今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 上原が逆転Vへ、ひとりJFK(26日予定?)

 巨人が21日からの横浜、中日との今季最後の6連戦(東京ドーム)へ向け、守護神の上原浩治投手を3イニングにわたって起用する方針を固めたことが20日、分かった。ここまで2イニング限定で起用してきたが、セットアッパーを務めていた豊田が背筋痛で出場選手登録を抹消されており、救援陣は手薄。この穴を守護神のロングリリーフと、先発陣のブルペン待機で埋めるつもり。

 巨人は残り8試合。原監督は「勝つというのは投打のバランスが非常に大事。豊田の穴をいろんな方法で埋めていかないと」と力を込めた。その方策の1つが、守護神・上原の3イニング起用。

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 西村、山口らの若手に、優勝を争う大一番で、大事な場面を任せるのは荷が重い。エース・内海、木佐貫の先発陣のブルペン待機に加え、守護神のロングリリーフに頼らざるを得ない。上原本人も「フル回転しますよ」とスクランブル態勢を覚悟している。今季は2イニングが最長だが、昨年まで先発を務めており、スタミナ面の心配はない。「大願の中にいるわけだから、そういう気持ちで戦う」と指揮官。逆転Vは、上原の右腕に託された。

 背筋痛の豊田が離脱し、林の6連戦中の一軍復帰は絶望。「勝利の方程式」が崩壊した厳しい状況では、守護神・上原といえども“特攻指令”が下る。そんなハイリスクとなる『ひとりJFK』の特攻作戦を回避すべく、投手陣は総動員態勢で挑む。斎藤投手コーチ、「ベンチに入っている人は全員がゲーム要員です」。

 現在29セーブで、1993年の石毛の持つ球団記録30セーブまであと1に迫っている。「そういうのは、シーズンが終わってから。セーブに興味はない。チームが勝てばいい」と、これまでも話していた守護神。勝利のために7〜9回を「ひとりJFK」で乗り切る?

 高橋尚、内海、木佐貫、野間口、久保の先発陣5人は、ベンチ入りする際にはリリーフ要員となる。前日に顔面死球を受けながら13奪三振で13勝目を挙げたエース・内海も休養日明けの22日から中継ぎ待機する。内海、「当然です。疲れていると言っている場合じゃない」と臨戦態勢。

 残り試合が8試合と最も少ない巨人は、一つの負けが他チームよりも痛手となる。まさに背水の陣の原・ジャイアンツ。なりふり構わぬ総力戦でラストスパートを仕掛ける。

 ※ 成功すれば、起死回生の総力戦。失敗すれば、さらなる勝率低下は避けがたい。
    あゝ、神さま、仏さま、上原さま。


 ◇ 獅子奮迅の高橋尚、中2日&中2日

 今日の横浜戦には、防御率リーグトップの高橋尚が先発する予定。15日の広島戦で13勝目を挙げ、中2日となる18日の阪神戦(甲子園)でリリーフ登板。さらに中2日で今日先発という超過酷な日程だが、「疲れてない人なんていないし、そんなこと言っている場合じゃない」と健気なことを言う。

 ※ この6連戦のあとは5日間空いて、2日のヤクルト戦、3日の横浜戦で今季を終える巨人。今日からの6連戦で、間違いなく今季の結果が出ます。先ずは今日の高橋尚が、どんな答えを出すか。いざっ!
 平成19年9月21日(金)昨日:ミャンマーで、僧侶のデモが連日続いています。

 燃料価格の値上げを機に反政府デモが始まったミャンマー(ビルマ)で、市民の尊崇を集める僧侶らによるデモが連日続いている。20日も最大都市ヤンゴンで、千人以上が豪雨の中を歩いた。僧侶にすら弾圧を加えた軍事政権への強い抗議の意思が込められており、簡単にはやみそうにない。軍政側も僧侶への反発を強めており、緊張が一気に高まる可能性がある。

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 ※ 1989年6月18日、軍事政権は国名の英語表記を、Union of Burma(バーマ)から Union of Myanmar に改称。軍事政権が代表権を持つため、国連と関係国際機関は「ミャンマー」に改めた。日本政府も軍政をいち早く承認し、日本語の呼称を「ミャンマー」と改めた。

 日本のマスコミは多くが外務省の決定に従ったが、軍事政権を認めない立場から括弧付きで「ビルマ」を使い続ける朝日新聞社などもある。アウンサンスーチーや亡命政府「ビルマ連邦国民連合政府」など軍事政権の正当性を否定する側は、改名が軍事政権による一方的なものだとし、英語国名の変更を認めていない。



 1952年(昭和27年)9月21日、大相撲で4本柱を廃止しました。
 現在の吊り屋根式にして、柱の代わりに房をつけました。

 東 → 青房(青龍) 南 → 赤房(朱鷺)
 西 → 白房(白虎) 北 → 黒房(玄武)

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 取り組みを見やすくするために取り払われました。
 そして、翌年の1953年夏場所からテレビ中継が始まりました。

 【参照】キトラ古墳壁画特別公開中(四神相応図)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32456698.html

 四房(しぶさ):四季と天の四神獣を表し、土俵を守護すると共に、五穀豊穣を祈る。

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 【参照】9月21日、タクシン氏、ロンドンに飛ぶ
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/20042914.html

 【参照】9月21日、H.G.ウェルズの誕生日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/20043376.html

日本異人の伝

 ◇ 日本異人の伝

 「声」を借り受け候

 大坂に、美しい声で謡曲を唄う者がいた。ある時、道ばたで異人に逢い、「その声を三十日ばかり借りたい」と言われた。何気なくその男は承諾すると、次の日から声が潰れて謡えなくなった。なれど、本当に異人なる者が借りたとは思いもよらず、祈願のため住吉神社に行く途中、向こうから異人がやって来る。

 「頼みがいのない奴め。わしに声を貸してくれたではないか。なのにたった三十日も待てず、住吉神社に祈ろうとは、なんと憎らしい。お前が祈れば、わしは必ずお咎めを被るであろうし、そうなればわしとてもお前を只では済まさぬぞ。短い間だから、約束どおり貸しておくれ。そうすれば声を返す時に、よい咒禁(じゅごん)法を教えてやるほどに」。

 男はたいそう恐ろしく感じ、かたく約束して別れた。それから三十日の間は声が潰れていたが、また例の異人が来て声を返してくれ、咒禁法を教えてくれた。それはどんな病気にも効いたので、後には謡曲をやめて、まじないのみで安らかに世を送るようになったと言う。

 「耳と口」を借り受け候

 上総の国、東金の孫兵衛という男は、箱を作る職人であったが、ひどく下手くそだった。ある時、異人が訪れて、「おまえの耳と口を三年ばかり貸しておくれ」と言うので、孫兵衛は何となく請け合うと、その日から痴呆のようになり、あまつさえ口がきけない状態となった。周りの人は、急にこうなったことに首をかしげ、神罰ではないかと噂し合った。

 それから三年過ぎたある日、例の異人が来て遠くから孫兵衛を呼ぶのだが、惚けたようになっているため立つのがなんとも遅い。そこで異人は、ひらりと後ろへと廻り、「借りていた耳と口を返しに来たぞ。受け取るべし!」と言うと、掌で背中をしたたかに叩いた。それに驚いて、かれは正気づいたように覚えた。そして、耳が聞こえ、口もきけるようになっていた。

 「このお返しに、おまえが生涯を安らかに送れるようにしてやろう。わしが守ってやる」、異人はそう言い残して去った。このとき打たれた跡が、大きな手形となって、後々まで黒く残っていた。孫兵衛の話を聞いて、人々は大いに驚いた。また、異人の言葉どおりなら、きっと箱をつくる腕が上がるだろうと考えていたが、なぜかますます下手になるばかりで、とうとう注文する客がいなくなった。ところが何を思いついたのか、孫兵衛が成田不動の前町に蕎麦屋を出してみると、それが流行りに流行って、今も繁盛しているとか。

(「仙境異聞」上三より 平田篤胤著/文政五年成立)

 異人とは、いわゆる天狗。孫兵衛が蕎麦屋を出したのが成田不動の前だったのは、偶然ではなさそうです。よく天狗とみなされる修験者が最も崇拝している神格、お不動さまの加護があったのでしょう。


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 ◇ 石灯籠の怪

 相模の国・小田原のとある寺に、幾星霜を経たと思われる石燈籠がひとつ、薮の中に立っていた。元禄年間、この地の天守閣を修理するにあたって、江戸は神田の棟梁・北村某と言う者が工事のため、暫く当地に滞在していた。

 左官の弥三郎という者がこの燈籠を見つけて、「比類なき珍しい燈籠です。手に入れられては」と、棟梁に告げた。棟梁が住職にかけあってみれば、「もともと薮に埋もれていたものですから。どうぞどうぞ」と、心易く譲ってくれた。

 大工たちは石燈籠を作業小屋に運び入れて、笠、火袋、竿、台座に分解し、ひとつひとつに箱を用意し、破損しないよう、隅々には藁をつめた。さらに筵で箱を覆って荷造りすると、船に積みこみ、江戸へ運ぶ準備を着々と整えた。

 ところがその夜、職人の一人が高熱にうかされて、狂気のように口走るのは、燈籠のことばかり。「何故に我が墓標を他国へ送るのか。ここに留めなければ、祟りをなすぞ」。誰もが怖れ驚いて、急ぎ燈籠を元の場所へ送り返した。

 「なぜ急にいらなくなったのですか」、そう尋ねる住職に事の仔細を伝えると、「そういえば、以前も、二、三箇所から所望されて譲りましたが、何日かすると、ただ何となく返しに来ましたっけ。わけも聞かなかったので、気づかずにおりましたが、成る程、左様なことがありましたか。よほど厳しいお方の墓標だったのでしょうなあ」。以来、その五輪塔は二度と動かされることがなかった。


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 ◇ 平将門の首塚(東京都千代田区大手町、旧大蔵省敷地内、都旧跡)

 たびたび将門の怨霊が災いをなし、将門の死後360年の1307年、時宗の真教上人が「蓮阿弥陀仏」という法号を将門に追贈し、供養した時に建てたのがはじまりとされる板碑(南無阿弥陀仏)が前に立ちます。その後、日輪寺が供養し神田明神に祀ることで、ようやく将門の霊魂も鎮まり、東京守護神になったと伝わる。(将門の「体」が訛って「神田」になった?)

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