今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ○ 新潟県中越沖地震が発生(7月16日、午前10時13分)

 ◇ 柏崎刈羽原発で放射性物質含む水が漏れる(7月17日7時)

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 運転中の東京電力柏崎刈羽原発で大きな揺れを検知したため、原子炉が緊急停止した。東電によると、機器や施設の安全性が保たれる耐震設計の基準である「限界地震」を大幅に上回る揺れを検知したという。原発ではこれまで最大の揺れとみられる。

 また、地震発生から間もなく同原発3号機のタービン建屋外にある所内電源用変圧器から火災が発生。119番がかかりにくく、消防隊の到着まで1時間以上かかり、黒煙を上げて燃え続けた。鎮火は正午。経済産業省原子力安全・保安院によると、地震に伴い原発で火災が起きたのは国内で初めて。

 このほか6号機では微量の放射性物質を含む水漏れが見つかり、1・2立方メートルが海に放出された。使用済み核燃料貯蔵プールの水とみられるが、国の安全基準を下回るレベルで、東電では海水の放射能モニターでも検出されず、環境に影響はないとしている。今回の地震は、震央が原発からわずか9キロとほぼ直下だった。


 ◇ 甘利経産相、「火災想定、甘かった」(7月17日12時)

 甘利経産相は17日の閣議後会見で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で起きた変圧器火災への対応が遅れたことについて、「火力発電所に比べ、原発の火災に対する想定が若干甘かった。自力で消火できるような体制を取ってもらいたい」と述べ、地震時の消火対策の強化を求めた。

 甘利経産相は同社の火災への対応や、放射能を含んだ水漏れの公表などの遅れについて「一生懸命対応しようとしたのは事実だが、紙の上でマニュアルを決めても慌ててしまうというのが今回の教訓」と指摘。「事が起きても動揺しない精神的な訓練をやってほしい」と求めた。

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 ◇ 地震よりも遥かに恐ろしい原発災害

 今回は柏崎刈羽原発3号機のタービン建屋に隣接した変圧器から火が出た。稼働中の2,3,4,7号機が自動的に緊急停止し、実質的な被害はなかった。

しかし、震度7、マグニチュード8クラスのいわゆる東海地震が発生した場合はどうか。静岡県の浜岡原発から放射能が漏れたら、例えば東京はどうなるのか? 中部電力・浜岡原発では「そういう事態になれば自動停止になるので、安全上重要な施設については影響を及ぼすものではないと考えている」というが、小出裕章(京大原子炉実験所)による緊急シミュレーションはこうだ。

「東京都民200万人の死者が出ることが想定されます。風向きや気象条件によりますが、死の灰が飛んでくることによって1千万単位の方は被爆して、そのうちの数百万がいずれ癌や白血病で死亡することが考えられます」。

地震研究の評論家・桜井淳も力説する。「放射能漏れなどの施設の強度、安全性が指摘されていますが、それ以上に操作する人間の危機管理能力も問題。いままでの安全基準でいいのか、私は大いに疑問を感じています」。地震列島・ニッポンは副次的な脅威として、地震のたびに全国にある55基原発の恐怖に晒されている。チェルノブイリで起きた悲惨な災害事実をみると、地震よりはるかに恐ろしいものがある。

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 ◇ 原発で重大事故が発生した場合、どうなるのか

 住民には直ぐに事故を知らせず、周辺の道路を封鎖して人も車も閉じこめる。「広域交通規制」と書かれたこの地図には20ヶ所の規制地点が記載されている。この規制が実施されれば、柏崎刈羽原発から30キロ圏外に脱出することはできない。規制地点は赤になっている。


 ◇ 柏崎市が原発運転停止を命令(新潟日報、7月18日)

 柏崎市の会田洋市長は18日、同市役所に東京電力の勝俣恒久社長、高橋明男・柏崎刈羽原発所長を呼び、消防法に基づき同原発全号機の使用停止命令を出した。中越沖地震で変圧器の火災が発生した柏崎刈羽原発に対する市の立ち入り調査の結果、「今の状態では安全性が確保できている状態にはない」と判断。市が同法に基づき運転停止命令を出すのは1985年の1号機運転開始以来初めて。同原発は現在、地震に伴い4基が自動停止、定期検査中の3基を含めて全号機が運転を停止している。

 会田市長は、「火災発生のほか貯蔵タンク破損による油漏れなど、施設全体の関連施設の損傷も心配されるほか、かなり原発構内の地盤もいたんでいる。運転再開は安全性が確保できるまでは運転再開を認められない」などと語り、市東電と安全協定を結ぶ県、刈羽村とも運転再開に当たっては今後対応を協議していく方針を示した。

 東電の勝俣社長は使用停止命令を受けたことについて、「真摯に受け止める。しっかり原因を調査した上で説明したい」と陳謝した。会田市長は勝俣社長との面談に先立ち、市役所で経済産業省原子力安全・保安院の加藤重治審議官と面会。保安院による同原発への安全確認状況などを聞いた。

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7月17日、山鉾巡行

 平成19年7月17日(火):参院選の期日前投票、3日間で68万3046人、出足好調。
(噂によれば、中日が岩瀬で落として一日首位に終わったとか、何とかかんとか…)


 7月17日は、山鉾(やまほこ)巡行です。

 「祇園祭」と言えば、7月17日の「山鉾巡行」と、前夜祭の「宵山」が有名だが、
 祇園祭の祭事・神事は7月1日の「吉符入」から7月31日の「疫神社夏越祓」まで
 一ケ月にわたって行われます。

 祇園祭のもともとの始まりは、平安時代の清和天皇の頃に京に疫病が大流行し、
 牛頭天王の祟りであると、これを祀り、疫病退散を祈願したのが、始まり。
 ※ 「吉符入り」:神事始めの日、各山鉾町で祭りの無事を祈願する。(〜5日)

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 ◇ くじ取り式、山一番は芦刈山に決定(7月2日)

 祇園祭の山鉾巡行の順番を決める「くじ取り式」が2日、京都市役所の市議会議場であり、先頭が決まっている長刀鉾の次の「山一番」を芦刈山が引き当てました。

 32基ある山鉾のうち、いわゆる「くじ取らず」で順番が決まっている8基を除く24基の代表者が羽織袴姿で、桝本市長の前でくじを引いた。くじ取り式は巡行の先陣争いが絶えなかったため、1500年から始まったとされる。くじを引いた芦刈山保存会理事長の竹村格さん(57)は「縁起がいい。がんばっていきたい」と話した。

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 ◇ 綾傘鉾稚児、巡行の無事願い八坂神社へ社参(7月7日)

 祇園祭の綾傘鉾の稚児6人が7日、東山区の八坂神社に社参し、山鉾巡行の無事を祈った。稚児は、巡行の際に綾傘鉾の先頭を歩く。6人は、町内の子どもとして受け入れる儀式の「結納の儀」を済ませ、午後2時半に八坂神社の南楼門から入り、本殿に上がった。金色の烏帽子に狩衣(かりぎぬ)姿の稚児は名前を呼ばれると「はい」と大きな声で答え、宮司から「祇園祭神役之事(しんやくのこと)」と書かれた宣状を受け取り、正式な稚児と認められた。続いて、本殿の周囲を時計回りに3周して祭りの無事を祈った。

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 ◇ 連休に宵山、混雑必至の祇園祭、販売グッズも増量(7月9日)

 祇園祭の今年の日程は、人出がピークとなる7月16日の宵山にかけて土、日曜に海の日の祝日が続きます。関係者は、「天気が良ければ近年で最高の人数も見込める」と期待を寄せ、販売グッズを増やすなど対策を練っている。

 祇園祭はハイライトの17日の山鉾巡行を3日後に控えた14日の宵々々山に、飾り付けされた32基の山鉾が勢ぞろい。宵山までの3日間、夕闇にライトアップされ、「コンチキチン」のお囃子の中、歩行者天国の通りはそぞろ歩きの見物客であふれ返る。

 平成になってから、これまでの17日の人出は最高で約24万人。一方、14日は約29万人、15、16日はいずれも60万人を超え、巡行当日よりも多い。14〜17日の最高は、金〜月曜となった1989年の計約146万人。昨年は1989年と同じ曜日配列で記録の更新が期待されたが、雨にたたられて伸び悩んだ。


 ◇ 祇園祭の「鉾建て」始まる、山鉾巡行へ準備着々(7月10日)

 祇園祭の山鉾巡行を前に、路上で組み立てられる月鉾=10日午前、京都市下京区

 京都・祇園祭のハイライト、山鉾巡行を1週間後に控え、巨大な鉾を伝統技法で路上に組み立てる「鉾建て」が10日、京都市中心部の四条通周辺で始まった。この日は巡行の先頭を進む長刀鉾をはじめ函谷鉾、鶏鉾、菊水鉾、月鉾の5基で、地下足袋を履いた職人らが部材を運び出し作業を開始。

 降りしきる雨の中、釘を1本も使わず縄だけで柱を固定する「縄がらみ」の技法で、高さ約20メートル、重さ10トンを超える鉾を、木づちの音を響かせながら手際良く組み上げていった。11日からはそれぞれの山の組み立ても始まり、14日までに豪華に飾り付けられた計32基の山鉾が勢ぞろい。古都は祭りムード一色に染まる。


 ◇ 祇園祭に伴う交通規制(10日〜18日)

 祇園祭に伴い、京都府警は鉾建ての始まる10日から巡行翌日の18日まで、京都市下京区や中京区の四条通周辺で臨時の交通規制を行う。

 四条通や烏丸通などの歩行者用道路(歩行者天国)は宵々々山の14日から宵山の16日までの3日間で、時間は午後6時(一部は午後3時)から11時まで。四条通は東大路(14日は川端)〜堀川間、烏丸通は御池〜高辻間が歩行者天国になる。

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 7月17日(火)の臨時交通規制
 http://www.pref.kyoto.jp/fukei/kotu/kisei_k/rinji_kisei/gion4.htm

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 ◇ 7月24日、祇園祭・花笠巡行

 祇園祭の山鉾巡行を終えて1週間後、24日に花笠巡行が行われます。
 この花笠巡行は、17日の「さきの祭」、24日の「あとの祭」と二つに
 分けられていたのを、巡行に伴う交通規制を一度にすますために、
 昭和41年に統合して、17日のみの大規模巡行としたのを機に「あとの祭」
 を伝承する行事として始められたもの。

 神事・祭事の色合いは薄く芸能的色彩が色濃く、どちらかと云えば地域の
 住民が参加して楽しむ行事となっている。

 芸妓さんが八坂神社で歌舞伎踊、清元「津山の月」を奉納。
 黒塗りの笠をかぶり紅の胸紐小露の附いた白の千早に緋の切り袴、
 腰に金銅の瑶珞を吊るし、頭に数珠と鉦をかけ手に撞木扇を持つ。
 御旅所の御輿は、夜の還幸祭で八坂神社へと戻ります。

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 ◇ 7月31日、疫神社・夏越祭(八坂神社)

 八坂神社内の疫神社に茅の輪を設け、厄除けをする。祇園祭の仕上げ。

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 ◇ 山鉾の読みは「やまぼこ」?「やまほこ」? (朝日)

 祇園祭の「山鉾」は「やまほこ」か「やまぼこ」か? 17日の山鉾巡行が近づくこの時期、読み方の問い合わせが毎年のように八坂神社や祇園祭山鉾連合会に寄せられる。広辞苑は「やまぼこ」を見出し語にしているが、果たしてどちらが正しいのだろうか。

 15年前、同連合会の当時の会長が、まちまちだった鉾の読み方を「ほこ」で統一すると発表。だが、各山鉾町から「やまぼこが広く使われている」「江戸時代の町史に『ぼこ』となっている」といった反論が出たため、結局、足並みはそろわなかった。

 九つある鉾保存会に読み方を尋ねた。ふりがなをふる場合は「ほこ」が多いが、半分以上が自分たちの鉾を「〜ぼこ」と発音してした。月鉾保存会の斎藤政宏理事長は「15年前から表記は『つきほこ』としているが、口頭では『つきぼこ』と呼んでいます」と曖昧だ。

 祇園祭山鉾連合会の深見茂理事長は「山と鉾を強調したければ『やまほこ』になるし、自然の発音に従えば『やまぼこ』になるのでしょう。読み方は時代や人によって移り変わるものなので、どちらかに統一するつもりはありません」と話す。

 室町時代の文献で「長刀(なぎなた)ほく」といった表記が出てくる。「ほく」が「ほこ」へ変化したと考えられている。八木透・佛教大教授(民俗学)は「現在は発音上の便宜で『ぼこ』になっているところもあるようですが、歴史的経緯を見れば、本来は濁らずに読むべきでしょう」と指摘する。

 八坂神社の祭礼である祇園祭。同神社は15年前に「ほこ」で統一した。ただ、同神社の広報担当者は「ほかの読み方を否定するものではありません。幅を持たせるのが祭り事のおおらかさでよいのではないでしょうか」としている。(日本的言い回しだ。)

 【参照】7月16日、祇園祭宵山
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/13173650.html


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 ◇ 今日の誕生花:ハマユウ(浜木綿)
   花言葉は「どこか遠くへ」。

   堅い皮をもつ種は、何ヶ月も波間を漂流して
   発芽の時節因縁を待つとかや。


 【参照】7月17日、東京の日】
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/13174303.html

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