今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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『或旧友へ送る手記』

 『或旧友へ送る手記』芥川龍之介

 誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤も僕の自殺する動機は特に君に伝へずとも善い。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。

 自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。君は或は僕の言葉を信用することは出来ないであらう。しかし十年間の僕の経験は僕に近い人々の僕に近い境遇にゐない限り、僕の言葉は風の中の歌のやうに消えることを教へてゐる。従つて僕は君を咎めない。……

 僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた。僕のしみじみした心もちになつてマインレンデルを読んだのもこの間である。マインレンデルは抽象的な言葉に巧みに死に向ふ道程を描いてゐるのに違ひない。が、僕はもつと具体的に同じことを描きたいと思つてゐる。家族たちに対する同情などはかう云ふ欲望の前には何でもない。これも亦君には、Inhuman(冷酷な) の言葉を与へずには措かないであらう。けれども若し非人間的とすれば、僕は一面には非人間的である。

 僕は何ごとも正直に書かなければならぬ義務を持つてゐる。(僕は僕の将来に対するぼんやりした不安も解剖した。それは僕の「阿呆の一生」の中に大体は尽してゐるつもりである。唯僕に対する社会的条件、… 僕の上に影を投げた封建時代のことだけは故意にその中にも書かなかつた。なぜ又故意に書かなかつたと言へば、我々人間は今日でも多少は封建時代の影の中にゐるからである。僕はそこにある舞台の外に背景や照明や登場人物の… 大抵は僕の所作を書かうとした。のみならず社会的条件などはその社会的条件の中にゐる僕自身に判然とわかるかどうかも疑はない訣(わけ)には行かないであらう。)… 僕の第一に考へたことはどうすれば苦まずに死ぬかと云ふことだつた。縊死は勿論この目的に最も合する手段である。が、僕は僕自身の縊死してゐる姿を想像し、贅沢にも美的嫌悪を感じた。(僕は或女人を愛した時も彼女の文字の下手だつた為に急に愛を失つたのを覚えてゐる。)

 溺死も亦水泳の出来る僕には到底目的を達する筈はない。のみならず万一、成就するとしても縊死よりも苦痛は多いわけである。轢死も僕には何よりも先に美的嫌悪を与へずにはゐなかつた。ピストルやナイフを用ふる死は僕の手の震へる為に失敗する可能性を持つてゐる。ビルデイングの上から飛び下りるのもやはり見苦しいのに相違ない。僕はこれ等の事情により、薬品を用ひて死ぬことにした。薬品を用ひて死ぬことは縊死することよりも苦しいであらう。しかし縊死することよりも美的嫌悪を与へない外に蘇生する危険のない利益を持つてゐる。唯この薬品を求めることは勿論僕には容易ではない。僕は内心自殺することに定め、あらゆる機会を利用してこの薬品を手に入れようとした。同時に又毒物学の知識を得ようとした。

 それから僕の考へたのは僕の自殺する場所である。僕の家族たちは僕の死後には僕の遺産に手(た)よらなければならぬ。僕の遺産は百坪の土地と僕の家と僕の著作権と僕の貯金二千円のあるだけである。僕は僕の自殺した為に僕の家の売れないことを苦にした。従つて別荘の一つもあるブルヂヨアたちに羨ましさを感じた。君はかう云ふ僕の言葉に或可笑しさを感じるであらう。僕も亦今は僕自身の言葉に或可笑しさを感じてゐる。が、このことを考へた時には事実上しみじみ不便を感じた。この不便は到底避けるわけには行かない。僕は唯家族たちの外に出来るだけ死体を見られないやうに自殺したいと思つてゐる。

 しかし僕は手段を定めた後も半ばは生に執着してゐた。従つて死に飛び入る為のスプリング・ボオドを必要とした。(僕は紅毛人たちの信ずるやうに自殺することを罪悪とは思つてゐない。仏陀は現に阿含経の中に彼の弟子の自殺を肯定してゐる。曲学阿世の徒はこの肯定にも「やむを得ない」場合の外はなどと言ふであらう。しかし第三者の目から見て「やむを得ない」場合と云ふのは見す見すより悲惨に死ななければならぬ非常の変の時にあるものではない。誰でも皆自殺するのは彼自身に「やむを得ない場合」だけに行ふのである。その前に敢然と自殺するものは寧ろ勇気に富んでゐなければならぬ。)このスプリング・ボオドの役に立つものは何と言つても女人である。

 (中略)唯僕の知つてゐる女人は僕と一しよに死なうとした。が、それは僕等の為には出来ない相談になつてしまつた。そのうちに僕はスプリング・ボオドなしに死に得る自信を生じた。それは誰も一しよに死ぬもののないことに絶望した為に起つた為ではない。寧ろ次第に感傷的になつた僕はたとひ死別するにもしろ、僕の妻をいたはりたいと思つたからである。同時に又僕一人自殺することは二人一しよに自殺するよりも容易であることを知つたからである。そこには又僕の自殺する時を自由に選ぶことの出来ると云ふ便宜もあつたのに違ひない。

 最後に僕の工夫したのは家族たちに気づかれないやうに巧みに自殺することである。これは数箇月準備した後、兎に角或自信に到達した。(それ等の細部に亘ることは僕に好意を持つてゐる人々の為に書くわけには行かない。尤もここに書いたにしろ、法律上の自殺幇助罪〔このくらゐ滑稽な罪名はない。若しこの法律を適用すれば、どの位犯罪人の数を殖やすことであらう。薬局や銃砲店や剃刀屋はたとひ「知らない」と言つたにもせよ、我々人間の言葉や表情に我々の意志の現れる限り、多少の嫌疑を受けなければならぬ。のみならず社会や法律はそれ等自身自殺幇助罪を構成してゐる。最後にこの犯罪人たちは大抵は如何にもの優しい心臓を持つてゐることであらう。〕を構成しないことは確かである。)僕は冷やかにこの準備を終り、今は唯死と遊んでゐる。この先の僕の心もちは大抵マインレンデルの言葉に近いであらう。

 我々人間は人間獣である為に動物的に死を怖れてゐる。所謂生活力と云ふものは実は動物力の異名に過ぎない。僕も亦人間獣の一匹である。しかし食色にも倦いた所を見ると、次第に動物力を失つてゐるであらう。僕の今住んでゐるのは氷のやうに透み渡つた、病的な神経の世界である。僕はゆうべ或売笑婦と一しよに彼女の賃金(!)の話をし、しみじみ「生きる為に生きてゐる」我々人間の哀れさを感じた。若しみづから甘んじて永久の眠りにはひることが出来れば、我々自身の為に幸福でないまでも平和であるには違ひない。

 しかし僕のいつ敢然と自殺出来るかは疑問である。唯自然はかう云ふ僕にはいつもよりも一層美しい。君は自然の美しいのを愛し、しかも自殺しようとする僕の矛盾を笑ふであらう。けれども自然の美しいのは僕の末期の目に映るからである。僕は他人よりも見、愛し、且又理解した。それだけは苦しみを重ねた中にも多少僕には満足である。どうかこの手紙は僕の死後にも何年かは公表せずに措いてくれ給へ。僕は或は病死のやうに自殺しないとも限らないのである。

 附記。僕はエムペドクレスの伝を読み、みづから神としたい欲望の如何に古いものかを感じた。僕の手記は意識してゐる限り、みづから神としないものである。いや、みづから大凡下の一人としてゐるものである。君はあの菩提樹の下に「エトナのエムペドクレス」を論じ合つた二十年前を覚えてゐるであらう。僕はあの時代にはみづから神にしたい一人だつた。

(昭和二年七月、遺稿)

 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房1968年8月
 入力:j.utiyama 校正:小浜真由美
 1998年4月20日公開 2004年2月16日修正
 青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/


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 【参照】7月24日、河童忌
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34969246.html

7月24日、河童忌

 平成19年7月24日(火)昨日:塩崎官房長官の緘口令、「悪すぎる冗談だ」。

 劣勢選挙でぴりぴりムードの筈の自民陣営から、ノーテンキな軽口が飛び出し、政権末期を雄弁に物語る形となった。山本拓農水副大臣が故松岡前農水相の多額の事務所費について、「芸者の花代として使ったと聞いた」と発言したとの報道をめぐり、官房長官は「悪すぎる冗談だ」と強い不快感を示した。その上で塩崎氏は、「下村官房副長官を通じ2度としないように厳しく注意した」と述べた。対する民主は、優勢報道で緩みがちな陣営の引き締めに躍起。


 ◇ 今日からプロ野球後半戦がスタート、先ずは阪神3連戦(ナゴヤドーム)

 1位 中日、2位 巨人(1)、3位 横浜(1.5) (上位3チームでプレイオフ)
 4位 阪神(4)、5位 ヤクルト(3)、6位 広島(5) (阪神の浮上なるか?)

 9日に3度目の2軍落ちをした山本昌は、「腕も振れていたし、体調も上がってきてる」と手応えを口にした。順調なら今日からの阪神3連戦での先発が濃厚。「結果が出れば乗っていける」と不振脱出へ望みを託すが…。



 1927年7月24日、芥川龍之介が睡眠薬自殺、享年35。
 俳号の「我鬼」に因み、<我鬼忌>とも称す。東京生まれ。

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 昭和2年(1927年)の7月24日未明、芥川龍之介が多量の睡眠薬を飲み自殺した。
 ヴェロナールとジアールを服用。『或旧友へ送る手記』の中に「何か僕の将来に
 対する唯ぼんやりとした不安」を動機として書き残していた。

 誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない…僕は君に送る最後の手紙の中に、はっきりこの心理を伝えたいと思っている。(中略)君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであろう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示しているだけである。(中略)少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。(『或旧友へ送る手記』)



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 ある朝、釈迦が極楽を歩いていた時、蓮池からはるか下の地獄をふと覗き、罪人のカンダタを見つける。カンダタは生前、様々な悪事を行った為に地獄に落とされていたのだが、生前唯一度だけ小さな蜘蛛を助けた事があった。そこで釈迦は、地獄の底のカンダタに極楽への道案内をするために、一本の蜘蛛の糸をカンダタに垂らす。

 カンダタは極楽から降りてくる蜘蛛の糸を見て、「これで地獄から脱出できるばかりか、極楽に行けるかもしれない」と考える。そこで蜘蛛の糸をつたって、地獄から何万里も上にある極楽へと上り始めた。一心不乱に糸をつたって上っている途中でふと下を見下ろすと、なんと数限りないほどの地獄の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは糸は重さによって切れて落ちてしまう。カンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ。」と喚きました。その瞬間に、蜘蛛の糸はぷっつりと切れてしまいました。

 ※ 小学生の時に、映写室で『くもの糸』を観ました。子どもの心に残ったのは、クモは決して殺してはいけないんだ、という思いでした。今に到るまで、クモは殺せません。でも夏休みには、セミとトンボとチョウをたくさん殺してしまいました。子どもは残酷です。


 ◇ 『文芸的な、余りに文芸的な』

 芥川龍之介が雑誌「改造」1927年2月号〜8月号に連載した文学評論。
 同時代の谷崎潤一郎との「小説の筋の芸術性」をめぐる論争。

 芥川 vs 谷崎論争の発端は、1927年2月に催された「新潮」座談会における芥川の発言。芥川は谷崎の作品「日本に於けるクリップン事件」その他を批評して、「話の筋というものが芸術的なものかどうか、非常に疑問だ」、「筋の面白さが作品そのもの芸術的価値を強めるということはない」などと発言する。

 これに谷崎が反論。当時「改造」誌上に連載していた「饒舌録」の第二回(3月号)に「筋の面白さを除外するのは、小説という形式がもつ特権を捨ててしまふことである」と斬り返した。これを受け、芥川は同じ「改造」4月号に「文芸的な、余りに文芸的な 併せて谷崎潤一郎君に答ふ」の題で谷崎への再反論を掲げるとともに、自身の文学・芸術論を展開。

 以後、さらに連載は続き、谷崎の再々反論、芥川の再々々反論があったが、同年7月芥川の自殺によって、「改造」誌を舞台に昭和初頭の文壇の注目を集めた両者の論争は幕切れとなった。芥川は「話らしい話のない」「最も純粋な」小説の名手として、海外ではジュール・ルナール、国内では志賀直哉を揚げた。

 ※ その谷崎潤一郎の誕生日が、芥川龍之介の命日となった。

 我という人の心はただひとり、われより外に知る人はなし

                   ― 谷崎潤一郎 ―


 私は第三者を愛するために夫の目を盗んでいる女には、恋愛を感じないことはない。
 しかし第三者を愛するために子供を顧みない女には、満身の憎悪を感じている。

                   ― 芥川龍之介 ―


 【参照】『或旧友へ送る手記』芥川龍之介
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34977185.html


 【参照】7月24日、劇画の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/13572966.html

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