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◇ 参院選・展望 自民党は1人区など選挙区選で苦戦し、比例選でも勢いに欠ける。公明党も伸び悩んでおり、与党は参院で過半数ラインの122議席を維持できない可能性が強い。年金記録漏れ問題などで有権者の反発が高まっているためと見られる。民主党は選挙区選、比例選ともに躍進し、非改選の議席を合わせ参院での第1党をうかがう勢いだ。ただ、選挙区選で約5割、比例選で約3割の有権者が、投票する候補者や政党を決めておらず、投票日までに情勢が変化する可能性もある。 参院選は、改選定数121(選挙区選73、比例選48)に対し、選挙区選に218人、比例選に159人が立候補している。与党の非改選議席は、与党系無所属を含めて58あることから、過半数を維持するには64議席以上が必要となる。 自民党は選挙区選では、焦点となっている29の1人区のうち、群馬と山口で優位に戦いを進めている。だが、東北や四国、九州の全域など、これまで固い支持基盤を誇っていた地域で、民主党に競り負けるか、激しく追い上げられている。14勝13敗だった3年前の参院選よりも苦しい展開だ。2人区、3人区では、それぞれ1議席を確保する情勢だ。5人区の東京では2議席目を無所属候補や共産党候補と競り合っている。 比例選でも自民党は伸び悩んでいる。逆風に加え、選挙区選で公明党から選挙協力を得るため、「比例選は公明党へ」などと支持者に呼びかける自民党候補が増えたことが一因と見られる。自民党は過去最低だった1998年の14議席を下回ることもあり得る。このまま自民党が逆風をはね返せなければ、選挙区選と比例選の合計で40台前半となる可能性が高い。 これに対し、民主党は1人区の岩手、三重で優勢なほか、山形、山梨、滋賀、奈良、徳島で先行している。このほか10近くの選挙区で当選をうかがう。複数区の千葉や愛知でも2議席獲得の可能性がある。比例選では、2004年参院選で獲得した過去最多の19議席に上積みし、20議席の大台に乗せる勢いだ。民主党は現時点の勢いを維持出来れば、50台後半に届くことが予想される。 公明党は大阪で優位に選挙戦を進めているほか、他の選挙区でも当選圏内をうかがっている。比例選では2001年、2004年の参院選で獲得した8議席を確保できるかどうか微妙な情勢だ。年金問題などで守勢に立たされているのが響いている。 共産、社民両党は、それぞれ改選議席確保に向け、厳しい戦いを強いられている。初めて比例選に候補を擁立した国民新党、新党日本は1議席を獲得できる可能性がある。(7月18日 読売) ◇ 共産党元議長の宮本顕治氏が死去 (7月18日) 共産党の宮本顕治氏が18日午後2時33分、都内の病院で老衰のため死去、98歳。宮本氏はこの数年間、公の場には姿を見せず、渋谷区の東京勤労者医療会代々木病院に入院するなどしていた。共産党を39年にわたって指導した宮本氏の死去は、共産党の一つの時代の終焉を印象づける。 戦前から共産党員として活動し、1933年、治安維持法違反などで検挙され、終戦まで12年間、獄中にあり、不転向を貫いた。1950年代前半、同党は路線をめぐって分裂し、極左冒険主義に走る中で、宮本氏は非主流派だった。だが、1955年に宮本氏は党執行部に復帰、1958年に書記長、1970年に委員長、1982年に議長と要職を歴任。以降、1997年に議長を辞任するまで党を指導し続けた。 ◇ 宮本百合子 1916年(17歳)、坪内逍遙の紹介で中条百合子『貧しき人々の群』を「中央公論」に発表。1918年、父精一郎と渡米。翌年コロンビア大学聴講生となるが、ニューヨークで古代東洋語の研究者荒木茂と知りあい結婚。12月帰国。1924年離婚。以後ロシア文学者湯浅芳子と同居生活に入る。この間『伸子』執筆に専念。 1932年2月(43歳)宮本顕治と結婚。1933年12月スパイ容疑により顕治検挙。翌年中条から宮本へ改姓。敗戦までの厳しい期間のなか百合子も投獄・執筆禁止などをくりかえしながら作家活動に励む。1945年10月顕治釈放。夫とかわした書簡はのちに『十二年の手紙』として刊行。戦後も社会運動・執筆活動へ精力的に取り組み多くの作品を残した。
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