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<ロッテ10 - 6阪神>(14日、千葉マリン )14:00開始 |

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<ロッテ10 - 6阪神>(14日、千葉マリン )14:00開始 |
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◇ 岩手、宮城で震度6強、午前8時43分頃(M7.2)3人死亡10人不明 ※ 橋が落ちた、バスがバウンドして乗客20人が怪我をした、などの情報。 ※ 内陸部を震源とする。津波の心配はない。 ※ 地震ニュース放送中に緊急地震速報が発せられ、警戒を要請。 ※ 国道が土砂崩れで通行不能に。 ※ 橋梁が崩落している。 6月12日は、「宮城県民防災の日」だった。 1978年6月12日17時14分44秒、宮城県沖地震が発生。M7.4。 死者28名、負傷者1万名余、建物全半壊7400戸、停電70万戸、断水7000戸。 宮城県沖地震:宮城県東方沖の日本海溝(海洋プレートと大陸プレートの境界部分)の大陸プレート側を震源とする地震で、過去に何度も繰り返し発生している。そのため、○○年宮城県沖地震と言うように発生年を冠して呼んでいる。 ◇ 今後の宮城県沖地震発生の確率(2008年1月1日から) 10年以内の発生確率(2017年末) 60%程度 20年以内の発生確率(2027年末) 90%程度以上 30年以内の発生確率(2037年末) 99% ※ Kスタ宮城にて14:00時、開始予定だった楽天vs巨人戦は地震のため中止。
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◇ 谷汲ゆり園(岐阜県揖斐川町谷汲大洞地内) 開園期間:6月4日〜7月17日(8:30〜18:00)開園13年目 お問い合わせ:TEL 0585-56-3988(開園期間中のみ) 区営・谷汲ゆり園、後援:揖斐市・(社) 谷汲観光協会 樽見鉄道谷汲口駅から名阪近鉄バス谷汲山経由揖斐行き「農協前」下車5分 入園料400円(身障者・こども・「ゆり」の名前の方は無料)、駐車場無料 ※ 山の裾野を利用したゆり園で、トレッキングしながら鑑賞します。 約30万球50種の百合が、ヒノキを背景に咲き乱れます。 園内には遊歩道もあり、ヒノキの中で夏も涼しい森林浴が楽しめます。 各種ゆり切り花、鉢植販売。食べ物、飲み物など売店コーナーも充実。 ※ 村内に2箇所の温泉が出来ました。長瀬地区には「谷汲温泉」 華厳寺参道を下った処に「谷汲温泉満願の湯」があります。 元湯・谷汲温泉「満願の湯」(電話:0585-56-1126) 〒501-1311 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積1684(谷汲振興事務所前) http://www.tachibanayaryokan.com/mangan/ |
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平成20年6月14日(土)昨日:「テロ」指定解除へ、北朝鮮が環境づくり。 北朝鮮が「よど号」ハイジャック犯の引き渡しに協力する方針を示した背景には、米国によるテロ支援国指定解除に向けた環境を整える狙いがある。北朝鮮は拉致問題でも「すでに解決済み」との態度を改め、再調査に応じる方針だが、誠意ある対応を取り続けるかは極めて不透明。北の「再調査」とは、回答の先延ばしと言う意味でしかないからだ。 ◇「アメ村で殺人する」大阪の学生書類送検へ 「秋葉の件で勇気がわきました」「アメリカ村で無差別殺人をおこします」などと携帯電話からインターネットの掲示板に書き込み、警察に警戒を強化させたとして、大阪府警は大阪市に住む私立大学4年の男子学生を軽犯罪法違反(業務妨害)の容疑で書類送検する方針を固めた。学生は府警の任意の事情聴取に対し「家も学校も面白くなく、イライラしていた。自分だとは特定されないと思った」などと話しているという。 閲覧者から10日、110番通報があり、同署員数十人が連日、付近を警戒していたという。 6月14日は、「勝鬨橋(かちどきばし)開通」の日です。 1940年6月14日、隅田川に築地と月島とを結ぶ可動橋・勝鬨橋が開通。 日本では珍しい可動橋(跳開橋)だが、現在では機械部への電力供給も無く、可動部もロックされて開くことはない。近年、再び跳開させようとの市民運動や都の動きはあるものの、機械部等の復旧に約10億円かかること、また現在は多数の道路交通量があることから、実現の目途は立っていません。 なんで、「勝鬨」なの?(勝鬨=勝った時に発する声、えい・えい・おー) 架橋の計画は何度かあったものの実現せずにいたところ、1905年(明治38年)1月18日、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として有志により「勝鬨の渡し」が設置されました。築地と月島の間を結ぶ渡し舟です。埋め立てが完了した月島には石川島造船所の工場などが数多く完成し多数の交通需要があったことから、1929年(昭和4年)「東京港修築計画」に伴う4度目の計画により架橋が実現する。 建設当時は隅田川を航行する船舶が多かった。このため陸運よりも水運を優先させるべく、3千トン級の船舶が航行することを視野に入れた可動橋として設計され、跳開により大型船舶の通航を可能とした。高架橋とする案もあったが建設費が安く済むため、可動橋が選定された。 跳ね橋である勝鬨橋は全長約250メートル、両側22メートルが跳ね上がり、隅田川を大型船も通行できた。昭和43年までは、1日5回20分ずつ開いていたが、その後の交通渋滞問題などで二度と開くことはなくなりました。この晴海通りには当時都電も走っており、東京にもそんなのんびりとした時代もあったと言う、歴史の生き証人ともいえるかも。 ※ 子供の頃、銀座へ行くため都バスに乗って、この勝鬨橋の跳開を目の当たりにしたことがあった。実にゆるやかに路面が持ち上がり、やがてもうもうたる砂埃でしばし視界が奪われてしまうほどだった。当時でも、この“踏み切り”は、かなり長ったらしい感じでした。 ※ 今日か明日のロッテ戦、阪神が鶴投手(近大付属高)初起用の噂ありとか。
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