヤドーム

 勝利投手 [中日] 朝倉(3勝3敗)
 敗戦投手 [ヤクルト] 館山(0勝1敗)(7回2失点、14奪三振)

 中日は、16三振を奪われ、8安打4得点(ヤクルトは9安打)
 館山がめざましい好投で、中日は紙一重で守り勝ったかたち。
 今日の中日の1勝は、とても価値がある。ヤクルトには、悔しい負けとなった。

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 8回裏、ウッズの2ランが出たが、遅すぎる。もっと早いイニングで打たなければ4番じゃない。



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 5月15日、「伊丹十三記念館」(松山市)がオープンしました。館長は宮本信子さん。


 5月15日は、故・伊丹十三氏の誕生日に当たります。
 昨日、報道陣に公開され、今日から一般公開されました。

 高校時代を松山市で過ごした伊丹さんは、一六タルトのCMにも出演していた。
 (一六タルト=愛媛の郷土菓子、餡入りロールケーキ。一六本舗のタルト。)
 ※ ポルトガル語で、ロールケーキを意味する『torta』が由来とか。

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 「伊丹十三記念館」(松山市)   ↓ 一六タルト
 http://www.itami-kinenkan.jp/

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 記念館は二階建て。妻で女優の宮本信子さんが館長を務める。常設展示室で伊丹さんのさまざまな面を、十三の名前にちなんで13のコーナーに分けて紹介します。収蔵室では映画の台本やフィルム、日記など約350点を展示します。 テーマを設けて企画展示するスペースもあります。初回のテーマは、映画「お葬式」。神奈川県の湯河原で撮影された一場面のセットを再現しています。


 ◇ 伊丹十三(本名:池内義弘<岳彦>)(1933年〜1997年)

 俳優・映画監督・エッセイスト・商業デザイナー・イラストレーター・CM作家。バイオリン等の演奏や画家・料理通・乗り物マニアとしても有名。大江健三郎は義弟。

 父は松山出身の映画監督の伊丹万作。高校時代を愛媛県松山市で過ごす。商業デザイナーを経て俳優になり、ユニークな仕事ぶりで知られた。1984年、「お葬式」で監督デビューした。1997年12月20日、伊丹プロのある麻布台のマンションから投身自殺。享年64。


 出演映画では「家族ゲーム」が印象に残るが以下、監督作品。

 「お葬式」(1984年)、「タンポポ」(1985年)、「マルサの女」(1987年)
 「マルサの女2」(1988年)、「あげまん」(1990年)、「ミンボーの女」(1992年)
 「大病人」(1993年)、「静かな生活」(1995年)、「スーパーの女」(1996年)
 「マルタイの女」(1997年)

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 ※ ヒット狙いの作品が多すぎた。撮りたくて撮った「静かな生活」は、不幸にも興行的には大失敗だった。それは資金的には自転車操業だった伊丹には苦しかった。 対照的に北野武は終始、自分の撮りたいものだけを撮った。ヒットしようがしまいが、徹底的に自分の世界を追求した。そして、世界に認知されてゆく。資金力の有無が、ふたつの才能を振り分けたのだろうか。

 作品的には第1作の「お葬式」がベストで、ここに伊丹の全てが凝縮している。いかにも彼好みの、意地の悪い心理描写が随所に見られ、出色の出来だった。

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5月15日、葵祭

 平成19年5月15日(火)筑紫哲也氏(71)が肺癌告白、「NEWS23」は今日から休養。

 休養中の代役は立てず、膳場貴子アナを中心に進める。復帰時期は未定。同局広報部は「本人の意向を尊重したい」とコメント。筑紫氏は愛煙家(超ヘビー・スモーカー)。



 5月15日は、「葵祭」です。

 葵祭は6世紀に始まり、正式には「賀茂祭」といい、五穀豊穣を祈願するもの。行列は1953年(昭和28)に復活。ヒロインの斎王代を中心とする女人列は1956年から。

 葵祭は京都市の賀茂神社、すなわち賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で行われる祭り。行列一行全員が平安装束を装い、女性と少年は舞台化粧と同じくの厚化粧をします。中世以前の文学などで、単に「まつり」といえば葵祭を指すとか。祇園祭、時代祭と共に京都三大祭りの一つです。

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 ◇ 葵祭・斎王代に森川さん、母娘2代でヒロインに (2007.04.12)

 京都三大祭のトップを飾る葵祭(5月15日)の第52代斎王代に京都市左京区の英語教室講師・森川香絵さん(26)が決まり、12日、発表されました。

 母の薫さん(58)も40年前に、第12代斎王代に選ばれており、母娘2代で祭のヒロインを務めることになる。母娘の斎王代の誕生は1989年以来18年ぶり。

 森川さんは両親から贈られたお気に入りの華やかな振り袖で会見に臨んだ。母の薫さんが斎王代を務めた時の写真が自宅にあり、「母のようになれたら、とあこがれていた」と。

 薫さんは「母娘で選ばれ幸せです。今回は斎王代の母として、サポート役にまわります」と喜びを語った。

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 ※ 斎王代

 斎王(さいおう)とは神社に巫女として仕えるために天皇家から差し出された内親王または女王のこと。現在では一般市民から選ばれるので斎王代(さいおうだい)と称する。


 ◇ 葵祭前に斎王代が身清める、下鴨神社で「御禊の儀」 (2007.05.04)

 葵祭を前に、ヒロインの斎王代や女官役の女性らが身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市左京区の下鴨神社で行われた。

 午前10時、斎王代を務める森川香絵さん(26)=左京区=は、十二単(ひとえ)をまとい、女官や童女(わらわめ)とともに大鳥居を出発。200メートル先の御手洗(みたらし)池に向かった。森川さんは、お払いを受けた後、照りつける日の光がきらめく御手洗池に両手を差し出し、水に浸して身を清めた。

 森川さんは儀式後、十二単について「1枚1枚を重ねるごとに重みを感じた」神事については「母と同じことをさせてもらい、不思議な感じがする。祭りまで穏やかに過ごしたい」と思いを語った。御禊の儀は、葵祭の前儀で1956年に復活。同神社と上賀茂神社(北区)で、隔年交代で行われている。



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 ◇ 御蔭祭(みかげまつり) (2007.05.12)

 15日に開かれる葵祭のために、荒々しい神霊(=荒魂<あらみたま>)を迎えて御祭神を若返らせる「御蔭祭」が12日、下鴨神社(京都市左京区)などでありました。

 下鴨神社の北東約4キロにある御蔭神社で荒魂を迎える神事を行った後、平安装束の神職や氏子ら約130人が行列をつくり、下鴨神社まで神馬(しんめ)と共に都大路を歩いた。

 下鴨神社に到着すると鮮やかな新緑の中、雅楽や舞を披露する「東游(あずまあそび)」が奉納されました。

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