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平成19年6月16日(土)昨日:猪瀬直樹氏が東京都副知事を受諾。
石原慎太郎知事は15日の定例記者会見で、副知事への就任を打診していた作家の猪瀬直樹氏(60)が受諾したことを明らかにした。14日夜、猪瀬氏から正式に受諾の意向を伝えられたという。石原知事は猪瀬氏について「国に発言力がある。博覧強記の人」と評価。都職員出身の3人の副知事と違って担当分野を決めず、国に対抗して都が主導する施策などでアドバイザーになるという。
猪瀬氏は15日「石原知事が国と戦ってほしいとおっしゃっていたので、分かりましたと言った」と語り、副知事として「中央省庁の権限を地方に移すことを一生懸命考えたい。国全体のためにも東京の力は必要」と述べた。石原知事が民間人から登用する副知事を「後継者」と位置づけると表明していたことについては、「できれば4年間副知事のキャリアを積んで出るのが望ましい」との意向を示した。
1243年6月16日は、鎌倉大仏(木造)の開眼式がありました。
大異山高徳院清浄泉寺は、神奈川県鎌倉市長谷の浄土宗寺院。「鎌倉大仏」として名高い阿弥陀如来を本尊とする。開基、開山ともに不詳。大仏造営の趣旨も詳らかならず。当初は青銅造りではなく、木造であった。沙門・浄光が諸国を巡り、勧進したと伝えられる。現・阿弥陀如来坐像は国宝。
当初は真言宗で、鎌倉・極楽寺開山の忍性など密教系の僧が住持となっていた。のち臨済宗に属して建長寺の末寺となったが、江戸時代の正徳年間(1711〜1716年)に江戸・増上寺の祐天上人による再興以降は浄土宗に属し、材木座の光明寺(浄土宗関東総本山)の末寺となっている。
『吾妻鏡』に暦仁元年(1238年)に木造の大仏の造像が開始され、5年後に完成したと記述される。同じく、建長4年(1252年)年に銅造の大仏が造られたという記述もあるが、木造大仏と銅造大仏との造像経緯については明瞭ではない。当初木造の大仏が造立されたのが、その後失われ、代わりに造られたのが今ある銅造の大仏だとされる。青銅大仏には金箔が施されていた。
銅造の大仏も当初、大仏殿のなかに安置されていたが、室町時代の水害で建物は倒壊してしまい、その後は露座のままになっている。
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