今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 南大門火災、拘束の男が「犯行自供」(2.12 11:38)

 韓国ソウルの中心部にある南大門(崇礼門)が10日未明に全焼、崩壊した火災で韓国の捜査当局は12日、放火の疑いで取り調べ中だった容疑者(69)の男が犯行を自供したと発表。動機について男は、所有する土地絡みのトラブルの腹いせで放火したと供述しているという。

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 男は2006年4月にもソウル市の文化財、昌慶宮に放火した前科があり、南大門火災でも、火災発生前に目撃者らが現場で見た60代の男と人相や服装が似ていることから、捜査当局は有力な容疑者とみて11日夜から身柄を拘束。男の自宅から目撃者が証言したものと同じ種類の梯子、鞄、服に加え、シンナーのビン1本などが発見されたため、追及していた。これまでの調べでは、男は10日午後9時前に南大門の楼閣の2階部分に上り、シンナーをまいてライターで火を付けたと認めている。
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 火災は10日午後8時50分ごろ発生、一時は鎮火したにみえたが、楼閣の内部に火が回った。消防当局が文化財の破損を避けるため消火活動に手間取ったこともあり難航、約5時間後の11日未明に土台の石垣だけを残してほぼ焼け落ちた。
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 韓国の国宝第一号の 南大門は約600年前に建造され、ソウルに現存する最古の木造建造物で、「ソウルのシンボル」だった。火災は韓国で1年の始まりとなる旧正月の連休明けに発生。南大門は生中継で国民が見守るなかで崩壊しただけに、11日朝から現場には市民が続々と集まり、白い菊の花を焼け跡前に手向けるなど“南大門ショック”が続いている。
 ◇ ソウルの南大門炎上、放火容疑で男を確保( 2008/2/12 )

 ソウル中心部に位置する韓国国宝の南大門(崇礼門)の火災は11日未明、出火から約5時間半で鎮火した。石造りの土台の上に立つ木造の楼閣の2階部分は完全に崩壊し、1階部分も激しく損壊、韓国メディアは「全焼」と伝えました。

 南大門 炎上


 初期消火に当たった消防隊員が楼閣2階の出火現場とみられる場所で使い捨てライター2個を目撃していることや、出火直前に不審な男を見たとの情報が3件寄せられていることなどから、警察は放火の可能性があるとみて捜査している。聯合ニュースは11日、警察当局が南大門への放火の疑いで、70歳の男の身柄を確保したと伝えた。

 警察と消防は合同で本格的な現場検証を実施、現場周辺に設置された監視カメラの映像の分析作業も進んでいる。政府は11日午前、韓悳洙首相の主宰で対策会議を開き、再発防止策などを論議。李明博次期大統領も現場を視察した。YTNテレビなどは、初期消火の失敗で被害が拡大したと指摘。文化財庁から慎重な消火作業を要請された消防当局が当初、徹底した放水や延焼防止措置を取らず、対応が後手に回ったと報じた。

 ※「慎重な消火作業を要請」とは、破壊作業を禁ずるもの。小を惜しんで大を失するの愚。須らく指示は、現場から発せられるべきもの。あたら第一級の国宝を、むざむざと失った。


 韓国の国宝第1号「南大門」焼け落ちる

 ※ 初期消火の失敗、現場の判断を無視した“国宝保護”の指示。


 火災発生から崩壊まで



 ◇ 文化財庁 vs 消防防災庁、崇礼門火災で「責任攻防戦」

 10日夜、発生した国宝第1号「崇礼門」(南大門)火災事件について、文化財庁と消防防災庁との間で微妙な責任攻防戦がおきています。11日、文化財庁によれば崇礼門に火災が発生した事実を初めて認知したのは10日夜9時10分頃で、崇礼門の楼閣で火花と煙が起こり始めた時刻の午後8時48分から20分余り過ぎた後であったことが確認された。
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 その上に、火災の事実は文化財庁のある職員がTVニュースで初めて知り、文化財庁は非常連絡網を稼動して、午後9時30分頃、建築文化財課長と文化財安全課長などを大田からソウルに急派したことが判明した。この過程で消防防災庁からは、火災発生40分余りが過ぎた後の午後9時25分になって、電話で通知を受けたことを文化財庁は把握した(21:40分ファックス通知)。

 だがこれは火災発生10分余の後の午後8時59分、文化財庁に火災事実を通知し、午後9時35分頃、文化財庁から「火災鎮圧が優先であるから、国宝の崇礼門の一部を破棄してもかまわない」という協力を勝ち取ったという消防当局の主張とは全く違ったもので、今後、初期対応過程に対する調査過程で少なくない論議を産むものと予想される。

 特に、初期鎮火過程で消防当局と文化財庁が過度に慎重に取り組み、屋根の解体作業が遅れて、火災を大きくしたという指摘に対しても、両機関が互いに違う意見を出している。消防当局のある関係者は「火災初期、ソウル消防本部が大田所在の文化財庁と火災鎮圧方式を議論したが、この過程で文化財庁が『文化財が失われないように慎重に火を消してくれ』と要請し、初期に積極的な消火をすることができなかった」と語った。
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 火災初期、崇礼門内部で消火作業をした消防救助隊員も「火災初期、崇礼門が国宝1号という象徴性のために、文化財庁で(発火地点付近を)壊さないようにした。壊さずには火を消すことができないのに、これが火災を大きくした」と語った。

 反面、これに対して文化財庁のある関係者は「火災鎮圧は基本的に現場の消火責任者が状況を判断、決定するもので、文化財庁といちいち相談して、消火方法を決めることはできない」とし、「楼閣の屋根解体も文化財庁では早期にできるように通知したと理解している」と明らかにした。

 同関係者はまた、「いくら木造建物といっても、火災が起きた後、5分にもならずに、現場に到着したのに、火が広がるのを防ぐことができなかったということが、まったく納得できない」とし、「ただし今回の火災を契機に文化財全般に対する総合的な防災対策が必要だということを今一度痛感する」と語った。一方、ソウル南大門警察署は崇礼門火災事件について、ソウル中区庁関係者な
どを呼んで、文化財管理および監督怠慢などを調べるなど、管理に対する捜査を本格化した。
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 ◇ 南大門「発火」、屋根下は防焔処理なし

 国宝1号の崇礼門(南大門)をあっという間に灰にしてしまった火災は、呆れ返るほどの人災であることが明らかになった。文化財庁と消防防災庁など、関係当局の油断と安易な管理・監督、不十分な対応などが綜合的にからんだ事故だったとの情況が、次から次へとあらわれている。文化財庁は崇礼門の復元作業は3年ほどかかり、予算は200億ウォンを必要とすると予想した。

 ※ 復元しても、国宝が戻ることはない。思えば金閣も同様か。

 11日、文化財庁と消防防災庁、警察などによれば、文化財庁が火災事故予防のために2004年に施した崇礼門「防焔塗布」作業で、文化財毀損の心配と予算不足などの理由で、丹青がある上部をまったく除いていたことが確認された。当時、塗布作業から除外された部分は、10日の火災の時、煙が集中的に発生して、「発火地点」と推定される所と同じ屋根下の部分だ。

 木造建築物の崇礼門は6年ごとに、「タイメポクス3」という防焔剤を建物全体に塗布し、最近の塗布作業は2004年下半期に行われた。しかし、文化財庁は1992年と98年には、全体を防焔性塗布処理をしたが、2004年には丹青の部分の白化現象を憂慮して、上部は除いたまま底と柱だけに塗布作業をした。

 当局の文化財管理・監督も非常に不十分だった。崇礼門は文化財保護法上、ソウル中区庁が管理団体と指定されている。しかし中区庁公園緑地課は午前10時から午後8時までを現場勤務時間に定め、その他の時間は無人警備業者に保安業務を預けたまま、まったく崇礼門を空けていた。しかも事故が起きた10日は休日で、現場勤務者が1人しかいなかった。

 木造文化財は構造上、火災に脆弱にならざるをえないが、現行文化財保護法に消防設備設置などの細部規定がなく、消防設備を強制する根拠がない点も問題だ。消防当局はこの日、火災現場に初めて投入された消防隊員らが発火地点と推定される所で、ライター2個と木の枝を目撃したと明らかにし、放火である可能性がより一層高まった。

 ソウル中部消防署の呉ヨンギュ鎮火チーム長は「現場に初めて入った消防隊員が崇礼門2階の『大きい柱』の下で使い捨てライター2個を見たと報告した」とし、「ライターが発見されたところは発火地点と予想される所」と明らかにした。警察と専門家など合同鑑識チームはこのライターを国立科学捜査研究所に送って、精密鑑識を依頼した。

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 ※ なんとなく、芥川の『羅生門(羅城門)』を想起させます。

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 平成20年2月12日(火)昨日:米海兵隊2等軍曹、沖縄の少女暴行容疑。

 沖縄県警沖縄署は11日未明、中学3年の少女を暴行したとして、強姦の疑いで米海兵隊キャンプコートニー所属の2等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)を逮捕。「押し倒したりキスしたりしたが、暴行していない」と容疑を否認。沖縄署の調べでは、ハドナット容疑者は10日午後10時半ごろ、同県北谷町北前の公園前路上に止めた車の中で少女に暴行した疑い。

 ※ 繰り返される米兵による暴行事件。日米関係を如実に語るもの。岩国市は?


 2月12日は、奈良、慈眼寺「初午厄除法要」があります。

 慈眼寺の創建は聖武天皇の守り仏を安置したことがはじまりで、
 厄除発祥の寺とされます。本尊の秘仏・聖観世音菩薩は厄除観音と
 呼ばれ、特別開扉して厄除けの御祈祷をいたします。
 http://narashikanko.jp/kan_spot/kan_spot_data/w_si1.html

 日 時:2月12日(火)8:00〜19:00
 場 所:慈眼寺 〒630-8252 奈良市北小路町7 TEL:0742-26-2936
 費 用:祈祷料5000円以上・護摩木料1本300円(あめ湯無料接待)
 問合せ:TEL 0742-26-2936

 ※ 二の午厄除法要(初午に参詣できなかった方の為の法要)
  日 時:3月7日(金)8:00〜19:00


 ◇ 初午祭
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 初午(はつうま):2月の最初の午の日。稲荷社の縁日。

 全国稲荷社の本社である京都の伏見稲荷神社の神が降りた日が和銅4年のこの日であったとされる。この日を蚕や牛・馬の祭日とする風習もある。江戸時代には、この日に子供が寺子屋へ入門した。

 本来は旧暦2月の最初の午の日であったが、現在では新暦2月の最初の午の日とされている。そのため、元々は春先の行事だったのが、冬の一番寒い時期での行事となってしまった。今では2月最初の午の日とされるが、古来は、立春以降の最初の午の日に行われていました。

 初午は、その年の豊作祈願が原型で、それに稲荷信仰が結びついたもの。4月初めの巳の日の菜の花祭りの夜と初午のいづれかに雨が降らないと火に祟られるとか、初午の早い年は火事が多いとかいう俗信も。初午の日に、消防団員が各家庭を回って火の用心を呼びかけ、「火廼要慎」のお札を配ると同時に消防団の運営資金の寄付金を募る習慣もあります。


 【参照】2月12日、菜の花忌
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28422239.html

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