今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 <阪神3−6中日>(15日)甲子園  18:00開始

 勝利投手:川上憲伸(8勝4敗)
 敗戦投手:上園啓史(2勝2敗)
 セーブ:岩瀬仁紀(1勝2敗24S)

 本塁打 [中日] ウッズ23号2回ソロ

 [中日] 川上、岡本、岩瀬 − 谷繁
 [阪神] 上園、渡辺、江草、ダーウィン、橋本健 − 野口、狩野

 中日先発・川上憲伸は7回3失点。
 8回は岡本が三者凡退に抑え、
 9回は岩瀬が三者凡退に抑えた。

 中日ウッズが2回表、先制本塁打を放つ。5試合ぶりの23号ソロはバックスクリーンに飛び込んだ。さらに3回表、4安打と敵失とで一挙5点を奪い、リードを広げ逃げ切った。阪神さんに勝たせて頂いたようなヘンなゲームだった。負けゲームは、負けるべくして負けるが、勝ちゲームでは得てして妙な勝ち方がある。今季の中日は、そんな勝ち方が目立ちすぎるように思う。
 <巨人4−2広島>(15日)東京ドーム  14:00開始

 勝利投手:上野(1勝0敗)先発:長谷川昌幸
 敗戦投手:豊田(1勝3敗4S)先発:高橋尚
 セーブ:永川勝浩(2勝5敗15S)

 本塁打 [広島] 栗原13号1回ソロ、広瀬5号7回ソロ
     [巨人] 谷9号3回2ラン

 [広島] 長谷川、宮崎、上野、永川 − 石原
 [巨人] 高橋尚、豊田、林 − 阿部

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 ※ 守備陣がエース高橋を盛り立てたけど、甘〜いトコ逝っちゃった。
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 ※ 二岡に代打? 二岡も暫し茫然自失の態。原さん、怒ってる?
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 ※ 登録されたばかりの選手に、ものすご〜いプレッシャーです。
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 ※ まだまだ続く9連戦。首位巨人に明らかな焦りが見えます。
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 ※ 勝ち負け以上に問題なのが、二岡への代打問題。
   今後の原ジャイアンツは、波乱ぶくみか?

 原采配は何を意図し、何を得たのか、あるいは何を失ったのか?
 そして、二岡の「心」には、何が残ったのか。
 「ベンチの指示だから仕方ないです」。
 試合後の優等生の発言は、ストレートには受け止められない。
 ◇ 『源叔父』 国木田独歩(下)

 源叔父が紀州をその家に引取りたりということ知れわたり、伝えききし人初めは真とせず次に呆れ終は笑わぬものなかりき。この二人が差向いにて夕餉につく様こそ見たけれなど滑稽芝居見まほしき心にて嘲る者もありき。近ごろはあるかなきかに思われし源叔父またもや人の噂にのぼるようになりつ。(中略)

 源叔父は櫓こぎつつ眼を遠き方にのみ注ぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳に聞き、一言も雑えず。「紀州を家に伴えりと聞きぬ、信にや」若者の一人、何をか思い出て問う。「さなり」翁は見向きもせで答えぬ。「乞食の子を家に入れしは何ゆえぞ解しがたしと怪しむものすくなからず、独りはあまりに淋しければにや」「さなり」「紀州ならずとも、ともに住むほどの子島にも浦にも求めんにはかならずあるべきに」

 「げにしかり」と老婦口を入れて源叔父の顔を見上げぬ。源叔父はもの案じ顔にてしばし答えず。西の山懐より真直に立ちのぼる煙の末の夕日に輝きて真青なるをみつめしようなり。「紀州は親も兄弟も家もなき童なり、我は妻も子もなき翁なり。我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語のようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、この翁がかく滑らかに語りいでしを今まで聞きしことなければ。

 「げに月日経つことの早さよ、源叔父。ゆり殿が赤児抱きて磯辺に立てるを視しは、われには昨日のようなる心地す」老婦は嘆息つきて、「幸助殿今無事ならば何歳ぞ」と問う。「紀州よりは二ツ三ツ上なるべし」さりげなく答えぬ。「紀州の歳ほど推しがたきはあらず、垢にて歳も埋れはてしと覚ゆ、十にやはた十八にや」人々の笑う声しばし止まざりき。

 「われもよくは知らず、十六七とかいえり。生の母ならで定に知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁は老夫婦が連れし七歳ばかりの孫とも思わるる児を見かえりつついえり。その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。「げに親子の情二人が間に発らば源叔父が行末楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しと門に待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」夫なる老人の取繕いげにいうも真意なきにあらず。

 「さなり、げにその時はうれしかるべし」と答えし源叔父が言葉には喜び充ちたり。「紀州連れてこのたびの芝居見る心はなきか」かくいいし若者は源叔父嘲らんとにはあらで、島の娘の笑い顔見たきなり。姉妹は源叔父に気兼ねして微笑しのみ。老婦は舷(ふなばた)たたき、そはきわめておもしろからんと笑いぬ。

 「阿波十郎兵衛など見せて我子泣かすも益なからん」源叔父は真顔にていう。「我子とは誰ぞ」老婦は素知らぬ顔にて問いつ、「幸助殿はかしこにて溺れしと聞きしに」振り向いて妙見の山影黒きあたりを指しぬ、人々皆かなたを見たり。「我子とは紀州のことなり」源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳の方を見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたき情胸を衝きつ。足を舷端にかけ櫓に力加えしとみるや、声高らかに歌いいでぬ。(中略)

 家には待つものあり、彼は炉の前に坐りて居眠りてやおらん、乞食せし時に比べて我家のうちの楽しさ煖かさに心溶け、思うこともなく燈火うち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉おえしか、櫓こぐ術教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでの慣いなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。源叔父は頭を振りぬ。否々彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たき情起こさでやむべき、われにその情見ぬく眼ありかならずよそには見じ。

 波止場に入りし時、翁は夢みるごときまなざしして問屋の燈火、影長く水にゆらぐを見たり。舟繋ぎおわれば臥席(ござ)巻きて腋に抱き櫓を肩にして岸に上りぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼みはりてあたりを見廻わしぬ。「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置きて内に入りぬ。家内暗し。

 「こはいかに、わが子よ今帰りぬ、早く燈点けずや」寂として応えなし。「紀州紀州」竈馬(こおろぎ)のふつづかに喞くあるのみ。翁は狼狽てて懐中よりまっち取りだし、一摺りすれば一間のうちにわかに明くなりつ、人らしきもの見えず、しばししてまた暗し。陰森の気床下より起こりて翁が懐に入りぬ。手早く豆洋燈に火を移しあたりを見廻わすまなざし鈍く、耳そばだてて「我子よ」と呼びし声嗄れて呼吸も迫りぬと覚し。

 炉には灰白く冷え夕餉たべしあとだになし。家内捜すまでもなく、ただ一間のうちを翁はゆるやかに見廻わしぬ。煤けし壁の四隅は光届きかねつ心ありて見れば、人あるに似たり。源叔父は顔を両手に埋め深き嘆息せり。この時もしやと思うこと胸を衝きしに、つと起てば大粒の涙流れて煩をつたうを拭わんとはせず、柱に掛けし舷燈に火を移していそがわしく家を出で、城下の方指して走りぬ。(中略)

 「紀州ならずや」呼びかけてその肩に手を掛けつ、「独りいずこに行かんとはする」怒り、はた喜び、はた悲しみ、はた限りなき失望をただこの一言に包みしようなり。紀州は源叔父が顔見て驚きし様もなく、道ゆく人を門に立ちて心なく見やるごとき様にてうち守りぬ。翁は呆れてしばし言葉なし。「寒からずや、早く帰れ我子」いいつつ紀州の手取りて連れ帰りぬ。みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉は戸棚に調えおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎に嘆息もらすは翁なり。

 家に帰るや、炉に火を盛に燃(た)きてそのわきに紀州を坐らせ、戸棚より膳取り出だして自身は食らわず紀州にのみたべさす。紀州は翁のいうがままに翁のものまで食いつくしぬ。その間源叔父はおりおり紀州の顔見ては眼閉じ嘆息せり。たべおわりなば火にあたれといいて、うまかりしかと問う紀州は眠気なる眼にて翁が顔を見てかすかにうなずきしのみ。源叔父はこの様見るや、眠くば寝よと優しくいい、みずから床敷きて布団かけてやりなどす。紀州の寝し後、翁は一人炉の前に坐り、眼を閉じて動かず。炉の火燃えつきんとすれども柴くべず、五十年の永き年月を潮風にのみ晒せし顔には赤き焔の影おぼつかなく漂えり。頬を連(つた)いてきらめくものは涙なるかも。屋根を渡る風の音す、門に立てる松の梢を嘯きて過ぎぬ。(中略)

 目さめて枕辺を見しに紀州あらざりき。紀州よ我子よと呼びつつ走りゆくほどに顔のなかばを朱に染めし女乞食いずこよりか現われて紀州は我子なりといいしが見るうちに年若き眼に変わりぬ。ゆりならずや幸助をいかにせしぞ、わが眠りし間に幸助いずれにか逃げ亡せたり、来たれ来たれ来たれともに捜せよ、見よ幸助は芥溜のなかより大根の切片掘りだすぞと大声あげて泣けば、後ろより我子よというは母なり。母は舞台見ずやと指さしたまう。舞台には蝋燭の光眼を射るばかり輝きたり。母が眼のふち赤らめて泣きたまうを訝しく思いつ、自分は菓子のみ食いてついに母の膝に小さき頭載せそのまま眠入りぬ。母親ゆり起こしたまう心地して夢破れたり。源叔父は頭をあげて、「我子よ今恐ろしき夢みたり」いいつつ枕辺を見たり。紀州いざりき。(中略)

 朝まだき、東の空ようやく白みしころ、人々皆起きいでて合羽を着、灯燈つけ舷燈携えなどして波止場に集まりぬ。波止場は事なかりき。風落ちたれど波なお高く沖は雷の轟くようなる音し磯打つ波砕けて飛沫雨のごとし。人々荒跡を見廻るうち小舟一艘岩の上に打上げられてなかば砕けしまま残れるを見出しぬ。「誰の舟ぞ」問屋の主人らしき男問う。「源叔父の舟にまぎれなし」若者の一人答えぬ。人々顔見あわして言葉なし。「誰れにてもよし源叔父呼びきたらずや」「われ行かん」若者は舷燈を地に置きて走りゆきぬ。

 十歩の先すでに見るべし。道に差出でし松が枝より怪しき物さがれり。胆太き若者はずかずかと寄りて眼定めて見たり。縊れるは源叔父なりき。桂港にほど近き山ふところに小さき墓地ありて東に向かいぬ。源叔父の妻ゆり独子幸助の墓みなこの処にあり。「池田源太郎之墓」と書きし墓標またここに建てられぬ。幸助を中にして三つの墓並び、冬の夜は霙降ることもあれど、都なる年若き教師は源叔父今もなお一人淋しく磯辺に暮し妻子の事思いて泣きつつありとひとえに哀れがりぬ。
 平成19年7月15日(日)昨日:安倍首相の車に警察車が追突。参院選、大当たりの卦?

 事故は午前11時40分ごろ、大阪府堺市の国道で、首相秘書官らが乗ったジャンボタクシーが前を走る警察車両に追突。その弾みで警察車両が首相の乗った国産高級車に追突。けが人はなく、遊説日程にも影響はなかったが、首相の乗用車はバンパーがへこんだ。それでも安倍さんは、へこむ事なく街頭演説にパワー全開。

 ※ 「7月最強」の台風4号、列島縦断へ
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 7月15日は、国木田独歩の誕生日です。(旧暦の「7月15日」)


 国木田独歩(1871〜1908)(本名:哲夫)

 明治4年、千葉県生まれ。東京専門学校(現、早稲田大学)に入学し、キリスト教の洗礼を受け熱心なキリスト教信者となる。学校を中途退学し、雑誌の編集や教師を経て、日清戦争が起こると、明治27年、国民新聞記者として従軍、軍艦千代田に乗り込み、送り続けた従軍記「愛弟通信」が新聞に連載されて好評を得る。帰国して、佐々城信子と恋愛結婚するが半年で離婚、彼がなくなった後、発表された手記「欺かざるの記」がその間の事情を伝える。

 明治30年、共著詩集「抒情詩」を出版、「源叔父」「忘れえぬ人々」などを発表して浪漫的抒情文学に新風を吹き込み、「春の鳥」で浪漫主義の極致を示す。晩年は「窮死」「竹の木戸」などの作品で自然主義作家として評価されるが、生活苦が続き健康を害し、島崎藤村と並ぶ新時代文学の旗手と目されながらも結核に倒れる。明治41年、肺結核のため死す、享年36。多くの作品が死後に続々出版され、自然主義の先駆者としての評価を高める。


 ◇ 『源叔父』 国木田独歩(抜粋)

 源おじ:渡し舟で暮らす。若い頃は美声で、ひいきの客も出来たほど。美しい妻が死んで、残った子にも死なれ、口数の少なかった彼は、よりいっそう孤独になる。紀州と呼ばれる乞食の子を引き取り、わが子として育てようとするが、紀州は彼に心を開くことはなく、紀州に去られた源おじは首を吊って死んでしまう。

 紀州:乞食の子。母親と共に佐伯(さいき)の地にたどり着いたが、母親は彼をおいていなくなり、その後、彼は町の付属物のように扱われる。紀州というのは彼の生まれ故郷から取った呼び名。

 源おじの寂しい人生と、人としての生き方を知らずに育った紀州と、相寄る魂とはならない辛い話。ふたりの孤独が、無限の孤独を生み出してしまう悲劇。

     上

 「否、彼とてもいかで初めより独り暮さんや。妻は美しかりし。名を百合と呼び、大入島の生まれなり。人の噂をなかば偽りとみるも、この事のみは信なりと源叔父がある夜酒に呑まれて語りしを聞けば、彼の年二十八九のころ、春の夜更けて妙見の燈も消えし時、ほとほとと戸たたく者あり。源起きいで誰れぞと問うに、島まで渡したまえというは女の声なり。傾きし月の光にすかし見ればかねて見知りし大入島の百合という小娘にぞありける。

 「そのころ渡船(おろし)を業となすもの多きうちにも、源が名は浦々にまで聞こえし。そは心たしかに侠気ある若者なりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたきはそのころの源が声にぞありける。人々は彼が櫓こぎつつ歌うを聴かんとて撰びて彼が舟に乗りたり。されど言葉すくなきは今も昔も変わらず。(中略)

 「源が歌う声冴えまさりつ。かくて若き夫婦の幸しき月日は夢よりも淡く過ぎたり。独子の幸助七歳の時、妻ゆりは二度目の産重くしてついにみまかりぬ。城下の者にて幸助を引取り、ゆくゆくは商人に仕立てやらんといいいでしがありしも、可愛き妻には死別れ、さらに独子と離るるは忍びがたしとて辞しぬ。言葉すくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉すくなくなりつ、笑うことも稀に、櫓こぐにも酒の勢いならでは歌わず、醍醐の入江を夕月の光砕きつつ朗らかに歌う声さえ哀れをそめたり、こは聞くものの心にや、あらず、妻失いしことは元気よかりし彼が心をなかば砕き去りたり。雨のそぼ降る日など、淋しき家に幸助一人をのこしおくは不憫なりとて、客とともに舟に乗せゆけば、人々哀れがりぬ。されば小供への土産にと城下にて買いし菓子の袋開きてこの孤児に分つ母親もすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。(中略)

 「かくてまた三年過ぎぬ。幸助十二歳の時、子供らと海に遊び、誤りて溺れしを、見てありし子供ら、畏れ逃げてこの事を人に告げざりき。夕暮になりて幸助の帰りこぬに心づき、驚きて吾らもともに捜せし時はいうまでもなく事遅れて、哀れの骸は不思議にも源叔父が舟底に沈みいたり。

 「彼はもはやけっしてうたわざりき、親しき人々にすら言葉かわすことを避くるようになりぬ。ものいわず、歌わず、笑わずして年月を送るうちにはいかなる人も世より忘れらるるものとみえたり。源叔父の舟こぐことは昔に変わらねど、浦人らは源叔父の舟に乗りながら源叔父の世にあることを忘れしようになりぬ。かく語る我身すらおりおり源叔父がかの丸き眼をなかば閉じ櫓担いて帰りくるを見る時、源叔父はまだ生きてあるよなど思うことあり。彼はいかなる人ぞと問いたまいしは君が初めなり。(中略)

     中

 祭の日などには舞台据えらるべき広辻あり、貧しき家の児ら血色なき顔を曝して戯れす、懐手して立てるもあり。ここに来かかりし乞食あり。小供の一人、「紀州、紀州」と呼びしが振向きもせで行過ぎんとす。うち見には十五六と思わる、蓬なす頭髪は頸を被い、顔の長きが上に頬肉こけたれば頷の骨尖れり。眼の光濁り瞳動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。纒いしは袷一枚、裾は短かく襤褸下がり濡れしままわずかに脛を隠せり。腋よりは蟋蟀の足めきたる肱現われつ、わなわなと戦慄いつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇いぬ。源叔父はその丸き目みはりて乞食を見たり。

 「紀州」と呼びかけし翁の声は低けれども太し。若き乞食はその鈍き目を顔とともにあげて、石なんどを見るように源叔父が眼を見たり。二人はしばし目と目見あわして立ちぬ。源叔父は袂をさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つ撮みて紀州の前に突きだせば、乞食は懐より椀をだしてこれを受けぬ。与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いに嬉れしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔父はその後影角をめぐりて見えずなるまで目送(みおく)りつ、大空仰げば降るともなしに降りくるは雪の二片三片なり、今一度乞食のゆきし方を見て太き嘆息せり。小供らは笑を忍びて肱つつきあえど翁は知らず。

 源叔父家に帰りしは夕暮なりし。彼が家の窓は道に向かえど開かれしことなく、さなきだに闇きを燈つけず、炉の前に坐り指太き両手を顔に当て、首を垂れて嘆息つきたり。炉には枯枝一掴みくべあり。細き枝に蝋燭の焔ほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間のうちしばらく明し。翁の影太く壁に映りて動き、煤けし壁に浮かびいずるは錦絵なり。(中略)

 夜は更けたり。雪は霙と変わり霙は雪となり降りつ止みつす。灘山の端を月はなれて雲の海に光を包めば、古城市はさながら乾ける墓原のごとし。山々の麓には村あり、村々の奥には墓あり、墓はこの時覚め、人はこの時眠り、夢の世界にて故人相まみえ泣きつ笑いつす。影のごとき人今しも広辻を横ぎりて小橋の上をゆけり。橋の袂に眠りし犬頭をあげてその後影を見たれど吠えず。あわれこの人墓よりや脱け出でし。誰に遇い誰れと語らんとてかくはさまよう。彼は紀州なり。

 源叔父の独子幸助海に溺れて失せし同じ年の秋、一人の女乞食日向の方より迷いきて佐伯の町に足をとどめぬ。伴いしは八歳ばかりの男子なり。母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のために行末よしやと思いはかりけん、次の年の春、母は子を残していずれにか影を隠したり。

 太宰府訪でし人帰りきての話に、かの女乞食に肖たるが襤褸着し、力士に伴いて鳥居のわきに袖乞いするを見しという。人々皆な思いあたる節なりといえり。町の者母の無情を憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母の計あたりしとみえし。あらず、村々には寺あれど人々の慈悲には限あり。不憫なりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うものありしかど、永くは続かず。初めは童母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲は童をして母を忘れしめたるのみ。物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗すともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境に落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。

 戯れにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本教うればその一節二節を暗誦し、小供らの歌聞きてまた歌い、笑い語り戯れて、世の常の子と変わらざりき。げに変わらずみえたり。生国を紀州なりと童のいうがままに「紀州」と呼びなされて、はては佐伯町附属の品物のように取扱われつ、街に遊ぶ子はこの童とともに育ちぬ。かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙棚引き親子あり夫婦あり兄弟あり朋友あり涙ある世界に同居せりと思える間、彼はいつしか無人の島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。

 彼に物与えても礼言わずなりぬ。笑わずなりぬ。彼の怒りしを見んは難く彼の泣くを見んはたやすからず、彼は恨みも喜びもせず。ただ動き、ただ歩み、ただ食らう。食らう時かたわらよりうまきやと問えばアクセントなき言葉にてうましと答うその声は地の底にて響くがごとし。戯れに棒振りあげて彼の頭上に翳せば、笑うごとき面持してゆるやかに歩みを運ぶ様は主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっして媚を人にささげず。世の常の乞食見て憐れと思う心もて彼を憐れというは至らず。浮世の波に漂うて溺るる人を憐れとみる眼には彼を見出さんこと難かるべし、彼は波の底を這うものなれば。

 紀州が小橋をかなたに渡りてより間もなく広辻に来かかりてあたりを見廻すものあり。手には小さき舷燈提げたり。舷燈の光射す口をかなたこなたと転らすごとに、薄く積みし雪の上を末広がりし火影走りて雪は美しく閃めき、辻を囲める家々の暗き軒下を丸き火影飛びぬ。この時本町の方より突如と現われしは巡査なり。ずかずかと歩み寄りて何者ぞと声かけ、燈をかかげてこなたの顔を照らしぬ。丸き目、深き皺、太き鼻、逞ましき舟子なり。

 「源叔父ならずや」、巡査は呆れし様なり。「さなり」、嗄れし声にて答う。「夜更けて何者をか捜す」「紀州を見たまわざりしか」「紀州に何の用ありてか」「今夜はあまりに寒ければ家に伴わんと思いはべり」「されど彼の寝床は犬も知らざるべし、みずから風ひかぬがよし」、情ある巡査は行きさりぬ。源叔父は嘆息つきつつ小橋の上まで来しが、火影落ちしところに足跡あり。今踏みしようなり。紀州ならで誰かこの雪を跣足のまま歩まんや。翁は小走りに足跡向きし方へと馳せぬ。

 ◇ 『源叔父』 国木田独歩(下)へ続く
   http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34679816.html


 【参照】7月15日、三鷹事件
 この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/13172999.html

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 ◇ 梅雨時に、露天の球場みな雨中(あめちゅう)

 ◇ 広島、黒田が完投で100勝目を飾る

 <巨人2−8広島>(14日)東京ドーム  18:00開始

 勝利投手:黒田博樹(9勝5敗)
 敗戦投手:木佐貫洋(7勝5敗)

 本塁打 [広島] アレックス3号4回ソロ、倉4号8回3ラン
     [巨人] 小笠原21号9回ソロ

 [広島] 黒田 − 倉
 [巨人] 木佐貫、林、山口、西村、真田 − 阿部

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 ※ アレックス・オチョアは去年まで中日にいた選手。強肩の外野手。

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 ※ 木佐貫投手、なんとなく薄幸のイメージが似合うような…
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 ※ 小笠原は捕球したあと、スローイングに移るときにファンブルして…
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 ※ 悪いこと、イヤな不安は、あっと言う間に伝染して…
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 ※ 申し合わせたように、皆さんエラーをしまくり…
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  「やっちまったぜっ」
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 ※ 無理して前に飛び込んだけど、結局は走者生還して、傷口ひろげ…
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 ※ ファンも目を覆うばかり。原監督、マジ怒ってますね。
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 ※ 毒を喰らわば皿までも、じゃないか。貧すれば鈍する、でもないか。
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 ※ 本日のA級戦犯的元凶・小笠原の意地の一発。ニコリともせず一周。
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 ※ 大負けする事は何でもないこと。大事なことは、競り勝つこと。
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 ※ 幸せいっぱいのカープファン・カップル。黒田100勝で我が世の春。
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 ※ 黒田博樹、11年目で100勝達成。昔ながらの完投タイプで移籍もせず。
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 ※ 中日vs阪神は二日続きの雨天中止。日曜日は台風一過でプレイボール。
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 ※ 首位巨人、心配ない、優勝間違いない、大丈V!
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