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◇ 森光子主演の 『 放浪記 』、中日劇場
前人未到の上演2千回を来春に控えた森光子の代表作『 放浪記 』の名古屋公演が、今月9日から中日劇場で上演されています。森の89歳の誕生日となる来年5月9日には、東京・帝劇で公演2千回を達成する予定です。
森は「ここまで来られるとは思っていなかった。まさに不思議です。心を込めてやることだけが私のできること。雑念が入らないように、皆様の幸せを念じながら演じるだけです」と話す。 他に山本陽子、米倉斉加年、有森也実、斎藤晴彦、大出俊、山本學らが共演する。名古屋公演は12月5日まで。名古屋公演千秋楽で、実に1995回に到達します。(名古屋は計24公演)
カフェに住み込みで働きながら、仕事が終わると原稿用紙に向かう。「わたしが詩を書いているのは、これだけじゃないんだぞ、わたしの人生はこれだけで終わるんじゃないんだぞ、自分に言い聞かせて、せめてものなぐさめにしてんのよ」。
林は「花のいのちはみじかくて…」と詠んだが、「木」がひとつ多い森は2千回を越えて、どこまで花を咲かせ続けるのやら。 作家・林芙美子を演じ、正味3時間ほぼ出ずっぱり、最後の深々としたお辞儀(三方拝)に盛大な拍手が沸きます。
林芙美子の晩年のシーンでは、書かねば直ぐに忘れ去られてしまうと言う作家の孤独感を静謐の内に表現しており、筆に縋りつくように生きた林を髣髴とさせる。
※ 実際の林芙美子は、映画での高峰秀子『 放浪記 』(1962年、成瀬巳喜男監督)に近いと言われ、森光子は実像には遠いなどと言われる。似ていると言えば、菊田一夫役の斎藤晴彦。かつて、三木のり平が小鹿番に「そっくりさんで演って」と、言った通りに今も斎藤に引き継がれ演じられております。
◇ 森光子さん、「放浪記」舞台で米寿の祝い(2008年5月9日)
女優の森光子が、福岡・博多座で主演舞台「放浪記」を上演中の9日、88歳の誕生日を迎えた。特別カーテンコールでは共演者、観衆から米寿の祝福を受け、開演前には福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督(67)から祝電が届いた。森は「年を取りたくないと思っていたけど、世界一の長寿国日本だからやっぱり幸せ」と喜びを語った。 「放浪記」上演中に誕生日を迎えたのは、1971年の東京・芸術座公演以来。
親交の深い王監督からは祝電と大きなチーズケーキが届いた。「全員でお祝いしながら食べられるように」と、出演者、スタッフ分の150個に切り分けられていたという。王監督からの花束も特別カーテンコールで受け取り「絶対優勝していただきたい」とエール。14日には、ソフトバンク―西武戦が行われるヤフードームに足を運び、直接応援するという。
終演後の取材では、「放浪記をいつまでやるのか、どこかで他の方に譲るのか、(そんな思いを)抱いたまま死んでしまうのか。ジョークですけど、頭をよぎることがある」と、報道陣をドキッとさせる発言もあった。その上で「できればもうちょっと元気で続けたい」と締めた。
健康の秘訣である日課のスクワットも披露。「ほら、こんなにできるんですよ〜」と身軽で丈夫な体を見せつけた。
◇ 森光子主演 『 放浪記 』 中日劇場(名古屋・栄、中日ビル9階)
林芙美子の半生を菊田一夫の視点から描き、日本の演劇史上燦然と輝く名舞台が2年ぶりに中日劇場に登場。上演回数2000回を目指して森光子が哀歓たっぷりと、気丈で涙もろい女を熱演します。
公演日:11月9日〜12月5日
料 金:【A席】13,500円 【B席】7,000円
問い合わせ 中日劇場=(電)052(263)7171
主な出演者
森光子(林芙美子)、山本陽子(日夏京子)
米倉斉加年(白坂五郎)、有森也実(悠起)
大出俊(福地貢)、山本學(安岡信雄)、斎藤晴彦(菊田一夫)
1幕 本郷の下宿(1923年)
男(原康義)と同棲中の芙美子(森)。
下宿で男の妻と名乗る京子と鉢合わせ、別れを決意する場面。
2幕 カフェ(1926年)
夜はカフェで働きながら詩を書き続ける芙美子。
着物にエプロン姿で歌い踊り、横柄な客には威勢良く啖呵も切る。
自分の不幸な境遇を語りながら、「私には放浪する癖があるの」と
つぶやく芙美子。仕事仲間と焼き芋を食べる場面も哀れを誘う。
3幕 尾道(1927年春)
別の男ともうまく行かず、広島・尾道の実家に戻った芙美子。
腹をすかせる行商人親子にかつての自分を思い出し、ご飯を食べさせる。
森と共に初演から出演し続ける青木玲子は、「初演は行商人の妻役で、菊田一夫先生に山盛りのご飯を食べさせられました。子供は、みそ汁をかけてガーッと3杯も。当時は戦後の食糧難の記憶が残っていて、物も言わず黙々と食べるところでお客さんがボロボロ泣くんです」。
4幕 世田谷の家(1927年秋)
東京へ戻った芙美子。自分の原稿をいち早く雑誌に売り込もうと、
ライバルとなった京子の原稿を届けるのをわざと遅らせる。
青木、「最初は5時間ぐらいの芝居でしたが、三木のり平さんの演出で1時間以上短くなった。45分あったこの場面も30分ぐらいに。でも、どこをカットしたのか分からないほど見事な切り方で、雰囲気も全部残っています」。
渋谷の木賃宿(1927年冬)
また男と別れ、安宿で暮らす芙美子。ある夜、売春婦の取り締まりがあり、
自分も巻き添えに。疑いが晴れた芙美子は喜びの余りでんぐり返しをする。
森、「最初は3回転していました。ある時、五輪の床運動を見て、自分のはイモムシみたいだと思い、それからは腕を伸ばして、大きくやるようになりました。芝居よりは上手になったと自負しております」。(※ でんぐり返しは、万一の事故を考慮して封印されました。)
5幕 落合の家(1949年)
人気作家となった芙美子を、劇作家の菊田一夫らが訪ねる。
2004年まで小鹿番が演じ続けた菊田役は、斎藤晴彦が引き継いだ。
斎藤、「ものすごく緊張したが、森さんは相手役に何も注文しないんです。付けひげがとれて、僕が絶句したこともあったのに……」。
森、「ひげがとれる方は、よくあるんです。そういうハプニングも楽しい」。
青木、「胸を借りるつもりで毎日芝居を変えてみるんですが、全部受け止めて下さる。相手がどう来ようが、何食わぬ顔で。普通なら年齢と共に枯れたりするんですが、いつまでもみずみずしくて、本当に、あきれるほど変わりませんね」。
※ 初演時、森光子の起用は大抜擢だった。大阪では達者な芸人として映画でも活躍していたが、東京では厳しい見方もあった。だが、菊田一夫は森光子起用に踏み切った。若いのに老け役に無理がなく、東京の芝居も充分にこなした。特筆すべきは、森が『放浪記』と共に成長し、舞台としての総合評価が右肩上がりを続けていることだ。杉村春子の『女の一生』でさえ年齢的に難しい時期があった。でも『放浪記』にはそれがない、と評価は極めて高い。
<参照> 森光子さん「放浪記」1800回上演達成 !( 2006/9/4 )
東京・帝国劇場で4日、女優、森光子(86)主演の舞台「放浪記」が上演1800回を達成。林芙美子役を好演してきた森は「“でんぐりがえし”の場面になると拍手をいただける。スポーツ番組みたい」と笑わせた。
石段を降りる場面の稽古中に、地震に見舞われたというエピソードを明かしながらも、「地震がきても、あわてない自信はあります」と健在ぶりをアピール。森は筋力を鍛えるため、ヒンズースクワットを1日150回行っている上、健康のため1日3個卵を食べるなど、健康管理に気を配っているとか。
森さんは「みんなで作り上げた芝居です。今日も必死で、いつも通りに心を込めて演じました。これからも健康で、この役を続けていきたい」と語り、盛んに拍手を送る客席に向かって深々と頭を下げた。
<参照> 森光子さん「放浪記」1900回上演達成 !( 2008/2/23 )
女優の森光子さん(87)が主演する舞台「放浪記」が23日、東京・有楽町のシアタークリエで上演1900回を迎え、特別カーテンコールが行われた。森は満席の場内を見渡し「できれば、もう少しやりたいと思います」と挨拶。さらなる記録更新に意欲をみせた。森を慕う近藤真彦(43)、東山紀之(41)らジャニーズ事務所のタレントも祝福に駆けつけた。
「これを達成させてくださったのはお客さま。みなさまの力です」と感謝。「風邪と転倒には気をつけています。できればもう少しやりたいと思います」と、2000回への挑戦も宣言。
1961年10月20日、芸術座での初演から実に47年。1900回目は、同劇場跡地に昨秋オープンしたシアタークリエで迎えた。 今年は原作者で、森を見いだした菊田一夫氏の生誕百年。記念の年に記録を達成し、喜びもひとしお。「47年前、なぜ私を抜擢してくださったのか聞けなかった。怖い先生で、結局、最後までお礼も言えなかったんです」と恩師への思いを語った。また、菊田氏に厳しい指導を受けて迎えた初演時に、舞台そでから恐る恐る観客の入りを確認したという逸話も披露した。
同劇場での公演は3月30日までで、その後、博多、大阪など全国ツアー。今年中には上演1995回に達する。「お客さまが来てくださる間は、ずっと」と話し、都内レストランでの記念パーティーに向かった。
※ 子どもの頃、テレビの中継録画で見た覚えがある。退屈な芝居にしか思えなかった。それから47年の歳月は、短い人間の一生の中では余りにも長い時間だ。林芙美子は1951年、48歳で亡くなっている。森は林の齢に40年の歳月を加えた。そして今なお二十歳代の役をこなしている。森の人生が、まさに結実した「放浪記」なのだ。見ざるべからざるの思い止みがたく、本日正午、中日劇場に足を運びます。
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