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平成20年11月12日(水)昨日:田母神俊雄前航空幕僚長、国会でも持論展開。
田母神俊雄前航空幕僚長(60)が参考人招致された11日午前、防衛省職員らはテレビ画面を食い入るように見守った。「(憲法を)改正すべきだ」。この場でも持論を展開する田母神氏に、制服姿の幹部自衛官は「ああ。まただ」とため息。「自衛隊が誤解される」と嘆いた。この日の委員会は一般のテレビ中継はなく、職員らは国会のケーブルテレビで審議に見入った。「爆弾発言があるかも」。多数の職員がメモを取りながら、対応に備えた。幹部自衛官の一人は「これ以上、持論を言っても誰も得をしない。災害派遣や海外任務で、やっと自衛隊が国民に認知されたのに、これで逆戻りだ」と話した。
◇ 自民党部会は田母神氏を擁護、『持論、なぜ悪いのか』
自民党は11日午前、国防関係合同部会を開き、歴史認識に関し政府見解を否定する論文を発表して更迭された田母神俊雄・前航空幕僚長を擁護する意見が相次いだ。 防衛省側が歴史教育の在り方を見直す考えを示すと、衛藤晟一参院議員は「歴史認識を教育するなんてことを言ってもらったら困る」と批判。岩永浩美参院議員は「田母神氏の持論がなぜ悪いのか分からない」、土屋正忠衆院議員は「(防衛省が)歴史観を対象に懲戒処分しようとしたのは問題」と反発した。 一方、玉沢徳一郎元防衛庁長官は「稚拙な知識で論文を書いていることが問題だ」と述べた。
◇ 論文応募、新たに16人、自衛官計94人に
田母神俊雄前航空幕僚長(60)=3日付で定年退職=が応募した民間企業の懸賞論文に、多数の航空自衛隊員がかかわっていた問題で、防衛省は7日、新たに16人の応募が判明したことを明らかにした。これで空自隊員の応募は計94人となり、総数235人のうち、4割が隊員だったことになる。
論文の応募に当たっては、航空幕僚監部教育課が全国の部隊に「幹部の研鑽」のため、ファクスで紹介したことが分かっているが、同日会見した外薗健一朗空幕長は「現時点で、田母神氏の指導だったという事実はない」とした。同課が民間の懸賞論文を紹介したのは今回が初めてで、理由は「調査している」という。新たに判明した16人は、航空救難団(埼玉県入間市)配下の全国の救難隊員らで、いずれも上司に届け出ていた。
※ 理由を「調査している」とは、「言い訳を考えている」の謂い。そもそも軍隊である自衛隊を、軍隊ではないと言い張って辛くも存在する自衛隊の危うさが、自衛官にどれ程の精神的苦痛を与えているかを配慮すべきだろう。災害救助では都合よく利用し、あとは死んだ振りをしていろでは、現場はやってられないだろう。
それとも他国に侵略されたならば、甘んじて滅亡の道を選ぶのだろうか。国連は戦勝国である大国のエゴで動いているのみ。弱小国の存在は、物の数には入っていない。国際政治の動向が、それを如実に証明しています。
「武」とは、戈(ほこ)と止(あしあと、址)との会意。止は之(し、ゆく)の同義で、「行く、進む」の意。つまり、武器を携えて進む形を表す。一説に、戈を止む、とあるが疑問。世に武闘派なる言葉があるが、「武」には「闘う」意味は含まれない。政治は理想を論ずるべきではなく、現実の選択からは免れないものだ。理想に埋没する政治も、現実に終始する政治も、共に危うい。それらを均衡させるのは、吾ら有権者の責務です。
11月12日は、草野心平忌です。
◇ 草野心平(1903年〜1988年)
兄の草野民平(17歳で夭折)、弟の草野天平(1952年没)ともに詩人。
「草野心平詩集」解説 豊島与志雄
草野心平のことを、懇意な人々は心平さんと言う。親愛の気持ちをこめた呼称である。肉付き豊かな大きな顔に、ロイド眼鏡をかけ、口髭をたくわえ、そして蓬髪、とこう書けば、なんだか寄りつきにくい人のようにも見えるけれど、知人を認めるとすぐに、如何にも嬉しげな笑みを浮べ、なつかしげな眼色を漂わすところ、まさに心平さんなのである。その全体の風貌が、物事に拘泥せず、茫洋としている。
だが、その茫洋さのうちにも、おのずからに発露してくる一つの志向がある。道を歩いている時でも、居酒屋で酒杯を手にしている時でも、講演の壇上に立っている時でも、心平さんは、しばしば、いやたいてい、空の一角を凝視するか、地の一隅を睥睨する。そこに、心意の焦点が据えられているのだ。
このことを、単にロマンチックなものだと解してはいけない。内に、或は卑近に、思うことの深ければ深いほど、遠くに夢を追うことになるのだ。言い換えれば、身近かな情感と遙かな夢とが、表裏一体をなす。もとより、それのどちらが表とも裏ともつかない一体だ。そしてどこから突っついても、突っつかれたと感ずる時には、心平さんは徹夜してでも談論風発する。或は詩を作る。これを、自然と人事と言い換えようか。詩集「大白道」に次のような「序詩」がある。本書(草野心平詩集)に採録しなかったから、少し長いがここに引用しておこう。
自然と人間のなかにはいると
そのまんなかにはいってゆくと
かなしい湖が一つあります。
その湖がおのずから沸き
怒りやよろこびに波うつとき
かなしみうずき爆破するとき
わたくしに詩は生れます。
日本の流れのなかにいて
自然と人間の大渾沌のまんなかから
わたくしは世界の歴史を見ます。
湖の底に停車場があり
わたくしは地下鉄にのって方々にゆき
また湖の底にかえってきます。
なきながら歌いながら
また歌いながらなきながら
つきない時間のなかにいます。
詩を作る時のきびしさが、ここにある。詩人のきびしさが、ここにある。だが、心平さんにとっては、このきびしさが辛くはなくて楽しいのだ。泣くのも歌うのも同じことなのだ。そういうところから独特な「蛙」の詩が生れた。
「蛙」の詩が独特であるように、心平さん自身、特異な詩人である。今では、詩雑誌「歴程」の総帥として、詩業も貫禄も充分に備わっているが、なんとなく孤峯の感じである。敬愛する先輩として高村光太郎あり、また宮沢賢治あり、彼に兄事する後輩も多く、彼に心酔するファンも多数であるが、然し、日本の詩の系譜から見て、孤立孤高の感を免れない。そしてこれは寧ろ、心平さんにとって名誉なことだ。
知性と感性との渾然たる融合、鮮明なるイメージ、豊潤奔放なる韻律など、心平さんの詩の特長は、そうやたらに存在し得るものではない。それからまた、心平さんのこれまでの詩業を通覧しても、特殊なものがある。たいていの詩人には、その詩集を以て名づけられる何時代というのがあるものだが、心平さんにはそのようなものは一向ない。例えば、その詩集を取ってきて、「母岩」時代とか、「大白道」時代とか、「日本沙漠」時代とか、そういうことを言ったならば、おかしいだろう。ばかりでなく、「蛙」の詩や「富士山」の詩は、十数年に亘って幾つとなく書き続けられたものである。恐らく今後もまだ続けられるだろう。
そこで、実は、本書を編纂するに当って、私はちと迷った。各詩集の名前を持ち出して、それに収められてる作品を並べる方法は、意義乏しいように思われたのである。考えた揚句、勝手な方法を用いた。作品の内容や性質によって、比較的類似なものを一纒めにすることだ。もとより創作年月の前後は問わない。
斯くして出来たのが、本書の八つの区分である。すべて私の作為だ。著者たる心平さんに一応の了解も求めず、勝手なことをしたことを、ここにお詑びしておく。と共に、このことを読者にも諒恕して貰いたい。ただ、この八つの区分は、私としては、心平さんの詩作に関する解説の総序ともなろうかと考えてる次第である。
一
天についての代表的な作品である。天とは、時空を絶した場であり、且つ時空を含んだ場である。この場を、心平さんは凝視し、把握しようとする。多彩に染められても無色なるに等しく、如何に傾斜しても水平なるに等しく、如何に荒れ狂っても静謐なるに等しい。これを表現するのは、容易なことではない。「天をじかの対象とすることは私には重すぎることだ、」と心平さん自身も言う。こういう重荷を持ってることは、詩人として却って幸福なことだ。
然し、天をじかの対象とせずとも、それを背景として、いろいろな表現が為され得る。その時、天の比重はさまざまになる。心平さんの近著「天」の後記の一節を見よう。
「数年前、私の天に就いての或る人のエッセイが詩の雑誌にのったことがあった。私はそれまで天というものを殊更に考えたことはなかったのだが、ふと……従来の詩集をひらいて天のでてくる作品に眼をとおした。あるあるあるある。私のいままで書いた作品の約七十パアセントに天がでてくる」「富士山の詩を私は永いあいだ書いてきたように思うが、もともと富士山などというものは天を背景にしなければ存在しない」。
つまり、天は心平さんの、意識的にせよ無意識的にせよ、バック・ボーンなのだ。本書に採録してる作品の多くにも、天が出てくる。だからここには、代表的なもの五篇だけに止めておいた。
二
ああ天の。
大ガラス。
薄氷をジャリリと踏んで自分はこの道を曲る。
同じ所に突っ立っていても、自然の夜明けは来るのだけれど、詩人の決意は、一つの道へ進み行かせるのだ。いずれの道へかと問う必要は、ここにはなく、ただ信念の道へというだけで充分であろう。 然し、道は暗い。殊に敗戦日本の道は暗い。誰だって泣きたくなるだろう。居酒屋の酒にも酔い痴れたくなるだろうじゃないか。だが、もう飲み疲れた。家に帰ろう。帰って眠ろう。それにしても、
時間よおれはおまえにきくが。
おまえの未来はギラギラ光るか。
おれだって、夢は持ってる。いつまでも持ってる。甞てもそうだった。友と二人で、曇天の下、芝浦埋立地にじっとしていたことがあり、お互に夢を持ってそうしていたことが、泣きたいほど嬉しかったのだ。其後、死んでいった友もあり、別れていった友もある。 これを、甘い感傷と言う勿れ。心平さんの敏感なそしてやさしい心根なのだ。
三 (字数制限の為、以下省略)
「秋の夜の会話」
さむいね。
ああさむいね。
虫がないてるね。
ああ虫がないてるね。
もうすぐ土の中だね。
土の中はいやだね。
痩せたね。
君もずゐぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだらうね。
腹だらうかね。
腹とったら死ぬだらうね。
死にたかあないね。
さむいね。
ああ虫がないてるね。
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